◆第一章⑤ 三日月遺跡

 推定時刻 11:30 AM 


 レイリアとブラダ、アルルは、古代遺跡・三日月遺跡の外壁に到着していた。周囲は木が生い茂り、遺跡の外壁は所々蔦が絡まり、岩も崩れている。


 三日月遺跡にはその名の通り、三日月の巨大なオブジェが建造されている。正確に言えば、ただのオブジェではなく、古代に使われた巨大な輪環状の魔法構造物だった。今では正面から見て左斜め上が崩れ落ち、三日月型になっているというわけだ。


 全体の構造としては、下から下層・中層・上層と、ビルのような直方体に近い台形が鏡餅状に三段重なっていて、下層の上部と中層からは木の枝のように突き出した部分が連続して連なり、特徴的な形状になっている。


 見方によってはまるで大きな樹木のような形状で、重量のバランスや構造力学を無視したような構造だが、重力が不安定なこの世界ならではの構造体なのかも知れない。


 その上に昔は回転したのか円盤のような構造物があり、さらにその上に例の三日月型の巨大な構造物が鎮座する。完全に正円だった頃は直径50メートル程度の大きさだったように見える。


 


「って、ここ、三日月遺跡じゃない⁉ 『姉妹山』に行くはずでしょ⁉」


 ブラダがレイリアに突っ込んだ。


「あれ? 最初から目的地ここだよ? 言ってなかったっけ?」


「ちょっと! レイリアは三日月遺跡の奥の『姉妹山』って言ってたでしょ⁉」


 ブラダはさらに北にあるおう型の『姉妹山』を指差した。望遠鏡で見た時と同じく、二又に分かれた岩山の間に、巨大な浮遊岩が浮かんでいる。


「そうだっけ?」


「も~! パパに怒られる~!」


「ジョナスおじさんはここにいないから平気だよ」


 レイリアはあっけらかんと応えた。


「そ、そういう事じゃないんだけど……」


 アルルが心配そうに見つめている。


「く~ん」


 しばらく歩き回って、2人と1匹は三日月遺跡の進入経路を探すが、やはり外壁は所々蔦が絡まり、岩も崩れていて、入れそうな場所が中々見つけられないでいる。


「都合良く浮遊岩とかないのかな~? こういう所に限ってないんだよなぁ……」


 レイリアがぶつくさ言う。ふとレイリアが不思議な形の花を見つけた。


「あ、バルーンフラワー‼」


 風船のように膨らんだ形状をしている。


「ブラダ知ってる? バルーンフラワーの下で火を燃やすと、どんどん膨らんで大きくなるんだ」


「もちろん! 学校で習ったもん」


「じゃあ早速やってみるけど、燃え易い物集めよ~」


 2人と1匹は乾燥した木の枝や枯れ葉を集め、レイリアが低級火炎魔法で火をつける。


「え~っと……。じゃあ、あの蔦を登って、飛び降りて、フラワーの上に着地して、魔法の反動で一気に中層まで飛んじゃおっか」


 レイリアは50~60メートルはあるであろう遺跡の中層の段を指差した。


 ブラダは目を丸くする。


「は……? 何言ってんの? それって下手したら死ぬじゃん……」


「大丈夫だってば‼ ボク、自信あるんだ。前に違う場所でやってみた事あるし」


「え、え~……。着地はどうするの?」


「順番にやり方説明するね。まず、俊敏魔法で身体を軽くして、バルーンフラワーの上に飛び乗って、そこで衝撃魔法を放つ。反動で一気にあそこまでハイジャンプ‼ 着地時にもう一度衝撃魔法を使って反動で減速! そして着地する時は、防御魔法で着地! それで怪我する事なく中層まで一気に行けるってわけ‼」


