第51話 沼地でスローライフ①

 アイラがヴェルーナ湿地帯に入ってから二日が経過した。


「アイラッ、あっちあっち! ほら、あれがキラーアーマー!」

「なるほどあれがキラーアーマーね」


 パシィの先導によって沼地を進むと、キラーアーマーの軍隊がいた。図鑑で見た通り、実態のない体に鎧がはりついているかのような魔物で、手にした剣を意味もなく振ったり組手のようなものをしたりしている。


「……訓練中?」

「そうかもしれんな」


 ルインが大きな口を開け、歯の隙間から警戒するような声を出す。


「どうする、アイラ。何体か誘き寄せて倒す?」


 横にいるパシィが至極真剣な顔で問いかけてきた。

 ところでパシィは、この二日間で見た目が劇的に変化していた。

 肉付きがよくなった皮膚にはハリが戻り、ボサボサだった白髪は艶やかで真っ直ぐになったばかりか色までも変わり、今は薄い紫色をしている。歯は白く輝くような色になり、瞳も輝き、げっそりしていた頬は薔薇色に色づいている。

 そこにいるのは栄養失調気味で死にかけていたヨレヨレの老婆などではなく、みるからに健康そうな八歳ほどの可愛らしい少女だった。

 二日にわたるアイラの世話が功を奏したのだろう。

 肉を食べ魔力回復薬を飲み、暖炉の炎がボウボウ燃える小綺麗になった部屋で休んだパシィは、本来の自分を取り戻していた。

 そして何かお礼がしたいというので、こうして素材収集に同行してもらっていた。パシィは湿地帯に住んで長いので、どこにどんな魔物がいるかを熟知しているので探す手間が省けてとてもありがたい。なにせ霧が濃いので目当ての魔物を探すのも一苦労だ。

 キラーアーマーは見たところ、五十体程が群れを成している。全部やっつける意味はないので最低限で済ませたい。鑑定魔導具の素材として必要なのは銅部分が二つ。ただ、他の部位をギルドに持っていけば引き取ってもらえるだろう。


「二体だけ誘き寄せられる?」

「うん、できる」


 アイラが聞くと、パシィは頼もしい顔で頷き、両手で魔法を放った。紫色の光がふよふよと飛んでいき、二体のキラーアーマーにバチッとぶつかる。二体は周囲を見回し、自分達を攻撃したであろう謎の物体に向かって突進した。

 パシィは紫色の光を自在に操れるようで、こちらにキラーアーマー二体を誘き寄せた。まんまと群れから外れた二体が近づいてくる。アイラはファントムクリーバーを握りしめた。肉薄する二体。射程距離に入った瞬間、アイラは動いた。右手に持ったファントムクリーバーを、右足と一緒に思い切り突き出す。狙いはキラーアーマーの兜に包まれた、人間でいう顔面に当たる部分だ。

 事前にパシィから仕入れた情報では、キラーアーマーの弱点はこの顔面であるという。ここに心臓に相当する核が存在していて、他の部分をいくら攻撃しても無駄らしい。弱点がわかっていれば簡単だ。誘導からの一撃必殺。確実に仕留め、無駄を省く。

 果たしてキラーアーマー二体はアイラの的確な攻撃を前にあっという間に沈黙した。


「やった、キラーアーマーの鎧ゲット」


 事切れたキラーアーマーはただの鎧の塊になり、重力に逆らえずバラバラになってしまった。それらを回収してルペナ袋の中に入れる。ぎっしり詰め込んだところで、他の個体に気がつかれる前にその場を退散した。


「すごいねー、パシィのいう通りにすると、どんどん必要な素材が集まるよ」

「助けてくれたお礼だから……」


 はにかむパシィは出会った時の風貌とは別人のように可愛かった。長すぎる爪も切ってあげた。アイラが持ち歩いている調理バサミで切ったのだが、とても喜ばれた。顔を輝かせ、「これで色々なことがやりやすくなった!」と言っていた。


「じゃあ今日は、あとは食材ゲットしたらおうち帰ろっか」

「うん!」

「今日は何の肉が食べたい?」

「なんか、おいしいやつ!」

「なんか美味しいやつね。おっけー任せて!」


 アイラはパシィの無茶振りに二つ返事で承諾した。

 この場所で手に入るのはワニかトカゲかヘビの魔物の肉だけで、おまけにパシィはヘビの肉は食べないのでワニかトカゲの二択なのだが、アイラが持ってきていた携帯調味料のおかげでわりと味のバリエーションはつく。

