第57話 沼地で快適生活②
そんなことがありつつの、沼地での生活である。
「キノコは手に入れたから、今度はお肉っ、お肉を捕まえよう。できれば美味しいやつ。ジャイアントドラゴンがまた出るといいんだけど! パシィに栄養取らせないと!」
アイラの言葉にシングスがちょっと困った顔をする。
「ジャイアントドラゴンはそこまで出現率が高くないよ。ここらへんで見つけやすくて美味しいのは、クレソンマイルかな。ハーブ系魔物で、虎に似てるの」
「ハーブ系魔物!!」
アイラは、前髪で隠れていない、水色の右目を輝かせた。
「あたし、ハーブ系魔物大好きなんだ。美味しいし、便利だし、他の食材との相性もいいし! よし……捕まえに行こう」
「わりかし強い上に大体が複数体で出てくるけど、大丈夫?」
このメンバーでいたらほとんどの敵など赤子の手をひねるようなものだというのに、シングスがわざわざそう尋ねるということは、よほど強いに違いない。
「協力して倒すのと、個々人で倒すのとどっちの方がいいと思う?」
「それなら、個人で動いた方がいいかも。わたしの魔法に巻き込んじゃうと大変だし」
「じゃあ、それでいこっか。強さに関しては……なんとかなるんじゃないかな。クレソンマイルの特徴は?」
「鉤爪と牙を使った攻撃の他に風系の魔法を使うよ。あと、体の大きさの割に俊敏。もうちょっと東の木が密集している場所に住んでて、木の隙間から獲物を狙ってるんだ」
「わかった」
アイラが頷いたのを見たシングスが、オデュッセイアに向き直った。
「セイアお兄様はどうする? 来る?」
「あの辺りは棚に加工するのに木材にちょうどいい木が生えているから同行しよう」
「お兄様、すっかり大工さんだね」
アイラの言葉にオデュッセイアは嫌な顔ひとつせず、真面目な顔で頷いた。
「こうした場所で探索をする場合、各人が得意なことをする必要がある。適材適所の精神だよ」
適材適所の精神で大工へとジョブチェンジした大公一族の長男は、家に置くための棚を作るためにクレソンマイル狩りに同行してくれた。
シングスの案内に従って進むと、森の様子が変わってきた。今までアイラたちが通ってきたよりも細い木になり(といっても大人が両手で抱えられない巨木ではあったのだが)、より密集していて視界が悪い。草もアイラの胸元くらいまであり、草をかき分けて進まなければならなかった。とはいえ一番背の高いオデュッセイアが先頭を進んでくれ、二番にシングスがいるので、アイラはその後をついていくだけでずいぶん楽だ。四足歩行ゆえに一番背の低いルインは、最後尾にいる。
途中現れる敵は、全部シングスが「魅了」して追い払ってくれた。思考を洗脳することで、どこか遠くへ行くように指示しているらしい。魅了魔法は敵を傷つけず遠ざけてくれるので便利だ。それにしても、とアイラは思う。
「こんなにガサガサしながら進んで、敵に警戒されないかな?」
「クレソンマイルは好戦的で狩りに行くタイプの魔物だから、音出してる方が寄ってきてくれるよ。ほら、もう気配がする」
シングスが言うように、意識を集中させれば、一際強力な敵の気配がすぐ側に迫ってきていた。腰からファントムクリーバーを引き抜き、戦闘に備える。アイラは気配から敵の数を推測する。
「五体かな?」
アイラの言葉に呼応するかのように、魔物が飛び出してきた。
クレソンマイルの黒い模様は虎に非常に似ていたが、全体的な毛の色は濃い緑色で、そのせいでよく森林に溶け込んでいる。そして特筆すべきは、体から生えている植物だろう。ハーブ系の魔物というのは体のどこかしらから植物を生やしているものなのだが、クレソンマイルの場合、胴体を覆うようにわさわさと生えていた。おそらく毛の色を周囲に似せるだけでなく、実際に植物を体から生やすことで、より完璧に擬態するように進化したのだろう。この植物こそが美味しさの源だ。さまざまな料理に使えるほか、生えている魔物の肉との相性が抜群に良いので、クレソンマイルの肉にすり込めばきっと美味しく食べられるに違いない。アイラには、たとえどんな醜悪な見た目をした凶暴な魔物であっても、それがハーブ系の魔物であるというだけで大変なご馳走に見える。
クレソンマイルは毛同様の緑色の瞳でアイラたちを見据え、口を開けて牙を剥き出しにして迫ってくる。後方からルインの声が飛んできた。
「気をつけろアイラ、こいつらおそらく、風魔法の中でも高度なものを使うぞ」
「ガァッ!!」
