第62話 沼地の浄化作業③

 沼地生活の料理はアイラが全て担当している。これは単なるアイラの趣味である。食べることと同じくらい料理が好きなので、自然に全員分を作っているのだ。


「今日の料理は、『森の恵み! キノコと角豚のカラッと揚げ』だよ!」


 一皿に盛り付けられた料理は、文字通りのものである。

 保管しておいた爆裂キノコと、本日獲ってきたばかりの角豚という角の生えた豚のような魔物の肉を油で揚げた料理だ。油は地豚の背脂から作った。油の作り方は意外と簡単だ。以前、ダストクレストにいた時には、周辺に生息していた豚と鶏を掛け合わせたような魔物、チキッブーから大量の油を生産していた。

 まずは背脂をみじん切りにし、水と一緒にフライパンに入れて火にかける。アクが出てきたらすくって捨て、背脂が薄茶色に色づいたら火を止め、濾す。濾す時にザルがあると便利だが、今回は旅先でそんな贅沢品は存在しないので、布で代用した。これでもう完成だ。

 植物性の油に比べ、動物性の油で揚げたもののほうが味が濃くなる。冷めるとベタッとするというデメリットも存在するが、出来立てを食べるなら断然、動物性の油の方がアイラの好みだった。それにどうせ解体処理をする過程で大量の脂が出るのだから、活用しない手はない。探索中は物資も食料もあるもので間に合わせる必要があるため、使えるものはなんでも使うべきだ。

 そんなふうに角豚の背脂で作った油を使い、キノコと豚肉をカラッと揚げた。素揚げだ。アル粉やパン粉があればまぶせば旨味を逃さずギュッと凝縮するのが簡単なのだが、今回はないので、アイラの料理人としての腕の見せ所だった。

 作ったばかりの油をフライパンにたっぷりと流し入れ、十分に熱したところで食材を投入する。肉を先に揚げてしまうと油が汚れてしまうので、まずはキノコからだ。油の中にキノコを沈め、上下をひっくり返し、まんべんなくきつね色になるまで揚げる。

 そうしたら次は肉だ。肉は、今回はいわゆるロースと呼ばれる部位を使う。赤身と脂身のバランスがちょうどよく、どんな料理にも使いやすい部位だ。あまり厚すぎると中まで火が通らないので、厚さ二センチほどに切る。一枚肉を油の中にさっと流し入れ、ぱちぱち油が楽しげに爆ぜる音を聞きながら、キノコより長めに揚げる。目安としては、表面が全体的にしっかりと色がつき、焦げる寸前、といったところだ。この目測を誤ると中が生焼けになってしまったり、逆に表面が黒く焦げて固く苦くなってしまったりするので注意が必要だった。

 アイラの料理人としての知識と経験とカンをフル活用して作り上げた「キノコと角豚のカラッと揚げ」は、我ながら美味しく出来た一品だった。パシィが目を輝かせて料理を頬張っている。


「美味しい……油で揚げてあるから、サクサクする。いつものと食感が違う。アイラの作る料理は全部美味しい」

「ありがと。デザートはリンゴと木の実の蜂蜜がけだよ」

「毎日甘いものが食べられて、パシィ、嬉しい」

「実は、お兄様のリクエストなんだよ」


 アイラはパクパク料理を食べるパシィから、目の前で上品に角豚をナイフとフォークで切り分けて食べるオデュッセイアに視線を移した。ハンカチで口元を拭っている様子は、どこかの高級レストランを彷彿とさせた。


「食後のデザートは欠かせないだろう。まして今ここには、シルフィウムの蜂蜜があるのだから」

「お兄様って甘党なの?」

「魔法を使うと当分が欲しくならないか?」


 アイラの質問は、お兄様からの逆質問で返されてしまった。


「あたしはお肉が欲しくなるよ」

「そうか……通りで肉のボリュームが多いと思った」

「でも美味しいでしょ?」

「ああ、文句なしに美味しい。よくこのような辺鄙な地で、限られた食材を使って色々な物を作れるなと日々関心しているよ」

「本当に、アイラちゃんの料理って美味しいよね。工夫がされてるし、食材への愛情を感じる!」

「工夫、大好きだから!」


 アイラは基本的に不便な場所でばかり暮らしているので、制限があるほどに燃えるタイプだった。栄養豊富で美味しくて飽きないように毎日違う料理を作るというのは料理人にとっての使命だ。


