第56話 沼地で快適生活①
ヴェルーナ湿地帯を拠点にした、臨時のパーティが結成された。構成員は、アイラ(料理人)、ルイン(火狐族の従魔)、パシィ(百五十年を生きる沼地の魔女)、ヘルドラド(大蛇の従魔)、オデュッセイア(大公の長男でおそらく剣士)、イリアス(大公の次男で研究者)、シングス(大公の次女でアイドル)だ。
原因が地下の巨大な水たまりから発生しているとわかった以上、その地下空間まるごと封印するための魔法陣作成が必須になる。その後、研究にかかる期間は一ヶ月だとイリアスは断言した。ならばその一ヶ月の間に、アイラたちは快適に過ごせる拠点を作り、本来の目的であった鑑定魔導具作成に必要な素材を集め、かつ栄養豊富で美味しい料理を作らなければならない。
アイラは、なんで鑑定魔導具の素材を集めに来ただけなのにこんな大事に巻き込まれちゃったんだろう? とかは考えない。世の中というのは想定外のことが起こるのが常で、流れに身を任せて楽しんだもの勝ちだと思っている。
それに瘴気が蔓延する前は、ヴェルーナ湿地帯は草木が生い茂り動植物がたくさん住む楽園のような場所だとギルド職員のブレッドは言っていた。なら、瘴気をどうにかして、元の生命が満ち溢れる場所にしたい。なぜならば、その方がおいしいものがたくさん収穫できるからだ。こんなアンデット蔓延る腐った大地で、食べられるものといえばワニ肉ばかりの状態より、元に戻してやった方が百倍もいいに決まっている。
なのでアイラは、イリアスとパシィが快適にストレスなく研究に没頭できるよう、食材確保に励んでいた。
小屋のある沼地から北東に行くと最短ルートでギリワディ大森林にたどり着ける。アイラを乗せたルインがかっ飛ばして、だいたい五時間といったところだ。これは相当な速度なのだが、シングスもオデュッセイアも難なくついて来た。ルインが二人に「乗るか?」と問いかけたのだが、二人とも「自分で走っていくからいい」と言って断り、そして本当に走ってついて来た。息一つ乱さずついてくる二人に、バベルを統括するフィルムディア一族ってすごいなとアイラは感心した。
そして今アイラは、ギリワディ大森林で、キノコ型の魔物と対峙していた。人間の腰くらいまでの大きさの巨大キノコは、左右にみょんみょん跳ねながら、攻撃の機会をうかがっている。変な形のキノコで、通常キノコに存在する傘がなく、頭部と柄部のみで構成されている。ひび割れた外皮は赤色で、内部は白い。
アイラと並び立つシングスが声を張り上げる。
「よく聞いて、アイラちゃん。爆裂キノコは攻撃した瞬間に炸裂して胞子を飛ばしてくるから、気をつけて。あと黄色い液体も飛ばしてくるんだけど、これは旨味成分だから、なるべく出させないようにする必要があるの。どんな攻撃でも効くけど、水魔法は腐っちゃうからやめた方がいいし、火魔法は焦げちゃうし、オススメは斬撃かな。旨味の詰まった頭部を傷つけないように、柄部分を切り離しちゃえば倒せるよ」
「なるほどね、わかった」
旨味成分を外に出させる訳にはいかない。アイラはシングスの解説に頷き、ファントムクリーバーを握りしめた。一方のシングスは、何も武器らしいものを持たず素手で構えた。
「じゃ……戦闘開始だね!」
アイラとシングスは爆裂キノコ十体に向かって突撃した。左右にみょんみょんし続けるキノコが炸裂する前に距離を縮め、懐に入り込み、右手に持ったファントムクリーバーを振り抜いた。
頭部分が勢いよく宙に飛ぶ。アイラは足を踏ん張って方向を九十度変え、別の個体に突撃する。危険を感じた爆裂キノコが、みょんみょんする動きを止めて頭部を膨らませた。
旨味成分が、飛ばされる! 焦ったアイラが攻撃する前に、シングスの可愛らしい声が耳に届いた。
「
シングスの指先からピンク色の風が放たれ、拡散した。
今まさにアイラに向かって旨味成分を飛ばそうとしていた個体を含め、一帯の爆裂キノコたちが全て動きを停止させる。ゴトっと重そうな音をたて、爆裂キノコ九体が横倒しになって地面に沈んだ。アイラはファントムクリーバーを握ったまま、目の前の光景をポカンとして見つめる。
「え、今の何?」
「わたしの魅了魔法だよ。石化させて動きを止めるタイプのやつ。本当に石にするわけじゃなくて、神経系統を支配して全身の動きを奪って動けなくさせるだけだから、味には支障ないよ」
「へええ〜、便利」
アイラは倒れている爆裂キノコをツンツンとつついてみた。ピクリともしない。
「他にも、精神を支配して言うことを聞かせたり、眠らせたり、幻覚を見せたり、体内から爆破四散させたりできるんだ」
「最後のやつ物騒すぎない? なんで魅了魔法で爆破四散するの?」
アイラの疑問にシングスは照れたように笑いながら頬を掻いた。
「魅了魔法の真髄だよ」
「魅了魔法って奥が深いんだね」
