第47話 鑑定魔導具が欲しい④

 外観と異なり中はこざっぱりとしていた。煎じた薬草の匂いが充満していて、鼻をツンと刺激する。普段嗅ぎ慣れない類の香りに、アイラは鼻をヒクヒクさせた。


「おや……お客さんかい。『アッカーの薬草店』へようこそ」


 店の奥から、この人自体が薬の素材なんじゃないかと思うほど枯れ木に似た老人が出てきた。立っているだけでブルブル震えている老人は、わななく指でアイラを指差した。


「おぬし、今、なんかとてつもなく失礼なことを考えていたじゃろう」

「まさか。『薬の材料になりそうなおじいさんだな』なんて思ってないよ」

「思うていることがダダ漏れておるじゃないか。まあ、ワシの孫ほどじゃないが」

「石匣の手のエマーベルさんから聞いたんだけど、ここに魔力回復薬が売ってるんだって?」

「話を強引に進める娘じゃな……おう。あるぞ」


 老人は腰を九十度折り曲げながらさかさかと歩き、棚に置いてある細長い薬瓶を取ろうとして、隣に置いてあった瓶に肘が当たって落としていた。


「おっと」

「ぬああ……どうもありがとさん。なかなかな反射神経じゃな。ワシの孫ほどじゃないが」


 床に瓶が当たる前にアイラがキャッチすると、老人はそう礼を言った。アイラは棚に瓶を元通りに戻す。老人は自重を支えきれないのか、膝がガクガクしている。


「おじいさん一人でお店やってるの?」

「いんや。孫と一緒じゃ。そろそろ帰ってくるはずなんじゃが、極度の方向音痴故、どこかで迷っているのかもしれん」

「へえ。探索中ってこと?」

「いや……16階に薬を作るのに必要な材料を買いに行っておる」

「え……それで迷子になるの? おつかいが初めてなの?」

「いや、ほとんど毎日、買いに行っておる」

「???」


 アイラは首を傾げた。16階はバベルに持ち込まれた魔物や植物や鉱石を売っている場所だ。1階で解体されたそれらが、16階に運び込まれて売られている場所であり、まあ確かに広いと言えば広いが毎日のように通っていれば容易く覚えられるような場所である。実際、アイラはまだバベルに来て日は浅いが、すでに16階の道は把握しているし、迷子にはならないという自信がある。いったいこのおじいさんの孫というのはどれほどの方向音痴だというのか。


「孫のことは良い。で、魔力回復薬、何本買うんじゃ? ちなみに一本で金貨十枚じゃ」

「高いなぁー……」

「ワシと孫の特製魔力回復薬は、一口飲めば『あ、なんか良い感じに回復した!』となるし、半分も飲めば『もう全快!』ってなるぞ」

「効果の説明がアバウトだね」

「ルーメンガルドの雪原で採れる氷煌草と岩窟で二十日間月光を浴びた水晶を満月の夜に削り出し、ギリワディ大森林の奥にある青天池の真水で煮出し、八日間不眠不休で作り上げた特別な魔力回復薬の薬効は……」

「あ、ごめん、やっぱ専門的な用語で語られても何一つわかんないわ。ごめん」

「何本お買い求めじゃ?」

「そうだなぁー」


 アイラは顎に人差し指を添えて考える。一本金貨十枚もするのでは、そんなに大量に買えない。説明を聞く感じだと、半分で全快になるらしいし、二本あれば大丈夫な気がする。長々と湿地帯に留まっている気はないし、さっさと目的のものを手に入れてしまえばいいだろう。


「二本で!」

「了解じゃ」


 アイラは金貨二十枚と引き換えに魔力回復薬を二本、受け取った。アイラの右手で握れてしまう細長い瓶の中身は透明で、一見すると水のようだが、粘度が高いらしく揺らすととろりとした液体が緩慢に動く。


「毎度あり」


 老人は相変わらずガクガクする膝で自身を必死に支えつつ、右手を振ってアイラを見送った。結局孫は来なかったなと思いつつ、店を出て店前にいるルインとともに歩き出した。

 お次は17階だ。ここはもう、散々食料を買いに来ているので慣れている。

 本来ならば干し肉も自分で作りたいところなのだが、時間がないので買うことにする。


「ジャイアントドラゴンの肉、もうちょっと手元に残しておいて干し肉にしておけばよかったかなぁー」

「あの時は食べるのに夢中だったからな」

「くぅ……料理人失格。あたしもまだまだだなぁ。今度の探索が終わったら、干し肉も作ろうっと」


 過去の己の行動を悔いたアイラは、次は干し肉を作ろうと心に誓う。


「鑑定魔導具が手に入ったらギリワディ大森林にもう一度行って、いろんな食材をゲットするんだ!」

「心が躍るな」

「そのためにはまず、湿地帯の攻略だね!」

「お姉ちゃん、湿地帯に行くの?」

「ん?」


 干し肉を買ったアイラの背後から声をかけられて振り向くと、少年が立っている。この顔はみたことがあった。スイーツをご馳走した時に40階にいた子だ。


「そうだよ。準備が整ったら探索!」

「だったら僕んとこのこの商品はどう? 名付けて『探索のお供の調味料セット』!」


 少年がじゃーん! と見せてきたのは、二十センチほどの透明な瓶たちだった。一見すると先ほどの魔法薬と似ているが、中身は液体ではなく粒子状の何かだ。白かったり緑色だったりほんのりピンク色だったりする。


「へへへ、これは粗ごし糖、こっちは塩、これはガーリック、マスタード、パプリカ、ジンジャー、ピンクペッパーに魚醤、それから特殊加工で顆粒状にしたバターもあるよ!」

「つまり、色んな調味料がちょっとずつ楽しめるセットってわけ?」

「そう!」


 少年が胸を張って言う。


「探索が長くなると、同じような味付けのものばっかり食べることになるから飽きるでしょ? そういう時こそこの調味料たちの出番ってわけ。味が変わると新鮮な気持ちで食べられるでしょ」

「なるほど確かに!」


 アイラはバベルに来る道中を思い出す。四十一日もろくなものを食べていなかったせいで、アイラの体は限界寸前だった。あの時このような調味料セットがあったら、デザートワームの肉ももっと美味しく食べられたに違いない。


「僕、香草店で働いてるんだけど、冒険者の人に結構人気があるセットなんだよ。こうして売り歩いていると結構な人が買ってくれるんだ。普通だったら金貨十枚だけど、お姉ちゃんはこないだ美味しいお菓子をくれたから、特別に金貨五枚で売るよ」

「じゃあ買おうかな」


 即決したアイラが金貨の入った巾着の紐を緩ませると、少年は「毎度あり!」とにこやかに言った。


「中身が足りなくなったら『リンジー薬草店』に来て。有料で中身の補充をするからさ!」


 去っていく少年を見送りながら、アイラはいい買い物ができたなと満足した。

 その後ルペナ袋も手に入れた。新品の袋はまだ固く、伸びが悪い。使っているうちに馴染んでくるだろう。今持っているものよりも大きめのやつにしたので、たくさん入る。これでどんな素材だろうが持ち帰れる。

 部屋に戻ったアイラは、ビスケットが乾いていることを確かめ、ササの葉に丁寧に包んでから麻の紐で縛った。ルインに鞍を装着し、そこに荷物を結びつけていく。シーカーと旅していた頃からやっていることなので、慣れたものだ。


「よっし、じゃあ、行こうか」

「うむ」


 あっという間に支度を整えたアイラは、ヴェルーナ湿地帯へ向かうべくバベルを出た。

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