「それに、お兄様が立派なキッチン作ってくれたから料理しやすいし」


 真新しい家の隅に設けられたキッチンは、即席とは思えない出来栄えだ。流しと調理台とかまどがあり、普通に調理できる。


「瘴気を封印できたら、ギルドに話してこの場所を探索拠点にする予定だからね。それなりの設備を整えておいて損はない」

「ところで、シングスにハスハスを倒したと聞いたのですが」


 イリアスは自分の隣に座るオデュッセイアを少し見上げた。オデュッセイアはこの中の誰よりも背が高い。


「倒した。もう全部バベルに送ってしまったが、必要だったか?」

「いえ。ただ……文献によるとヴェルーナ湿地帯が瘴気に満ちる前、ハスハスは種も水中に伸びる茎も食べられると書いてあったので。アイラさんなら、きっと美味しく料理が出来ただろうと思うと少し残念で」

「えーっ、あの種食べられたの?」

「文献によると種は上品な味で、餡にして小麦で作った生地の中に入れて蒸したりするらしい。茎は炒め物にするとシャキシャキした食感で美味しいとか」

「へえ、美味しそう。そう聞くと、瘴気のせいで毒化しちゃったのがますます残念。きっと他にも美味しいものがいっぱいあったはずなんだよね」


 アイラは悔しがりながら、全員が食事を終えた頃を見計らってデザートを出した。フライパンで火を通したリンゴと木の実にシルフィウムの蜂蜜をかけたものだ。シンプルながらも、素材がいいのでいくらでも食べられる味となっている。誰よりも嬉しそうにデザートを味わいながらオデュッセイアがイリアスとパシィに尋ねた。


「そうそう、その肝心の瘴気を封印する手段だが、どうだ?」

「描き上がりました。何度かテストをしたのですが、問題なさそうだったので、明日にでも地下で起動させようと思います」


 これにパシィもスプーンを動かす手を止めないままコクコクと首を振った。


「上手くいったら、瘴気を地下に閉じ込めて外に漏れるのを防げるはず……」

「そうしたら、この生活も終わりかぁ。わたし、結構楽しくて気に入ってたんだけどな。バベルで暮らすのとはまた違う良さがあって」

「瘴気が上手く封印できたら、パシィはどうするの?」 


 アイラに聞かれ、パシィは口元まで運んでいたスプーンをぴたりと止め、そのままお皿に戻してうつむいてしまった。


「……パシィは……ヘルと一緒にいたいけど……美味しいごはんも食べたい……でもヘルは、みんなに怖がられるから、バベルには戻れない……ここで暮らし続けたいけど、瘴気が晴れたら人が来るから、きっと追い出されちゃう」


 パシィの目元からお皿にむかって、ぱたりぱたりと涙の粒がこぼれ落ちた。いち早くデザートを食べ終えていたオデュッセイアが、皿にきちんとスプーンを置くと、優しい声色で話しかける。


「沼地の魔女殿と大蛇ヘルドラドにかけられているあらぬ噂話は、私の方で誤解を解くよう尽力しよう。ご存じかと思うが、バベルには従魔として魔物を連れ歩く冒険者も多い。ヘルドラドがパシィ殿と一緒にいても、何ら問題はないはずだ」

「……ほんとに?」

「ああ。バベルの統治者の一人として、約束する。それに、封印結界の安定した運用のためには仕組みを作ったパシィ殿がいてくれると助かるし、きちんと説明をしておくと誓おう」

「……ありがとう」


 おずおずと浮かべたパシィの笑みに向かって、オデュッセイアは真摯な表情を返していた。

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