第80話 探索拠点で大判振る舞い②

 決して広いとは言えない探索拠点内に、むさ苦しい男たちの歓喜の声が響き渡り、先ほどの無精髭を生やしたギルド職員クグロフが何事かと様子を見に来た。


「何だ、揉め事はご法度だぞ……おっ、いい匂いだな」

「食べてく?」

「いいのか?」

「いいよ。一人増えたって変わんないでしょ」

「じゃあありがたくいただくとしよう。そうだ、俺からも何か食材を……ギルドから届いたミルクと野菜なんてどうだろう。シチューに使おうと思っていたものだ」

「いいね! じゃあシチュー作ろうかな」


 ミルクが入った大瓶と籠に盛られた野菜を受け取り、アイラはシチュー作りに取り掛かった。

 シチュー作りに必要なのは、バター、アル粉、ミルク、塩、そして食材たち。

 お鍋にバターとアル粉を入れて満遍なくまぜたあと、徐々にミルクを入れてかき混ぜ続ける。するともったりした液体が出来上がる。これがシチューの基本になるソースだ。

 アイラはひとつの鍋で少なめの水分(白樺の樹液入り)で具材を煮込み、一つの鍋でソースを作り、他の鍋では魚と肉とキノコのピリ辛スープパスタを作っていた。


「ぜいたく!」


 たくさんの鍋に囲まれながら満足して叫ぶ。


「いっぱい食材があって、こんなにたくさんの調理器具を使っていいなんて……幸せ!」


 アイラは料理をしている時と食べている時こそが至福の時間だ。雪原という本来ならば食材に乏しいはずの地で、こんなに多くの食材と調理器具に囲まれるなんて想像だにしていなかった。まさに至福。まさに至上。アイラはご機嫌で料理をした。

 具材が煮えた鍋に、もったりしたソースを入れてぐるぐるかき回す。するともったりしたソースはとろっとした液体になった。やや黄色みがかった独特のセンティコアの香りがするミルクに、溶け出した野菜や肉の香りが混じり、なんとも食欲をそそる匂いが立ち上っていた。背後から冒険者たちの感嘆の声とルインが喉を鳴らす音が聞こえる。作っているアイラも、早く食べたいなぁ〜という気持ちが高まっていた。

 シチューはギルド職員のアルベルドが寄付してくれた食材によって作られている。大きめに切ったじゃがいも、にんじん、たまねぎ。ルインが獲ってきてくれたスノーエイカーの肉も入っている。持参していたクレソンも風味付けに投入した。これがあるのとないのとでは、深みが全然違ってくる。

 スープパスタとシチューが完成した。これで食事にしてもいいのだが、まだ材料があるし、もう一工夫したい。アイラは完成したスープパスタとシチューをどかし、次はフライパン二つを手にした。

 一つのフライパンにはたっぷりの油とともに乾燥トウモロコシを入れ、蓋をして放置した。もう一つのフライパンでは、溶き卵とミルクに浸したパンを焼く。

 冒険者の一人が献上してくれたパンは、冒険者のセオリーに則って固くパサパサしたパンだった。安い上に日持ちもするので、そのようなパンになってしまうのは無理からぬ話だ。これはこれで歯ごたえがあるしお腹も膨れるのだが、せっかく食材がたくさんあるのでもっと美味しく食べることにする。

 バターを敷いたフライパンでパンを焼くと、染み込んだ溶き卵とミルクの甘い香りが漂う。ひっくり返して両面を焼く。目指すのはいい感じにこんがりと焼き色がつき、かつ中までしっかり火が通ることだ。

 同時に、蓋をしてほっといていた隣のフライパンからポン、ポンと何かが破裂する音がし始めた。爆裂種の乾燥トウモロコシは、火にかけると内側から破裂してひっくり返り、サクサクした食感の食べ物へと変わる。軽く小さいので持ち歩くのに便利な上、調理が簡単なので重宝されるのだろう。

 背後の人々が鼻をうごめかすのがわかった。


「おい、まだか、まだなのか……!」

「待ちきれんぞ」


 と口々に言うのが聞こえ、「もーちょっと」とアイラは答えた。

 焦ってもいいことはない。料理で大切なのは、じっくりゆっくり、食材の状態を見極めながら愛情込めて作ること。万物には命があり、食事というのはその命を頂く行為なのだから、生きとし生けるものに感謝を込めて料理をするべきだというのがアイラの料理人としてのモットーだ。かつて空腹で極限状態に陥ったことのあるアイラは、食材に敬意を払っている。無駄にするべきではないし、食べるならば美味しく楽しくありがたく食べたい。決しておろそかにするべきではない。

