第61話 沼地の浄化作業②
アイアンクロコダイル、ポイズンスネーク、ブラッドフロッグの三種類も見つけ出すことに成功し、何なく倒せた。このメンバーで倒せない魔物はいないんじゃないかなとアイラは思った。楽勝すぎる。おそらく一番苦労するのが索敵なのだが、これもオデュッセイアお兄様に任せておけばつつがなく見つかるので、アイラはあまりすることがない。魔導具作成に必要な魔石も既に手に入っている。一級魔石はクレソンマイルの腹の中から、三級魔石はアイアンクロコダイルとポイズンスネークとブラッドフロッグの体内からそれぞれ見つけ出していた。
小屋に戻ったアイラは、結界が張られた安全地帯である石の上にあぐらをかいて座り、ルペナ袋からハスハスの種を取り出して一箇所に集めつつ、疑問に思っていたことを口にした。
「ねえねえ、シングスとお兄様はさ、何で素材採取まで手伝ってくれてるの?」
バベルを統治する一族として、周辺の問題に気を配り、長年の悩みの種だった沼地にはびこる瘴気をなんとかするために尽力しているというのはわかるのだが、アイラが個人的に手に入れたい魔導具の素材や、ギルドに依頼されたヴェルーナ湿地帯で手に入る素材を集める手助けをする必要はないはずだ。
「わたしは、ただここにいても暇だし、今回はお兄の手伝いもできないし、それならアイラちゃんの手伝いをしたほうがいいかなと思って」
「お兄様は? 拠点も整ったんだし、あとはイリアスとシングスに任せて先にバベルに戻って、結果だけ報告を受ければ良くない?」
オデュッセイアはアイラの言葉にすぐには反応しなかった。両手を突き出し魔力を放出し、集まった山のようなハスハスの種を風魔法で浮かせ、飛ばし、バベルへ送る。瘴気のせいで視界が悪く、あっという間に紫色の空の彼方へと消え去った種を見送るようにしばし空を見上げた後、エメラルドの瞳をアイラの上へと滑らせる。
「実を言うと、君に興味がある」
「あたし?」
「そうだ」
オデュッセイアは地面に行儀悪くあぐらで座るアイラを、真摯な瞳でじっと見つめ続けていた。
「君はシーカー殿に育てられただろう? ……数多いるシーカーの姓を名乗る冒険者たちではなく、唯一無二のシーカー殿だ。尖った耳に焦茶の髪、満月のような不思議な色の瞳を持つシーカー殿のことだ」
アイラは前髪で隠していない水色の右目で、オデュッセイアをまっすぐ見返した。お世辞にもいい環境であるとは言えないヴェルーナ湿地帯においても、清潔さと高貴さを失わず、バベルの統治者としての誇り高さを失わない佇まいだった。服は相変わらず泥汚れ一つないし、背中に流した緑色の長髪はつややかで美しい。それはまるで、どんな環境にいても飄々として余裕を失わないシーカーの姿に重なった。彼もやはり、いつでも汚れることはなかった。シーカーに出会うまで、
「やっぱりシーカーのこと、何か知ってるんだ? 今どこにいるかわかる?」
オデュッセイアは短く首を横に振った。
「いや、わからない。フィルムディアの一族は代々に渡りシーカー殿と交流を持っているが、行方については
「そっか……そうなんだ」
アイラはゆっくりとオデュッセイアの言葉を噛み締めた。
シーカーはひと所に留まるのを好まない。いつもいつでも、未開の地に行きたがる。だからオデュッセイアの話を聞き、とてもシーカーっぽいなと思った。
アイラは破顔した。
「そしたら、あたしがバベルに居続けたら、いつか会えるかもね!」
「ああ。もし来たら、君のことを彼に知らせると約束する」
オデュッセイアの約束をアイラは信じることにした。アイラはあぐらをかいた膝の上に頬杖をつき、以前立ったままのオデュッセイアを見上げる。
「ね、それで、どうしてシーカーに育てられたあたしに興味があるの?」
「シーカー殿はよく何かを助けるんだ。古の時代に滅んだとされる種族や、幻と呼ばれる植物。世界樹の恩恵に外れた地で懸命に生きる小さく弱い者までも。ただ、人間を助けたという話は聞いたことがない。そもそも人と関わることをほとんどしないらしいから、それも当然とは言えるが。彼の持つ力は強すぎて、存在が知れ渡ると厄介なことになる。政治的な道具に使おうとする者も出てくるだろう。だからシーカー殿は、不毛の地を統治するフィルムディア一族以外の前で正体を明かすような真似はしない。フィルムディア一族は、彼と一緒にこの未開の地に都市を築いた盟友だからね。ーーだから、彼が助けた人間と聞き、興味が沸いた。一体どんな人物なのだろうと思った」
「どんな人物に見える?」
「そうだな……」
アイラの素朴な疑問に、オデュッセイアは顎に長い指を当ててすこし考え込んだ。
「……シーカー殿に似た、心優しい人物だと判断している。沼地の魔女とヘルドラドを敵と断定せず、戦うことなく心を通わせ、ヴェルーナ湿地帯を覆う瘴気をどうにかする手がかりを得られたのだからね」
「ん、そっかぁ」
シーカーに似た、という言葉にアイラはなんだか嬉しくなった。命を助けてくれた恩人のシーカーに自分が少しでも共通する部分があるならば、これはアイラにとってとても誇らしいことだ。
アイラとオデュッセイアの話を静かに聞いていたシングスが口を開く。
「わたしもアイラはとってもいい子だと思ってるよ。魅了魔法なしで、十分に人を惹きつける力があるくらいに!」
「ありがと。あたしも、まさか貴族様がこんなに気さくな人だと思ってなかったからビックリしてる」
「アイドルに必要なのは親しみやすさだから!」
両手の人差し指を両頬に当てるポーズを取りながら、シングスがとびきりの笑顔を披露してくれた。
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