第81話 探索拠点で大判振る舞い③

 一通りの食事を終えたアイラは、再びキッチンに立つ。


「デザートはフローズンスライムを使うよ」


 ガチガチに凍りついたフローズンスライムをまな板の上に乗せて、包丁を使って千切りの要領で薄く細かく削っていく。するとフローズンスライムは、まるで天から降り注いだばかりの粉雪のように、ふわふわの氷の粒になっていった。

 かき氷を作るのに、初めはおろし金を使っていた。しかしアイラの料理レベルが上がり、包丁の使い方が熟達するにつれて、今やおろし金よりもこうして包丁で削った方が綺麗な氷を作れるようになった。

 包丁はいい。便利だ。包丁さえあれば何でもできる。野菜の皮むきも、肉の切断も、魚の三枚おろしも、そしてかき氷さえ作れてしまう。

 アイラは山のように削ったかき氷を、あらかじめジャムを入れておいた器の上にこんもりと載せ、上から仕上げにまたジャムをかけた。


「どうぞ」


 今度は人数分の器を用意したので、冒険者たちは喧嘩しなかった。

 出されたフローズンスライムのかき氷を前に、向こう見ずで未知に飛び込むことに慣れているはずの冒険者たちがたじろいでいる。誰もスプーンを握ろうとしない。


「どうしたの? 食べないの?」

「……いや……こんな料理は食ったことねえなって」

「え、そうなの? 美味しいよ。かき氷だよ」

「そのへんの雪かき集めて食えばいいんじゃねえのか?」

「雪よりもほんのり甘みがあるからデザートに向いてるよ。魔物の肉はシチューに入れて食べるのに、スライムのかき氷は食べられないの?」


 それでも冒険者たちはなぜか戸惑っている。「スライムを食材として見たことがない」などと言っていた。アイラは問答が面倒になり、自分の分のかき氷をスプーンですくって食べた。

 ひんやりしている氷は、予想通りほのかな甘みがある。後味すっきりなその甘みは、レモンのように爽やかな風味があった。冒険者から譲り受けた柑橘類のジャムとマッチしている。シャリシャリシャリと食べ進めると、一人、また一人と冒険者が震える手で器とスプーンを手に取り、スプーンを新雪のような氷の中に入れ、口に運んだ。


「……! 美味い……スライムが美味いなんて……」

「ああ、このジャムと合っている!」

「スライムかき氷の良さがわかってもらえてよかったよ。ところでこのジャムに使ってる果物、なんて名前? どこで採れるの?」


 ジャムをくれた冒険者の男がスライムかき氷を食べすすめながら答えてくれた。


「これはパルモ高地と呼ばれる場所で採れる、シトロンっつう食いもんだ。バベルの南西にあって、ゴア砂漠からの熱風とパルマンティア海の潮風であったけえ気候の場所で、強者の冒険者はここでバカンスなんかするな」

「へえ、パルモ高地……あたしも果物取りに今度行ってみようかな」

「なら、マドンナって果物を探すといいぜ! 崖にへばりつくように生えている木に実ってんだが、凄まじく美味で、とんでもない高値で取引されている。崖には鳥系魔物がウヨウヨしてんだか、命をかける価値はある。何せマドンナ一つにつき金貨五十枚の値打ちがあるからな」


 おおよそ食材につけるような値段ではないが、よほど採りにくい場所に生えているのだろう。アイラは俄然、興味が湧いた。


「雪原を堪能したら、次は高地に行ってみようかな。ね、ルインはどう思う?」


 振り向くと床では、ルインが山盛りのスライムかき氷をフガフガ食べている。


「いいんじゃないか? オレが美味いもの食えればどこに行ったってかまわん」


 ルインの本能は本当に「美味いものが食べたい」という一点のみに集約されている。わかりやすくてとてもいいと思うし、意見が合うので楽だった。アイラも美味しいものを求めてあっちこっち行く今の生活がとても楽しい。

 デザートも食べ尽くしたところでお開きになった。冒険者たちはアイラに「うまかったぜ」「また機会があれば作ってくれよ」などと言ったり、肩を叩いたりしてから去って行った。ルインが四本足で立ち上がる。


「オレたちも部屋に戻って一眠りするか?」

「その前に、もう一個やりたいことがある」

「なんだ?」

「温泉入りに行こうよ」


 ルインはあからさまにいやそうな顔をした。耳をだらっと垂らし、目尻を下げ、尻尾を垂れ下げてじりじりと後ずさった。


「今回は雪原で、ほとんど汚れてないからいらんぞ」


 ルインは上目遣いで唸った。アイラは若干呆れた。


「本当にお風呂嫌いすぎるよね……じゃあルインはいいよ。あたし一人で入るから。部屋で寝てる?」


 ルインはこの言葉にほっとした様子で、しかしまだ警戒を解かず、考えるそぶりを見せる。


「一緒に行って見張りをしよう。お前、前の街で風呂に入ってたら覗き見されたことがあっただろ」

「あったねえ。児童わいせつ罪で捕まった犯罪者に、お風呂覗かれたことが」


 あれはアイラがダストクレストで暮らし始め、一週間ほどした時のことだろうか。住民共用の風呂は、男女別に分かれていた。建物ごと別だ。しかし窓が一つだけついている。そしてその窓に、アイラが入浴する時だけ、張り付いている男がいたのだ。爛々と目が輝いている息が荒いその男と風呂場で裸でいるアイラとの目がバッチリ合った瞬間、アイラは言い知れぬ嫌悪感が込み上げてきた。言うなればそれは、原始的な忌避感。生理的に無理ってやつだ。この男は敵である。ダストクレストには冤罪者も多かったが、この男はまごうことなき犯罪者だとアイラの本能が告げていた。アイラが風呂場を吹き飛ばすのも構わず、内側から男に向かって攻撃魔法を放とうとした瞬間、窓にへばりついていた男が吹き飛んだ。やったのはアイラではない。アイラはまだ何もしていなかった。