 背後に控える人々とルインの一心の期待を背負いつつ、ついに料理が完成した。

 アイラはフライパンを持ったまま、くるっと一同を振り返った。


「できたよ、『あたし特製、雪原で心もお腹もあったまるメニュー』!」


 うおおおおっというむさ苦しい咆哮で岩窟が揺れた。

 ルーメンガルドの北西に存在する銀雪山脈は、万年雪と氷に閉ざされたルーメンガルドと、灼熱の地獄地帯ゴア砂漠とを分断する壁のようにそそりたっている。

 一体なぜ雪山と砂漠とが隣接して成り立っているいるのかは定かではなく、その異常ともいえる気候は神都ガルズに住む学者たちの知恵を持ってしても解明できていない。

 世界樹の恩恵を外れた土地にはいかなる常識もあてはまらないーーというのが今のところ学者たちの間で共通している見識だった。

 雪山は頂きが見えないほど高い。ゴア砂漠方面からは砂がぶつかる赤茶けた長大な壁に見え、ルーメンガルド方面からは雪山に見える。

 銀雪山脈には無数の岩窟が存在しており、さながらモグラの巣穴のように無数の穴が空いている。

 バベルの冒険者ギルドは、この岩窟を天然の宿泊施設として利用し、ルーメンガルドを訪れる冒険者たちに一時の安らぎを与えていた。

 ごつごつした岩肌はなめらかとは程遠いが、少なくとも立っているだけで体力を奪う凍てつく空気や膝下まで埋まる雪からは守ってくれるし、洞窟内はゴア砂漠から来る熱波によって外よりよほど暖かい。

 部屋は割高だが金さえ払えば個室が与えられる。雪山で野宿をすれば一晩で氷像に変わってしまうだろうから、これはかなりありがたい。しかも部屋も、ギルド職員の丁寧な仕事により、清潔に保たれている上に寝具やタオルまで貸し出される。

 雪解け水が溜まって地熱により温まった温泉まであった。丸一日雪原で活動した体を癒してくれると評判である。簡易的とはいえ宿泊者が使えるキッチンもある。

 そして今、この探索拠点に集う人々は、全員キッチンに詰めかけていた。

 岩窟内のキッチン。木のテーブルの上には所狭しと料理が並べられ、全てが湯気を立てていた。

 ピリッと辛いたっぷりスープの中に入った肉と魚とショートパスタ。

 ごろごろした野菜と肉が顔を覗かせている、黄色みがかったアツアツシチュー。

 弾けてふくらむ、塩を振ったポップコーン。

 卵液とミルクを十分に吸って柔らかくなり、表面がカリッと焼かれたパン。

 すべてが、この不便極まりない場所で生み出されたとは思えないご馳走だった。

 手に手にスプーンと皿を持った冒険者が快哉の声を上げ、料理に飛びかかった。

 戦いだ。戦闘だ。

 我先に料理を食おうとする者たちの、激しい争いが繰り広げられていた。この場において秩序を保つ役割を担っているはずのギルド職員アルベルドまでもが料理争奪戦に参加していた。おそらくここにいるのがいつも冷静で温和なギルド職員ブレッドであれば、順番に料理を配給したかもしれない。しかしブレッドはここにいない。いるのは、この人実は制服を着ているだけで冒険者なんじゃないかな? と思わせるようなワイルドなギルド職員クグロフだけだ。

 アイラはこの料理を巡る戦いには参加していなかった。

 ルインの分とともに別に取り分けておいた自分の皿の中身を持って後方に移動し、のんびりのほほんと食べていた。ダストクレストで同じような目に何度も遭っているため、事前に自分達の分だけ確保しておいたのだ。自分で作った料理を食べられないとかありえない。

 雄叫びを上げてテーブル周りに押し寄せる冒険者たちを傍観しながら、アイラとルインは隅のテーブルで晩ごはんを取る。料理の湯気だけでなく、冒険者たちから発散されるあまりの熱気に、この場の気温が二度ほど上昇している。空気穴からの換気が全然間に合っていなかった。


「このピリ辛ショートパスタ、お腹の底からあったまるねー。作って大正解」

「うむっ、程よい刺激が癖になる」

「それにシチュー! 具材たっぷりで野菜の甘みが溶けていておいしー。白樺の樹液を使ったから、ちょっと甘みがあっていいよね。やっぱり料理に使って正解だったね」

「何杯でもいけるな。オレはこっちの、パリパリする綿花みたいな見た目のトウモロコシが好きだ。塩気がほどよいし、白いところはフワフワで、真ん中の殻みたいなとこは歯ごたえがある」

「ポップコーンだよ。カリッパリッサクサクッ! て感じでいいよね」

「やみつきになる」 


 ルインは巨大な口でポップコーンをバリバリと食べていた。アイラはパンにフォークを突き刺す。

 通常であればこの手のカチカチに焼き固められたパンにフォークは刺せない。刺そうとすれば、「バリバリッ、バキッ!」という音と共に、パン屑を撒き散らしながら真っ二つに割れて崩壊するだろう。しかし今はどうだろう。卵液とミルクを十分に吸ったパンは、フワフワしっとりしており、スッとほとんど何の抵抗もなくフォークを受け入れてくれた。口に運ぶ。


「んーっ、卵とミルクの甘みで舌がとろけそうなほど美味しい!」


 アイラは自画自賛しながら、ルインと平和な食事を楽しんだ。

 なお冒険者たちも争奪戦をやめたらしく、各々の皿に料理を取り分け、いつもと違う特別な料理を堪能している様子だった。

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