ルインの予測はあたり、咆哮と共に斬撃が繰り出された。拡散する斬撃が、周辺の太い木々をまるで粘土であるかのようにいとも容易くスパスパッと切り刻む。二体をオデュッセイアが、一体をシングスが、そして残る二体をアイラとルインで相手取る。
真っ赤な舌を口から覗かせ、クレソンマイルがアイラとルインに対峙する。
引き抜いたファントムクリーパーを握りしめ、馴染みきっている皮の手袋がわずかにきしむ音がする。クレソンマイルより先に跳躍したのはルインだった。体の大きさ的にはルインの方がやや小さいのだが、力の強さと魔法の威力でそこらの魔物にルインが負けるはずがない。ルインが吐き出した極小の火球がクレソンマイルの顔面を焼いた。皮膚が焦げる匂いと、痛みであげた叫び声、わずかな隙が生じたのを見逃さず、ルインは前足をクレソンマイルの胸部に押し付け強打した。
魔物の体が後方に吹き飛ぶ。
アイラはルインの背後で膝を曲げ、前方に飛び、ルインを飛び越えた。ルインがもう一体を相手するために、脇に外れる。構えたファントムクリーバーを頭上に振りかぶり、獲物に迫った。
まだ焦げて煙が上がっているにもかかわらず、顔面の痛みから復活したクレソンマイルが即座に身構えた。前足を振るうと斬撃が発生する。しかしそれは戦闘前に張っていた結界魔法に阻まれ、アイラの肉は削らない。構わずそのままファントムクリーバーを振り下ろした。
紙一重で避けられる。
クレソンマイルの体から生える植物をわずかに削って飛び散らせるも、ダメージを与えるまでにはいかなかった。
(ーー速い。手数を加えないと無傷で勝つのは無理かも)
アイラは左手に魔力を収束させた。青い光が球体となって手の中で渦巻く。警戒したクレソンマイルがアイラから距離を取る前に、左手を突き出し魔法を放った。
水球が掌から放たれて、クレソンマイルの頭部を覆った。クレソンマイルは酸素を求めてもがき苦しんだが、実態のない水の塊をつかむことなどできない。放っておけば溺死するが、周囲も戦闘中のためさっさととどめを指すことにした。掌を向け、追加の魔法を放てば、水球が凍りつき、みるみるうちに氷の塊となる。
酸素を確保できなくなったクレソンマイルは横倒れになり、ヒクヒク痙攣してから動かなくなった。
振り向くと、ルインがもう一体のクレソンマイルをちょうど仕留めたところだった。顔面を真っ黒こげにしたクレソンマイルの胸に前足をかけ、喉笛に噛みつき、血飛沫がほとばしる。そのまま仰向けに倒れたクレソンマイルから退くと、ルインは赤い瞳で絶命したクレソンマイルを見下ろしていた。
「むぅ……ハーブを血で汚してしまった。オレはやはり、植物系の魔物との戦闘の相性が悪いようだ」
「クレソンマイルって植物系かな? 獣系じゃない?」
「だが、体から植物が生えているぞ」
「まあ、そうだね。じゃあ……獣型植物系魔物?」
首を捻って、今しがた倒した二体の魔物を見下ろす。体から植物が生えている魔物を植物系魔物というならば、クレソンマイルも植物系魔物なのだろうが、虎に似たこの魔物はどう見ても獣にしか見えないので、獣型植物系魔物と言った方がいいだろう。
「アイラちゃんたち、戦闘終わったー?」
シングスの明るい声がして、続いて本人の姿が現れた。オデュッセイアも後ろからついて来ている。傷一つ、汚れ一つない。
「終わったよ」
「わー、さすがだね」
「今、クレソンマイルが獣系なのか植物系なのかでルインと話し合っていたところ」
「えぇ? んー、獣系だと思うけど、言われてみたら葉っぱ生えてるもんね……お兄なら知ってるんじゃないかな。沼地に戻ったら聞いてみようか?」
「そうだね」
アイラはシングスの提案に頷く。オデュッセイアはこの中身のない会話には参加せず、仕留めたばかりのクレソンマイルを一塊にしてから風の魔法で浮かせ、またもや沼地の小屋まで自動輸送させた。それから棚作りに必要な木材も切り倒し、これも沼地に送り込む。
シングスが指折り数えた。
「爆裂キノコに、クレソンマイルでしょ。あと何か必要な食材ある?」
アイラが答えるより前に、オデュッセイアが短くつぶやいた。
「さっきクレソンマイルとの戦闘中に発見したんだが、この先にシルフィウムの花の蜜を集めている魔蜂がいるから、ついでにその蜂蜜も採っていかないか?」
戦闘中でも常時冷静なオデュッセイアは、その穏やかな風貌に、隠しきれない喜びを浮かべていた。
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