第78話 素材採取②
気を取り直して先に進む。
「ルインがきた時、花っぽい魔物見かけた?」
「いや……肉になりそうな魔物以外は探していない」
「そっか。地道に探すしかないね」
樹氷林は細長い形をしていて、地味に広かった。ルインの移動した道から逸れ、道なき道を歩いていく。先頭をルインが歩き、雪を溶かしながらの移動なのでそれでも随分楽だ。
「体温高い生き物って寒いとこ苦手なイメージあるけど、ルインは平気なんだね」
「オレは暑いのも寒いのも平気だな」
「さすが神族だねー」
「神族がなんなのか、オレ自身よくわかっていないがな」
燃える炎のような尻尾をふりふりしながらルインが言う。
「あたしにもよくわかってないよ。みんなが褒めるから言ってみただけの……雰囲気?」
「うむ、そんなことだろうと思っていた。お見通しだ」
一面を雪と氷に閉ざされた氷点下の過酷な世界での探索であろうとも、アイラとルインにかかれば平和なお散歩と化す。二人は呑気におしゃべりしながら、目的の花の魔物がいないかなと周囲をキョロキョロ見回した。
木立の間がキラリと光り、ドシュッと何かが飛んできた。
アイラはほとんど脊髄反射のみで、飛んできた何かを掴む。掌、というよりは、覆っている結界魔法に阻まれ、飛んできたものは音を立てて蒸発した。かろうじて掌に残っている欠片から察するに、これはーー。
「氷の礫」
目線をばっと上げ、同時に礫が飛んできた方角へ駆け出した。雪で腰まで埋まってしまうが、そんなことはおかまいなしだ。アイラはルインを追い越して、雪を蹴散らし進んでいく。木立の後ろで何かが動く音がして、アイラは右手でファントムクリーバーを抜き放ち、戦闘準備をしてから木立を回り込んだ。
そこには青く透き通る美しい花が群生していた。固く蕾を閉じているそれはあまりにも綺麗で、一見すると氷像に見える。しかしアイラは鑑定魔導具を使いその正体を即座に見破った。
【
花のふりをしている植物型魔物で、近づくと氷の花粉を撒き散らして攻撃してくる。根を引き抜くと仮死状態に陥る。その蜜は冷たく美味で、いかなる雑味もえぐみもない。
「見つけたぁ、擬似氷花!」
アイラは氷像のふりをしている擬似氷花に迷わず突進した。後ろからルインも来ている。アイラの叫びに驚いたのか、擬似氷花たちは氷像のふりを止め、一斉に動いて攻撃しはじめた。
花蕾がぐぐっと開き、幾重にも重なった薄い花びらが開く。中心の子房が膨らみ、柱頭から細かな氷の礫が一斉に発射された。アイラもルインも防御しなかった。生半可な攻撃は全て結界魔法が防いでくれるので、いちいち止まる必要などない。ちょっと痛いなーくらいなもんだ。アイラたちは擬似氷花の群れに向かって突っ込んでいった。
擬似氷花は、魔物のご多聞に漏れず、やはり動く。根っこを雪から引っこ抜き、足のようにしてわさわさ動いた。逃げるのかと思いきや、隊形を組み始め、三列に並んだ。蕾が一斉に開き、氷の礫が無数の擬似氷花から同時に放たれる。周囲の気温が一段階下がった。大量の氷が一絡げになって押し寄せる。もはや氷は小さな礫などではなかった。
壁のようにそそり立つ分厚い氷が、アイラたちに迫り来る。しかしアイラもルインも冷静そのものだった。アイラの前に出たルインが、口をがっと開く。
ルインの口から巨大な火球が飛び出した。
火球は雪を溶かしつつ豪速で氷の壁にぶつかる。高温の炎と絶対零度の氷が衝突し、周囲には大量の水蒸気が発生した。視界が見えない。アイラとルインは壁に向かって怯まずに前進した。
二発目の火球をルインが吐いた。前進し、氷の壁を貫通し、擬似氷花が隠れている向こう側まで突き抜ける。アイラもルインも雪から足を引っこ抜くと、勢いをつけてジャンプしてその穴を飛び越えた。
降り立った先には擬似氷花がわさわさと控えている。若干パニックに陥っているようで、逃げようとする個体や戦おうとする個体など様々で、先ほどのように統率の取れた動きをしていない。アイラは手近にいた一体を引っ掴み、試しに根っこを引っこ抜いてみた。
アイラの手の中でじたばたしていた擬似氷花は途端に大人しくなり、花も葉もだらっとした。茎がアイラの手の中で支えを失い、花が地面に向かってうつむいた。
「おー、ほんとに大人しくなった。よーし」
アイラは次々に擬似氷花を捕まえ、根を引っこ抜いた。かさかさと逃げ回る擬似氷花は結構すばしっこかったが、ルインが行く手を予想して立ち塞がるお陰で楽々捕獲できる。アイラは擬似氷花の仮死体をどんどん作り上げて行った。しーんとする擬似氷花が抱えるほどの数積み重なったところで、手を止めた。
「このくらい集まればいっか」
「終わりか」
「うん」