「……ま、マジか~……。よ、よくそんな事を思いつくわね……」


 ブラダはおでこを触り、「信じられない」といった表情をして、蒼褪めた。


 そんなブラダをよそに、レイリアは歯を見せて「ニヒヒッ」と笑った。


「そ、そもそも、反動で変な所に飛んじゃったらどうすんのよ?」


「成功するまで再チャレンジ‼ でも、絶対に失敗しないもん!」


「は~?」


「ブラダはやめとく?」


「え……、こ、こんな所に私を1人で置いて行く気?」


「だよね」


 アルルが「く~ん」と心配そうに鳴いた。


「大丈夫。ボク、失敗しないよ! 信頼してってば」


「…………」


 ブラダは少し考えて、覚悟を決めた。


「……わ、わかったわよ」


「じゃあ行くよ! まずは俊敏魔法! ヴァロア・ソーマ‼」


 レイリアが自身とブラダ、アルルに俊敏魔法『ヴァロア・ソーマ』をかけると、ポゥッと朧げな白い光に包まれた。


 ヴァロア・ソーマは身体を身軽にする魔法だ。身体全体に浮力を与えて重力の影響を減らしつつ、地面を蹴る反発力を高めて素早く動けるようになる。ヴァロア・ソーマの持続中は肉体が朧げに白く輝く。


 身軽になったレイリアとブラダ、アルルは蔦をよじ登って、膨らんだバルーンフラワーを見下ろした。


「先にアルルだけ結び付けておこっか」


「じゃあ、私が背負うよ」


「ありがと」


 レイリアはポーチからロープを取り出して、腰に括り付けていた小さなナイフで適当な長さに切り、アルルをブラダに背負わせて結び付けた。


「ブラダ、気を付けて! 着地したら、ボクの身体をしっかり掴んでね」


 レイリアとアルルを背負ったブラダは、手を繋いで蔦から飛び降り、バルーンフラワーに着地した。


 ボヨンッと弾力性があり、それだけで弾かれそうになったが、揺れが収まるまで待つ。


「ハイジャンプする前に、ボク達もロープで結び付けよう。ブラダ、ロープを後ろに回して」


 再びポーチからロープを取り出して、適当な長さに切る。ブラダがレイリアの後ろから抱きつく形をとり、ロープを後ろから回して2人を結びつけた。


「次! 衝撃魔法行くよ!」


「うん!」


 ブラダはビビっている。緊張でドキドキして顔は蒼褪めている。アルルも心配そうだ。


「ちょっとだけ、ジャンプして反動つけるよ。せーの‼」


 レイリアとブラダはトランポリンの上を弾むように軽くジャンプした。そして着地と同時にレイリアが衝撃魔法を放つ。


「パイネ・アールト‼」


 バンッ! と掌から衝撃波が出て、バルーンフラワーが破裂してもおかしくない強さで反発力が発生した。衝撃波でへこんだバルーンフラワーが、反動で大きく膨らみ、「ボヨーンッ!」とレイリアとブラダ、アルルは空中に弾き飛ばされた


「きゃぁああああああああああ‼」


 ブラダは、あまりの勢いに泣き叫んだ。


 空高く舞い上がり、徐々に上昇する速度は低下していく。そして、今度は落ちる。


「ひっ‼ いやぁあああああああ‼ 落ちる‼ 死ぬ死ぬ死ぬ……!」


 ブラダは失神寸前だ。アルルも目が回っている。


 レイリアの計算通り、三日月遺跡の中層の広大なルーフバルコニーのような場所に落ちて行く。その時、灰色の丸っこい岩のようなものが目に入っていたが、レイリアは特に気に留めなかった。


