第76話 氷湖でキュウリュウウオ釣り④
そうこうしていると、雪の上を踏みしめる足音と、聞き慣れた声がした。
「アイラ、戻った」
「おかえりルイン」
ルインは背中にどっさりと仕留めた魔物を乗せていた。
「いっぱい獲ってきたね」
「アイラの方もな」
ルインは体を揺さぶって乗せていた魔物をその場に振り落とし、敷物の上に山と置かれた魚や貝に鼻先を近づけてフンフンと匂いを嗅いだ。アイラはルインが持ってきた魔物の鑑定をする。
【スノーグース】
雪原に住むガチョウに似た魔物。獰猛。人を見ると襲いかかってくる。食用可。特に脂肪を蓄えている肝臓は濃厚な味わいで極めて美味。
【スノーエイカー】
白い毛皮で景色に紛れ、雪原を徘徊して背後から強襲を仕掛ける魔物。毛皮は水を弾く。食用可。
「全部食べられるって」
「それは何よりだ」
ルインは獲ってきた肉よりも魚に興味があるらしく、巨大な眼球でバケツの中を泳ぐキュウリュウウオの幼魚をじっと見つめていた。牙が剥き出しになっている。見つめられた幼魚は命の危機を感じて怯え、隅でひとかたまりになってじっとしていた。
「ルイン……魔物が怯えてるよ」
「ストレスを感じた方が旨味が増すんじゃないか」
牙の隙間から唸り声のような声をあげるルイン。
「確かに、そういう説もあるね。貝とかはそうらしいし」
「そっちの貝は食えるのか」
ルインは敷物の上に積み重ねられた、黄色と紫のマーブル模様の貝、アリリイル貝に視線を移した。アイラはルインが持ち帰ってきた魔物をせっせとさばきながら答える。
「うん。食用可って書いてあった」
「それは楽しみだ」
食事の準備は着々と進む。アイラはアリリイル貝の中身を剥がし、どんどん串に突き刺して、炎を吹き出す魔導具の周囲にぐるりと刺した。キュウリュウウオの成魚は、新鮮なので生のままで食べることにする。
幼魚は油で揚げようと、バケツから掴み取り、指で下顎を引っ張って内蔵を抜き取った。小さな魚は大体こうすることで生臭さと嫌な苦味がなくなるのだ。内蔵抜きを済ませた幼魚をアル粉を敷き詰めたバットの上にポイポイ置いて、塩を振りかけてから粉をまんべんなくまぶす。白い粉まみれになった幼魚を、油が十分熱された鍋の中にそっと流し入れた。
ジュワー、という音を立てて幼魚が油の海に沈み込み、パチパチパチと細かな音を立てながら徐々に浮いてくる。アイラは次々に幼魚を鍋の中に投入した。十匹ほど入れたところで鍋がいっぱいになったので、フォークでつついて上下をひっくり返し、カラカラカラと音が変わり、衣の色がきつね色になったものから引き上げて皿に置いた。
揚げたことで身がやや反り返った幼魚は九つに分かれた尾をそれぞれ好き勝手な方向に向け、シュウシュウと小さな音を立てて湯気を立ち上らせている。肉とは異なる魚特有の香りにごくりと喉を鳴らし、フォークを構えた。
「いただきまーす」という声はルインとハモった。
ぷっすりフォークを刺してから、一口で身の半分をかじり取る。ルインは一口で、お皿に載っていた五匹全てを食べてしまっていた。
揚げたキュウリュウウオの幼魚は、ホクホクとした食感で、骨までパリッと食べられた。表面に振った塩がいい味を出していて、また衣をつけたことで旨味も脂もぎゅっと凝縮されている。あっさりした味わいの身は、揚げ物に非常に相性がよかった。
「やばっ……おいしいぃ!」
「うむ! アイラ、早く次を揚げてくれ」
「おっけ! 出来上がるまで、こっちのお刺身食べてて!」
アイラはルインに魚醤を垂らした刺身の大皿を差し出した。ルインは食べる前に皿に目を近づけ、身をしげしげと眺めていた。
「おぉ……綺麗な身だな。白いが、向こう側が透けて見える」
「うん。ボニーさんの言う通りだよね」
「オレが食うんだから、こんなに薄く切らんでもいいんじゃないか?」
「ダメだよ。生食は薄めの方が食感がいいんだって、ソウさんが言ってたもん」
ソウというのはダストクレストでアイラに料理を教えてくれた人物の名前で、アイラの料理の師匠だ。諸国を漫遊してさまざまな料理に精通していたソウは、よくわからない罪を被せられて捕まり、ダストクレスト送りになり、そしてアイラに出会った。東の方の国に行った時に知った料理を特に気に入っているらしく、アイラにも熱心に教えてくれていた。
ルインは皿いっぱいに敷き詰められた薄切りの魚肉を一口でパクリと食べた。
「おぉ……コリコリしていて、ほんのり甘い。魚醤のおかげで、むしろ魚の甘みが引き立っている」
「え、あたしも食べたい」
アイラは幼魚を揚げている合間に刺身を口にした。氷上で冷えていた魚の身は、ルインが言うように歯ごたえがあり、甘みがあった。淡白な味わいで脂に乏しいが、そのあっさり具合のおかげでいくらでも食べられそうだ。
アイラとルインの二人は夢中で食事した。
幼魚の他にもルインが獲ってきてくれた肉も揚げてみた。スノーグースはかみごたえのある肉、スノーエイカーはプリッとした食感でどちらも美味しい。スノーグースの肝臓はソテーにしてみると絶品だった。
持参していたチーズの塊を火にかけてとろけさせ、これを揚げた魚や肉につけて食べると味が変わってまた美味だった。
「アイラ、串焼きの貝も美味いぞ」
ルインは前足を使って器用に串を捧げ持ち、刺さっている貝を抜き取って食べていた。
「ほんとだ、クリーミー!」
「でかいから食べ応えがあっていいな」
ハフハフと焼きたての貝を頬張るのは楽しい。
アイラとルインは揚げたキュウリュウウオの幼魚、スノーグースとスノーエイカーの肉を食べ、スノーグースの肝臓のソテーに舌をとろけさせ、キュウリュウウオの刺身に舌鼓を打ち、アリリイル貝の串焼きを頬張った。
魚介と肉を十分に堪能したアイラとルインは、満腹で大満足だ。
「魚、美味しかったね」
「肉もいいが魚もいいな。いっぱい食える」
雪原の上で胃が満たされてほっこりしたアイラとルインは、しばしの休憩をとり、その後に残っているボニーからの依頼をこなすことにした。
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