通せんぼをし続けていたルインが動きをぴたりと止めると、残る擬似氷花たちが足の間をくぐり抜け、あるいは大きく迂回して、脱兎の如く逃げ出した。
残ったのはアイラとルインと根っこを引き抜かれてただの植物と化した擬似氷花のみである。アイラは根っこと本体を分けてルペナ袋に収納した。ちなみに根っこの方はまだ動きを止めておらず、逃げ出そうとうねうねのたくっていたので、縛って脱走できないようにした。
「次は白樺の冬芽を採取しようか。樹液が美味しいらしいから!」
ボニーに依頼された冬芽より、美味しいという鑑定結果がでた樹液の方にアイラの興味は傾きまくっていた。
白樺の木は探すまでもない。この広大な樹氷林にそそり立つ木のほとんどが白樺の木なのだから。
樹液の採取は何度もやったことがあるのでお手のものだ。木に穴を開け、そこに管を差し込み、バケツやカップをおいて溜まるのを待てばいい。時間はかかるが待っているだけなので楽といえば楽だ。
「えいっ」
アイラは魔法で、空洞になったつららを生み出し、木にブスッと穴を開けた。つららはゆるやかなカーブを描き、雪の上に置いたカップの中にホースの口を伸ばした。しゃがんでアイラとルインが見つめていると、木の穴からつららホースを伝ってぽた、ぽた、とゆっくり樹液がカップに溜まっていく。
「待ってる間に冬芽を取っちゃおうか」
「うむ」
白樺の冬芽を取るためには木に登る必要があった。アイラは木登りも得意だ。サバイバル生活が長かったので一通りのことができる。ちなみにルインも木に登れる。一時期、シーカーと一緒に樹上で生活していたことがあるらしい。シーカーといると色々な場所に行くので、必然的に色んなことができるようになる。
アイラは木の表面の凸凹に手足をかけて登った。右手を伸ばして枝を揺らし、降り積もった雪を落とす。ダイナミックに揺らすと、雪がバサバサドサドサ落ちる。ルインは下からその様子を見上げていた。木登り自体は出来るが、冬芽を摘み取るという細かい仕事に向いていないため地面でお留守番だ。ルインの前足では、鉤爪が木に引っかかって冬芽を傷つけるか、さもなければ枝ごともぎり落としてしまう可能性が高かった。魔物が襲いかかってこないように見張ってもらっている。
アイラは雪をあらかた振り落とした枝にまたがって、両手を使って前進した。枝の先に微かに膨らむ芽を、果物ナイフを使って削ぎ切りにし、腰にくくりつけたルペナ袋の中にしまい込んだ。
アイラが冬芽採取に勤しんでいる間にも、魔物の襲来があった。カチカチに凍りついたスライムっぽい魔物に囲まれ、ルインが奮闘しているのが木の上から見えた。亜種とはいえ所詮はスライム、ルインの敵ではない。火球に撒かれて消滅し、あるいはふみつぶされてぺしゃんこになったりしている。アイラはスライムの「ピィッ」「ピギャッ」という断末魔を聞きながらも冬芽摘みに励んだ。
木から木へと飛び移り、袋が半分ほどいっぱいになったところで冬芽摘みをおしまいにする。樹液の方はどうなっているかと見てみれば、コップになみなみ溜まっていた。見た目は完全に水だ。蜂蜜みたいにねばっこくもないし、透明でサラサラしている。コップを傾けると樹液が揺れた。
少し指先ですくって舐めてみた。喉が焼け付くような甘さではなく、口当たりも水そのもので、ごくごく飲めてしまいそうだった。しかし後味がほんのりと甘い。これは甘味としてではなく、料理に使った方が良いかもという感じがした。
蓋をして漏れないように気をつける。同時に木の穴にも栓をした。こうしておくと木が腐らなくて済む。
空は紅色に染まっており、このままではあと一時間も経たないうちに夜になってしまうだろう。ルインが座ったまま首を傾げた。
「どうする? バベルに戻るか? それとも探索拠点とやらに行くか?」
「まだボニーさんに指定された素材採取しきってないし、探索拠点に行ってみよっか」
「うむ」
ピエネ湖で出会った冒険者が教えてくれた通り、樹氷林を出て北西に向かう。西側にそびえる山は降り積もった雪が夕暮れの日にあたり、紅色に染まっていた。
「この山のどっかに道があって探索拠点に繋がっているらしいんだけど……」
「こっちの方だな。ヒトのニオイがする」
ルインが雪上をフンフン嗅ぎながら先を進んでくれた。嗅覚が人間の何百倍も鋭いルインからすれば、大勢のニオイが集う探索拠点というのはわかりやすいのだろう。魔物避けの魔導具を使っているらしいが、ルインは魔物ではないので効力がない。
やがて雪山に小道を見つけたアイラたちは、くねくね蛇行する一本道を歩き、山の中腹にぽっかり空いた洞窟を発見して中へと入った。
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