第0章(現世編)

◆第0章① ブラック・ゲーム・カンパニー

 それは不思議な夢だった。


 暗闇からもやもやした灰色の煙が発生し、いつの間にか俺の目の前には、蒼碧色の美しい瞳、雪のように純白に輝く髪色、透き通るように薄く白い肌の、少し耳が尖った美少女が立っていた。美しい雪白色の髪の内側は蒼みがかっていて、顔を包み込む程度の長さだ。


 とても綺麗な目だったが、哀しそうな目で見つめてきた。この世の存在とは思えないほどの美少女。心臓の鼓動が早まっていく。


 何故か俺はその子に触れようと右手を伸ばした。その子も向かって右側の手=左手を伸ばした。俺とその子の手が振れ合った……かのように思えた。


(これは鏡? 俺がこの姿になってる……ってコト⁉)


 しかし、俺は喋ってもいないのに彼女は何か呟くように口を動かした。


 


 そこで目が覚めた。


 とても不思議な夢だった……。しかし、すぐに少女の記憶は薄れてしまった。


         *         *         *


 俺は【武見たけみ和親かずちか】。28歳の男だ。


 ベンチャー企業でゲーム会社の『株式会社ドライ&フルーツ』でデザインの仕事をしていたが、上司と揉めて、辞めてやったところだ。


 


 約5か月前に母が亡くなった。


 3日で退院できるはずの、検査入院の予定だった。


 母が『病魔』に侵されていたのは事実だが、ミスがあった事も事実だった。


 俺は、『医療過誤訴訟』を提起する事も考えたが、父親からは反対され、行き場のない怒りと悲しみに苛まれていた。


 


 母の死から、2か月後。仕事で問題が発生した。


 


 職場では〈空元気〉に振舞い、デザイナーのリーダーとして配属されたプロジェクトで仕事を頑張り過ぎていたのかも知れない。


 あの会社は、魑魅魍魎ちみもうりょうが巣食う魔窟だった。どいつもこいつも、他人を見下したり、出し抜いて蹴落とす事しか考えていなかった。


 セキュリティがいい加減で、社内で泥棒騒ぎが起きた事もあった。深夜1時に会社に戻って来て、プレゼント品を盗んだ奴がいたらしい。


 以前、締め切りに追われた俺が0時半まで深夜残業してた時、アルバイトの1人が会社に戻って来た事があった。


 本来ならばアルバイトの深夜入室は不可だし、泥棒騒ぎの後で怪しまれても仕方のない行動だったので、先輩として「それは良くないぞ~」と優しく注意した。


 かなり優しく注意したつもりだったが、何故か『パワハラ』扱いを受けた。


(はぁ……⁉ なんでやねんッ⁉) ←エセ関西弁


 その時は、それが後々〈尾を引く〉とは思わなかった。


 どうやら、裏で俺の事を潰そうと画策している連中がいたようだ。


 


 さらに立て続けにストレスが溜まる出来事が起きた。


 プロデューサーの山鷲ユウゴと、俺を蹴落としたがっていたデザイナーの背戸ダニエル、保科マヒトが共謀して、俺が以前から練り上げていたアイデアを盗み、勝手に発表したのだ。これは思い込みなんかじゃない。


 何故なら、他の社員達は「武見さんのアイデアなのに……」と、一緒になって怒ってくれたし、社長からも、俺のコンセプトデザインは、かなりの評価を受けていたからだ。


 


 俺はその日、勝手に発表された事に怒り、オフィスの廊下で山鷲を問い詰めた。


「山鷲さん! ……さっき発表してたアイデアって、俺のアイデア……ですよね?」


「ははははは。……アイデアはね、実現した者勝ちなんだよ。君は会議室で楽しそうに話してただけでしょ? あれ? 企画書出してたっけ?」


 山鷲は心の底からぶん殴りたくなるような憎たらしい顔でそう言ってきた。


「企画会議で社長が認めたのは、俺のアイデア……ですよね……?」


 俺は、怒りの表情で睨みつけてしまった。近付いてきた背戸が俺に暴言を吐いた。


「プッ……何だよその顔? どうせお前なんかに企画は通せねぇよ。……バカだから‼」


「……は? お前、ふざけんなよ‼」


 俺は思わず怒声を上げ、背戸の腕を掴もうとしたが、手を引いた。他の社員の目もあったし、余計に立場が不利になりかねない。


 保科がお姉言葉で「やだぁ~ん。恐いぃ~」と、さらに煽ってきた。


 山鷲と背戸と保科は、憎たらしい笑顔を浮かべ、その場を立ち去った。


 


 母が亡くなり、ただでさえ精神的に追い込まれていた。


 そんな状態だからと「優しくしてくれ」とは言わないが、仕事でも追い込まれた事で、俺の精神は疲弊し切っていた。


 


 そして数日後、俺は人事部長の明内ウミコに会議室に呼ばれた。


 こいつはバリキャリで嫌味な女だ。


 その場には、副社長の峰岸シンノスケもいた。


 峰岸は、大きな口の屈託のない笑顔で「困った事があったら何でも言ってね」なんて甘い言葉をかけてくれていたのに……。俺はハメられたような思いがした。


 明内は、冷たい目線を俺に突き刺して言った。


「武見さん、暴言はいけませんよ」


「……いや、暴言って……むしろ自分の方が、いっつも罵倒されていましたが……?」


「言ったのは事実ですよね……? それは立派なパワハラです」


(俺の立場なんてそれほど高くもないってのに……?)


 俺は唇を噛み締めた。確かに俺自身の言動は悪かったかも知れない。しかし、納得できるわけがなかった。さすがに俺は反論した。


「……で、でも、アイデアを盗んだ山鷲と背戸と保科が悪いんじゃあないですか⁉」


「……盗んだ? それは言いがかりですよ。武見さん。社内で話したアイデアなら、それは会社に帰属します」


「だ、だけど……‼」


 峰岸も肘を突いて身を乗り出してきた。


「あなたに対するクレームが、多数入っています。バイトの子からも、パワハラがあったと報告を受けているんですよねぇ~……」


 峰岸の笑顔が悪魔の笑顔に見えてきた。


「な……⁉ むしろ、パワハラされてるのは俺の方じゃないですか⁉ 何度も酷い言葉で罵倒されてましたよ⁉」


 明内と峰岸は、全く聞く耳を持たなかった。


「ですので……契約は今月末で終了という事で、ご了承頂けるでしょうか?」


 俺は契約社員だった。しかし、そもそもこの会社にはほとんど正社員がいない。


「……⁉ 納得できません……‼ 年契約したばかりですよ⁉」


 明内が書類をスーッと出してきた。


「この書類にサインを頂ければ、プラス『2か月分』の金額を合わせてお振込み致します。会社はあなたとの契約を今すぐに打ち切る事も可能です。いかが致しますか?」


 俺は悔しくて、しばらく無言で書類を見つめた。目が充血するような感覚があり、うっすらと涙が出かかっていた。


 その時の俺には冷静な判断ができなかった。

 

 

 

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この物語はフィクションです。

実在の人物・団体とは一切関係ありません。 

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