◆第一章⑥ ブラダの思い
私はアルルの浮力で、ゆっくりと落下していった。
遺跡内部は薄暗く、降りて行く最中は砂埃もあって良く見えなかった。
遺跡内部の下層に着き、怪我しない高さで手を放して飛び降りた。着地した所で、身体から俊敏魔法『ヴァロア・ソーマ』の輝きが完全に失われ、効果を失ったのを感じた。
徐々に砂埃が晴れ、先程抜けた大穴、つまりこの空間の天井の大穴から日の光が差し込み、辺りを照らした。
ここは大広間になっていて、天井までの高さは20メートル以上ありそうだ。台座のような物や、舞台のような段があり、そこには大昔の『祭壇の間』のような空間が大きく広がっていた。
遺跡内部まで大きな木の根や植物の蔓が伸びていて、中層の床が抜ける前から雨水が入っていたのか、大きな水溜まりや、本来池ではなさそうな場所に池があった。
よく見ると先程崩れた場所は元々円形の穴のようになっていて、元々は開閉式だったような構造に見えた。つまり、通常の床(下から見れば天井)よりも脆かったのだ。
私の目の前にはトロールが倒れていた。目の前とはいえ、10メートル以上は離れていた。頭から血を流し、腕や脚の骨も解放骨折していて、凄くグロテスクだった。とはいえ、首の骨が折れて既に死んでいたので安心した。
「レ、レイリアは……」
周囲を見回すと、レイリアは舞台のような段の上に倒れていた。
レイリアの頭からは血が流れていた。不思議とあの高さから落ちたのに骨折まではしていないようだった。ギリギリまで俊敏魔法『ヴァロア・ソーマ』の効力があったのかも知れない。しかし打ち所が悪く、レイリアは目を見開いたままピクリとも動かず、虚ろな目をしていた。
アルルがレイリアに「く~んく~ん」と擦り寄った。
「え⁉ まさか……死……そ、そんな事ない……え、エレメ・ピセラ‼」
私自身が使用できる最大の回復魔法で中級回復魔法『エレメ・ピセラ』を使用した。ボワッと薄緑色の光に包まれ、レイリアの頭部の傷がみるみる治っていった。
「治療はできる……生きている証拠だわ……」
レイリアの呼吸確認しつつ、脈を測った。呼吸も脈はわずかにあるように感じたが、どんどん弱まっている感覚があった。
「そ、そんな事は……! 絶対に認めないから……!」
私はレイリアの頭部を抑えて、目覚めの呪文を唱えた。
「目を覚まして! クシープナ・スーリジット!」
覚醒魔法『クシープナ・スーリジット』は、目覚めの『おまじない』として、よく母が私を起こす時に優しく穏やかな声で呟いていたのを覚えている。
ブーンッと頭部に細かく振動する光が発生した。
しかし、レイリアの意識は戻らなかった。
「ダメだ……どうしたら……ねぇ、アルル……どうしたら良いの……」
アルルは「く~ん」としょんぼりしていた。
私の目には涙が溜まり、零れ落ちてくるのがわかった。周囲を見渡すと、何故かこの状況に興味を持ったのか、リモンペリコという可愛らしい鳥が側に飛んできた。灰色がかった体に白いお腹、レモンイエローのトサカを持つインコのような鳥だ。
ハッと私は思い立った。
「この子に
矢文鳥とは、この世界で最も一般的な連絡手段である。
契約魔法を使って、餌をあげる代わりに伝書鳩のように使役する事ができる。
この魔法を使った連絡手段は、誰もが子供の頃に教わる。
ブラダはポーチの中からお菓子を取り出し、契約魔法をかけておく。目を閉じてお菓子を口の前で持って小さな声で囁いた。
「このお菓子が気に入ったら、私の声を届けて下さい……セルビミオ!」
お菓子を食べさせると、リモンペリコの身体がわずかにボゥッと白く輝き、遺跡に空いた小さな穴の隙間から外に出て飛んで行った。
魔法の力で最初の数十分は元気にいつもの数倍の速度で空を飛べるから、短時間でハイマー村に助けの連絡が届くはず。
私達は行く先々で追跡が容易になる足跡魔法を使い、進んだ道筋の痕跡を残していた。助けはその痕跡を辿って辿り着く事ができるはず。
私達の魔力痕跡は、許可された者だけに見える。それは私の父・ジョナスと、レイリアの幼馴染・ハーディーだけ。そして、先程契約したリモンペリコも、その足跡を見ながらハイマー村に辿って行ける。
再びレイリアの呼吸確認しつつ、脈を測った。
「まだ……わずかに動いているけど心肺蘇生を……学校でやり方を教わった……軽めに衝撃魔法をかける……」
レイリアの胸部に手を当て、魔法による心臓マッサージの手順を実行した。
それは呪文の詠唱時に抑制呪文を使って衝撃魔法の威力を抑えて連続で撃ち込むという方法と、同じく抑制呪文を使って電撃魔法で心臓にショックを与える方法だ。
最初に前者のやり方を選んだ。
「行くよレイリア。……スプレミール……パイネ・アールト……スネル‼」
バンッ! バンッ! バンッ! と何度も衝撃を与えるも、まるで効果がない。
「やり方が下手なのかな……」
次に抑制呪文を使って、ダメージが入らない程度に電撃魔法で心臓にショックを与える手法を試した。レイリアの衣服の胸元を広げ、直接肌に触れて実行しなければならない。
「エクサリオ・スプレミール……イクレア‼」
バンッ‼
強い衝撃音が出るも、これも効かなかった。レイリアの目は虚ろで瞳孔が開いていた。
まるで魂が抜けているかのようだ……私にはそう感じられた。
昔、レイリアが生まれたての赤ちゃんの頃、魂が抜けたような時期があったという話を思い出した。まるで魂が抜けたかのように目が虚ろで、泣く事もなかったようだけど、しっかりと呼吸はして、心臓も動いていたらしい。その上、母乳も飲まず、それでも血色が良く、すくすくと成長したそうだ。
それを聞いて、「ハーフエルフって不思議な体質なんだなぁ……」と、思ったけど、ハーフエルフだからそうだった……というわけでもないんだとか……。
しかし、今のレイリアは今にも心臓が止まりそうな状況に思えた。
「レイリア! レイリア! ねぇ! 起きてよ!」
私は涙をぼろぼろと零しながら、手による心臓マッサージと人工呼吸を始めた。結局最後は魔法の力ではなく、『人の思い』だ。
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