 急いで服を着て裸足の足に靴を引っ掛けて外に出てみると、いたのはダストクレストに住む女性陣だった。手に手に棍棒や鉄パイプなどさまざまな武器を持ち、「最低!」「女の敵!」「ロリコン!」などという罵声と共に覗き魔に向かって振り上げ振り下ろす。

 袋叩き状態だった。アイラに手を出す隙はなかった。

 なおルインとシーカーは、この騒ぎを樹上から見守っていた。

 それ以降、風呂を覗こうとする不届き者はダストクレストにはいなくなった。

 そんな懐かしい記憶を思い起こしながら、部屋にタオルを取りに戻り、それからキッチンの前を通り過ぎて岩窟のさらに奥に向かう。 

 奥にいくにつれて、湿度が濃くなる。空気穴から換気しきれない量の湯気が立ち上り、それが通路に漏れているようだった。

 複数並んだ扉のうちの一つのノブを握ると鍵はかかっておらず、捻って開けてみる。ドーム型天井のその場所に脱衣所なんて親切なものはなく、入ってすぐの場所に籠とブリキの桶、石鹸が置かれており、奥の窪みに湯が溜まっていた。岩壁に空いた穴から湯が盛大に噴き出し、それが窪みに溜まるようになっているらしい。飛沫が散り、音が反響していた。


「わぁ〜洞窟風呂! 雰囲気ある〜!」


 ルインがのっそりと室内に入ってきて、髭をヒクヒクさせた。


「じめじめしている」

「お風呂だからね、仕方ないよ」

「オレは扉の外にいるぞ」

「うん、ありがと」


 ルインがするりと外に出たので、扉と鍵を閉め、服を脱いでタオルと一緒に籠に入れる。いつもくくっている髪も解いた。癖のある豊かな赤毛が胸元と背中に散る。

 アイラはブリキの桶を掴むと、ごつごつする地面を裸足で歩き、勢いよく噴き出ているお湯に近づけ、湯を貯めてからザブッと被った。それから石鹸を手に取ると、頭も体も全身ゴシゴシこすって綺麗にする。ルインの言う通り今回探索したのは雪原だったので、砂漠や森に比べれば付着した汚れは少なかったが、それでも結構動き回ったので汗はかいている。それらが綺麗に洗い流されるとさっぱり気持ちいい。


 全身綺麗になったところで風呂の淵にそっと足先を入れてみた。

 湯は程よい熱さだった。アイラにとっては。火属性に適性のあるアイラは熱耐性が高いので、他の人に取ってみたらこの風呂はきっと熱めだろう。例えば水属性でも氷魔法を得意としているイリアスなんかからすれば、この風呂は熱すぎて入れないかもしれない。人によりけりだ。

 ちなみにアイラは、水属性の適性もあるので水風呂も好きだった。火属性の結界魔法を張っているとはいえ、分厚い氷が張ったピエネ湖に戸惑いなく潜ったのもそのためだ。結界なしで素潜りしても、まあまあ耐えられただろう。服が濡れるのでできればやりたくないけれど。

 足の指先からくるぶし、膝小僧とだんだん湯の中に入れていき、腰までつけて立ってみる。岩をくり抜いた形の窪地に溜まった温泉は割と深めで、アイラの胸元まである。岩が少しだけ飛び出しているところがあったので、そこに背を預け、もたれかかった。


「わ〜、きもちい……」


 絶え間なくお湯が流れる音しかしない静かな空間に、アイラの声が響く。

 丸一日動いた体に、温かなお湯が気持ちよかった。

 そういえばお風呂は久々だ。バベルはシャワーのみなので、全身をお湯に浸らせたのはダストクレストの共同風呂以来だ。それって少なめに見積もっても、半年くらい経っているのではないか。

 ただお湯の中に全身を浸からせているだけで疲労が飛んでいくようだった。


「こんないいお風呂があるんなら、しょっちゅう遊びに来てもいいかも」


 そう言ってしまうくらいには心地いい。

 アイラは一人洞窟風呂を心ゆくまで堪能した。


「随分長かったな」

「気持ちよくてついつい」


 服を着て扉を開けると、その場に寝そべってうつらうつらしていたルインにそんな言葉をかけられてしまった。のっそり起き上がり、くあっとあくびをしたルインと一緒に部屋まで戻る。

 もうあとは寝るだけだ。ルインはアイラが床に広げた寝具の上に躊躇なく乗っかり、四肢をだらりとさせ、全身の力を抜いてリラックスした。アイラはそんなルインに寄りかかり、毛布を引き寄せて首まですっぽり覆う。


「おやすみー」

「おやすみ」


 ルインの高めの体温がそのもふもふの毛越しに伝わってくる。あったかいし安心する。目を瞑ると、一日動いて満腹になり、お湯に浸かって気持ちがほぐれたせいなのか、あっという間に眠りに落ちた。

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