第79話 探索拠点で大判振る舞い①

 洞窟の中は暖かかった。ギルドで聞いた通り、ゴア砂漠からの熱が来ているのだろう。かといってむわっと熱気が篭っているわけではないのは、空気穴が無数に空いているせいなのか。

 岩窟は、ヴェルーナ湿地帯の地下に広がっているようなじめじめつるつるする苔むしたようなものではなくからっとさらっとしており、間口が広く通りやすい。ぽかっと山肌に開いた入り口には円盤のような魔道具が固定されていた。おそらく魔物避けの魔導具だ。

 入ってすぐの場所に木でこしらえたカウンターがあり、奥にはバベルのギルドですっかり見慣れた制服を着た職員の姿があった。三十代と思しき無精髭を生やしたギルド職員の男は、やってきたアイラに片手を上げて挨拶をした。


「やあ、こんばんは。俺は今この探索拠点の管轄を任されている、ギルド職員のクグロフだ。拠点を使うかい?」

「うん」

「じゃ、使用料は一部屋につき金貨五枚だよ」


 高い。バベルの一時宿泊所は金貨一枚だったので、もっと高い。しかしこのひと月の間中、パン一個を金貨一枚で売っていたアイラにとっては、どうという値段でもなかった。五枚の金貨をカウンターに置くと、クグロフは無精髭を撫でながら枚数を数えた。


「いち、にい……うん。ちゃんと五枚あるな」


 クグロフはカウンター下からタオルと寝具、それから鍵を引っ張り出した。


「ほい、これが拠点からの貸出品。部屋は、左の道を行った場所にある。右の道には共同キッチンと天然温泉があるから、使いたければどうぞ。温泉はいくつかあるが、誰か入ってるかもしれんので気をつけろ。混浴だからな」

「わかった。ありがと」


 タオルと寝具をルインの背中に乗せ、左の道を行き指定された部屋を探す。

 鍵を開けてドアノブを回せば、真っ暗闇。アイラは右手をパチンと鳴らし、指先に炎を灯した。すると天然の岩窟を生かした小部屋が姿を現した。山間に存在しているので当然ながら窓はないが、天井には無数の空気穴が空いていて、そこからかすかにヒューヒューと風の通る音がした。右手にあった蝋燭に火を移す。部屋は柔らかなあかりで満たされる。岩窟の壁に窪みがあり、そこがベッド代わりになるのだろう。だがアイラはそこではなく床に寝具を置いた。


「ルイン、荷物ありがとね」


 ルインの鞍に括り付けてあった荷物を外し、床にどんどん積み上げる。


「こうしてみると、今日一日で随分と収穫があったね」


 ドスカルパラのヒレと胆嚢、アリリイル貝の貝殻、オーロラの種、白樺の冬芽、擬似氷花。そのほかにも持参していた食材や、ピエネ湖で食べきれなかった魚や肉などもある。


「この余ってる食材つかって豪華な夕飯作ろうよ」

「それはいいな。今回は長期の旅じゃないし、全部使ってもいいくらいだな」

「そうそう。あったか料理作って身も心もあったまろう!」


 アイラは降ろした荷物のうち、食材だけをかき集めると、部屋を後にして共同キッチンがあるという場所まで行くことにした。


 バベルよりも簡易な作りの共同キッチンには先客がいた。まな板の上に食材を載せ、豪快な手つきで切り刻んでいる。その様子は調理というより魔物を解体している処理業者のそれである。いかつい男がキッチン備え付けと思しき包丁で、肉を骨ごと一刀両断していた。一振りごとにダンッ! ダンッ! と包丁がまな板に打ち付けられる大きな音が岩窟内に響き渡る。アイラは男に近づいた。


「何切ってるの?」

「おう? そりゃ、今日の晩メシにするスノーグースに決まってんだろ!」


 アイラが見ている先、男はスノーグースの細い首をまな板に固定し、一刀両断していた。アイラは顔をしかめる。


「毛のむしり方が適当すぎるし、血抜きもろくにしてないでしょ? どう食べたって美味しくなんないよこれじゃあ」

「サバイバルしてる時ぁ、こんなもんで十分だっ!」


 男はアイラの言動を無視し、適当に切断した肉を骨から素手でむしり取って鍋に投げ入れ、次にキノコを取り出した。雪のように真っ白なキノコを、ものすごく大雑把に手で割いてこれも鍋に投げ入れる。そのまま水をどぼどぼと注ぎ、火にかけようとした。アイラは思わず男の手を掴んだ。


「ちょっと待った!」

「何だよ、いくら美味そうだからって、やんねえぞ!? 雪山じゃあ食糧は貴重なんだ!」

「この鍋のどこが美味そうに見えんの!?」


 目の前のごった煮は、ひどいものである。これは素材への冒涜だ。生きとし生けるものへの侮辱でさえある。


「これを料理と呼ぶって? 生きたままのスノーグースをそのまま食べた方がまだマシでしょ!」

「なんだとう!? じゃ、お前はさぞかし素晴らしい料理を作るんだろうなぁ!?」

「作るよ! そこで見てなっ!!」


 アイラは男に体当たりをかましてどかし、キッチンを陣取った。

 仁王立ちでキッチンに立ったアイラは、持参した食材を並べる。吹き飛ばされた大男とその仲間、それにたまたま居合わせた冒険者たちがアイラを囲むように立ち並び、見学していた。女子はアイラしかいないのでむさ苦しいことこの上ない。アイラはダストクレストにいた経験からむさ苦しいのには慣れていた。あの場所もなかなかのむさ苦しさ具合だった。美味しい食材がたんまりあって、ルインがいればそれでいい。唯一にして最強の癒しだ。男たちがあまり押し寄せないよう、防波堤の役割もしてくれている。

 背後に壁のようにそびえる男たちを無視してアイラは料理に取り掛かった。

 作るのは煮込み料理だ。材料はスノーグースの肉、三枚におろしたキュウリュウウオの成魚、ショートパスタ。肉と魚は丁寧に一口大に切り分けた。

 味付けは塩胡椒の他に輪切りにした唐辛子を入れる。寒い場所には、ピリッと辛い料理がピッタリだよね!

 アイラは流れるような包丁さばきで肉と魚を切り、ショートパスタを鍋に入れ、塩胡椒を振り入れて唐辛子を添えた。

 おぉ、という声が上がる。


「まだ調理途中なのに、美味そうだ……!」

「この料理は美味いと俺の胃袋が言ってやがる!」

「くっ……」


 アイラの前に料理をしていた男の手が、ずいと差し出された。そこには先ほど見るも無残にバラバラにされた白いキノコの仲間が乗っかっていた。アイラは振り向いた。


「負けたぜ、嬢ちゃん……よかったらこのキノコも一緒に調理してやってくんねえか。これはな、ルーメンガルドの奥で採れる幻のキノコだ。うめえのなんのって。その鍋に絶対合うぜ。その代わり、俺にも鍋をワケてくんねえか」


 アイラは笑ってキノコを受け取った。


「もちろんいいよ」


 その言葉に反応したのは別の冒険者である。


「俺も! 俺も食いたい。この卵でどうだ。卵はここじゃ貴重だぞ!」

「じゃあ俺は、パンだ!」

「乾燥とうもろこしだ! 爆裂種だぜ!」

「ジャムだ!」

「酒だ!!」


 次々にアイラに差し出される食材たち。すごい。まさか雪山でこんなに色々な食材が揃うとは。一体何を考えて卵やミルクを持ち込んでいるのかはわからないが、とにかくありがたく受け取り、とびきりの笑顔を浮かべた。


「よーし、これでご馳走作っちゃうからね!」

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