 とはいえもう少し色々なものをパシィに食べさせたい気持ちもあった。十代前半の育ち盛りの少女には、もっとたくさんの栄養を吸収させなければ。

 ギリワディ大森林まで行けば色々採って来られるのだが、アイラの森での知識がまだ乏しいため無駄骨に終わる可能性もある。


(くぅ〜、早いところ鑑定魔道具を手に入れたいなぁ)

「アイラ、今日は何を作ってくれるの?」

「んん? そうだなぁ〜、じゃあ今日は、魚醤を使ったテリヤキにしようかな」

「おいしそう……!」


 瞳をキラキラ輝かせアイラを見上げてくるパシィは、非常に可愛らしかった。この笑顔を守るため、もっと栄養つけさせないと! とアイラは決意を固くする。


「パシィは料理が苦手だから、アイラが来てくれて嬉しい」

「あのイモリスープの出来にはさすがのあたしもびっくりしたよ」

「あんなのしか作れなくて……ねえアイラ。パシィに料理を教えてくれる?」

「いいよいいよ。いくらでも教えてあげるよ」

「ありがとう! パシィ、アイラのこと大好き !」

 パシィはアイラの腰の辺りにひしと抱きついてきた。可愛いなと思う。

「よーし、じゃあワニ肉を探しに行こう!」

「おー!」


 アイラとパシィは元気よく拳をどんよりとした雲が厚く覆う天に向かって振り上げた。なお従魔のルインと大蛇は、そんな二人の後を大人しくついてきた。

 ワニ肉はあっさりと手に入った。あっさりすぎて物足りないほどだ。

 ずるずると仕留めたワニをひきずって小屋に帰り、ワニを捌いて肉を取り出し早速調理にとりかかる。


「じゃあ今日は、魚醤を使ったテリヤキクロコダイルを作りまーす」

「はーい!」


 キッチンに並んで元気に手を上げるパシィのために、アイラは解説しながら料理を始めた。


「作り方は簡単だよ。まず、醤油と粗ごし糖を合わせて合わせ調味液を作る。それからフライパンで肉を焼く」


 熱したフライパンにワニ肉を投入すると、ジュウウウといい音を立てて表面が焼け始める。


「ずっと強火だと表面が焦げても中は焼けないから、いい感じの焼き色がついたら火力を弱めるのがポイントだよ。で、ひっくり返して反対の面も同じように焼く」

「ふむふむ」


 パシィはキッチン台に両手を添え、やや背伸びしながらアイラの調理の手際を見守っていた。


「両面に焼き色がついて、中まで焼けたなーってなったら、合わせ調味料を入れる」

「すごい……! フライパンの上でフツフツってなってる!」

「ほっとくと焦げちゃうから、フライパンを回してまんべんなくお肉に調味液が絡んだら、お皿に盛り付けて完成だよ!」

「わぁ、美味しそう! アイラ、すごい!!」

「えへへへ」


 掲げた皿の上には、ツヤツヤとした焦茶色の調味液をまとったワニ肉が盛り付けられている。独特な魚醤と粗ごし糖の甘やかな香りがなんともいえず食欲をそそった。


「じゃあ早速、食べよう!」

「いや、アイラ。その前に、客が来そうだぞ」

「え、客?」

「誰かが近づいてきている」


 ルインに言われてアイラは家の外に注意を向けた。料理をしているとそちらに集中力が持っていかれるため、注意力が散漫になる。言われればなるほど確かに、何者かの気配が感じ取れた。続いてーー凶悪な殺気が撒き散らされる。アイラをもってしても未だかつて感じたことのない、ビリビリとした殺意に満ちた波動。これは近づいてくる者とは違う気配だ。おそらく、パシィにずっと付き従っているあの大蛇からの殺意。家の外から声がした。


「イリアス、見て! すごくおっきいヘビ!」

「おそらくあれがヘルドラドだろう。だとすると、魔女は……あの家の中か」

「会うには大蛇をやっつけるしかないかな?」

「ああ、そうみたいだな、シングス」

 途端にパシィの目が大きく見開かれ、扉に駆け寄った。

「だめ、ヘルを傷つけないで!」 

「ルイン、あたしたちも行こうか。イリアスとシングスって、前に森で会った人たちっぽいし」

「うむ。何が何だかわからないが、話し合いで済むならそれに越したことはないからな」

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