「もう一回! パイネ・アールト‼」


 レイリアは落下地点の上空10メートル程に達した時に、下方に向けて衝撃魔法を放った。一瞬、浮き上がる力が発生し、落下速度が減速する。


「アミナ・エスクード‼」


 そして、レイリアは着地寸前に防御シールド魔法を張り出した。


 ガキンッ‼ と〈ハニカム構造で全体が湾曲した、青紫色に光り輝く魔法の盾〉が張り出され、岩石で作られたバルコニーの床面に衝突した。


 魔法の盾によってレイリア達は床面に衝突せず、一瞬空中に弾かれる形になる。


 俊敏魔法で軽量化されたレイリア達は、弾き飛ばされて転がり、「ポヨンッ」とアルルが下敷きになったおかげで、それほどのダメージを受けずに着地に成功した。


「いたたたた……」


「いったぁ……ちょっとレイリア‼ ノーダメージってほどじゃないじゃない⁉」


「……てへっ。でも、怪我してないでしょ?」


 レイリアは「ニヒッ」と笑って得意気に言った。


「ん……まぁ、アルルが衝撃から護ってくれたけど……」


「アルルはフワフワボディで衝撃は吸収できちゃうから大丈夫だよね? ね、アルル~」


 アルルは無傷だ。レイリアがアルルを撫でる。


「く~ん」


 アルルはケロッとしている。実際、全く怪我というほどの怪我はしていなかった。俊敏魔法『ヴァロア・ソーマ』も効いて、軽量化された状態でもあるからだ。


 レイリアとブラダがロープをほどいていると、突然、大きな影が覆い被さった。


「ん?」


 後ろを振り向くと、そこには大きな【トロール】がいるではないか。


 立ち上がった大型の羆ほどの3~4メートル程の大きな体躯。太っていて短足で腕が長いアンバランスな体型。肌はブルーグレーで岩のような質感。半裸だが、腰にはふんどしのような腰布を巻いている。

 腰布には幾何学的な民族柄があしらわれている。パイナップルの葉っぱのように頭頂部だけにボサボサの髪が生え、目は小さいが鋭く、鼻と口、顔の輪郭自体が大きい。手には大きな木製の棍棒を持っている。


 トロールはレイリア達が着地するまで昼寝をしていたのだが、着地の衝撃音で起こされ、機嫌が悪い。ただでさえ自分の領域に部外者が入って来て、腹の虫の居所が悪かった。


「あ……、ヤバいかも……?」


 レイリアがそう言ってブラダが応える。


「か、かもじゃない~‼」


「逃げてぇ‼」


 レイリアは、ほどき切れなかったロープを素早くナイフで切断した。


 そしてレイリアとブラダは転びそうになりながら、何とか駆け出した。


 ブラダがアルルを抱っこしているが、俊敏魔法『ヴァロア・ソーマ』の効果はまだ持続していて、素早く走る事ができる。


 2人は崩れた遺跡の崩落した穴や落ちている岩を素早く飛び越えた。


 トロールは棍棒を振り回しながら追いかけてくる。


「ちょっと聞いてないよーっ⁉ あんな強い魔物がいるなんて‼」


 徐々に俊敏魔法『ヴァロア・ソーマ』の効力が消え始めていたが、レイリアとブラダはまだ気付いていない。レイリアが立ち止まってトロールに向かって振り向いた。


「ブラダ! 先に逃げて‼ ……エルド・ヴラム・スフェイラ‼」


 レイリアは掌を前に出し、中級火炎魔法を放つ。上半身ほどの大きさの火炎弾が掌から放たれた。


 バウッ‼


 トロールの顔面に直撃して動きを止めるも、トロールは顔を拭って再び追いかけてきた。短足で鈍重そうに見えるが、身体が大きいため一歩の幅が広く、意外と速い。


「うわっ、ヤバい‼」


(ちょっと! こんな奴がいるの想定外だった……‼)


 レイリアは心の中で悔やんだ。


「ブラダ‼」


 レイリアが火炎魔法で足止めしている隙に、先に逃げたブラダはアルルを抱き締めながらレイリアを心配そうに待つ。ブラダは蒼褪めて涙目になり、アルルをギュッとした。


「レイリア‼」


 トロールが棍棒を大きく振りかぶってレイリア目掛けて振り下ろすも、レイリアは上手く躱した。しかし、棍棒は床面を強打し、そのせいで床の岩がどんどん崩れ始める。


 ドドドドドドド……‼


 トロールは自ら空けた大穴に飲み込まれ、落下してしまった。


 レイリアは崩れる床からジャンプし、ブラダは腕を伸ばした。


「レイリアッ‼」


  


 ガンッ


  


 弾かれた岩石がレイリアの頭に直撃した。


 レイリアは「ガクンッ」と脱力して白目を剥く。


 そして、真っ暗な闇の奥底に転落して行った。


「レイリアーッ‼」


 ブラダは涙を流して絶叫した。


 突然、「フウゥウゥ~ッ‼」とアルルが息を大きく吸い込み、風船のように膨らんだ。


「ン~! ン~!」


 アルルがブラダに下に飛び降りるように促す。


「レイリア……‼ ……ア、アルル。信じて良いよね?」


「ン~!」


 ブラダはアルルの後ろ脚を掴んで、暗闇の底に飛び降りた。

 

 

 

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