よくわかんない魔法だなと思いながら、アイラはせっせと爆裂キノコをかき集めてひとまとめにした。アイラたちがキノコを集め終わると、木々の間からオデュッセイアがにょきっと顔を出して来た。彼は切り出したのであろう巨大な木材を肩に担いでいる。地面に置くと、置いたところの地面が陥没した。
「はかどっているか」
「セイアお兄様。今、爆裂キノコを倒したところだよ」
足元に転がる石化したキノコの群れを指差して、シングスが嬉々として答える。
「いい出汁が出るからスープにすると美味しいやつだな。小屋に送ろう」
オデュッセイアが手をかざすと、今しがた持参した木材とキノコが風に吹かれて一人で宙に浮いた。右手を軽く振ると、荷物が浮かび上がる。木々の葉を落としながら空の上まで浮いて見えなくなった爆裂キノコと木材を見上げつつ、アイラが呟く。
「セイアお兄様の魔法、便利だよね。運び放題、自動輸送機能付き!」
「君にまでそう呼ばれるとは思わなかったが……」
「なんか、シングスの呼び方がうつっちゃった」
「セイアお兄様の名前長いから、省略した方が呼びやすいよね」
「ねー」
女子二人でそう盛り上がれば、オデュッセイアはいかにも不承不承といった面持ちを浮かべる。ルインはそんなオデュッセイアの見るからに高価そうな上着をくいくいと引っ張った。
「さきほどの魔法でちゃんと小屋までたどり着くのか、緑のお兄様?」
「……ルイン殿にはそう呼ばれるのか……」
「ルインは人の名前覚えるの苦手だから」
「そっちの子は双子のピンク、もう一人は双子の薄い方。紫の魔女と大蛇と覚えている」
「そうなると、私のあだ名はマシな方だと思えてくるな」
ルインのあだ名の付け方にオデュッセイアは考え方を百八十度変えたらしい。
「今の質問だが、よほど運が悪く上空を飛ぶ魔物に見つからない限り目的地までたどり着く。私の風魔法はコントロールが精密だからね。小屋を立てる腕前を見ただろう」
「確かにな」
オデュッセイアの話に納得したルインが頷いた。
オデュッセイアは半日のうちに腐りかけのパシィの家をリフォームし、隣に新しい家を建てていた。ギリワディ大森林から必要な木材を切り出し、石を集め、浮遊魔法で飛ばして輸送し、そして風魔法で浮かせて石を積み上げ木を張り巡らせた。「私に任せておけ」と言ったので、てっきりバベルから大工でも派遣する手筈をととのえるのかとアイラは思っていたのだが、そうではなく自らが動いて家を建て始めたのでさすがのアイラもびっくりした。あぐらをかいて沼地に座り込み(外では常時発動している結界魔法のおかげでぬかるみに座ってもお尻はよごれない)、次々に組み上がってゆく家が面白くてついつい見入ってしまっていた。
「すごいねー、その見た目で家建てられるんだ?」
「探索が長引いた場合、快適な拠点が必要になるのはどこでも同じだ。だから最低限の建築の知識は頭に入っている」
「へえー、バベルの貴族って変わってるんだね」
「そもそもが世界樹の恩恵から外れた不便な場所にあるのだ。バベルの上層階でふんぞり返っているわけにもいかないだろう。率先して周辺の問題解決にあたるのを使命としている」
「支配階級の鑑だね!」
次期大公であるオデュッセイアは、背中にアイラからの賞賛の眼差しを浴びつつ、黙々と家を建てていた。
オデュッセイアの技術は見事の一言だ。
彼はアイラに指示して霧状の水を壁に放出させ、汚れを浮かせてから、自分が使う風魔法で汚れを吹き飛ばしていた。おかげでパシィの家はあっという間に綺麗になり、風魔法で石床や石壁を乾燥させてから、今度はギリワディ大森林で切り出した木を加工して板を作り、その板を張り巡らせ、おまけに椅子やテーブル、ベッドまでも作って家の中を快適な状態に作り替えた。木のベッドはそのままでは硬くて眠れないため、モフモの毛皮を敷き詰めて寝られる状態にした。
沼地はイリアスが言っていた通り、以前は探索の拠点だったらしい。無数の小屋が存在していたが、かろうじて人が暮らせる状態だったパシィの家と比べ、他は全部壊れてしまっている。瘴気が関係しているのかもしれないし、単にメンテナンスしていないせいで朽ちてしまったのかもしれない。
ともかくオデュッセイアは、小屋の残骸から使えそうな石をかき集め、新たな拠点を建て始めた。かつては十軒ほどの小屋が建っていたらしく、集めると結構な量になった。そしてできあがったのは、小屋というよりも立派な一軒家だった。湿気の多い土地なので外壁を石にする必要があり、なるべく隙間なく石を積み上げたあと、やはりギリワディ大森林で切り出してきた木を板に変え、それを室内に敷き詰めていた。家の中には部屋が五部屋もある。リビングと、各個人の部屋だ。キッチンと風呂までついていた。快適な空間だ。アイラは出来上がったばかりの家の中で、ぴかぴかのテーブルに頬擦りした。
「シングスのお兄様って、すごいんだね」
「うん、そうなの、色々すごいんだよ」
シングスはアイラの向かいの椅子に座りながらしみじみと呟いていた。
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