第45話 鑑定魔導具が欲しい②

「ブレッドさーん」

「あぁ、アイラさん。おはようございます」


 すっかり顔馴染みのギルド職員ブレッドを見つけたアイラは手を振りながら近づいていき、カウンターに手をついた。


「本日はどうされました? 素材の交換ですか? それとも依頼受注?」

「ヴェルーナ湿地帯に魔道具の材料を集めに行くから、何か情報ないかなって」

「ヴェルーナ湿地帯ですか、少々お待ちください」


 そう言ってブレッドはカウンター下の引き出しから地図を引っ張り出し、広げた。


「バベルを中心とした周囲の地図ですが、ヴェルーナ湿地帯はギリワディ大森林とパルマンティア海の間に横たわる、細長いエリアのことを指しています。海からの潮風と海水、ギリワディ大森林を流れるマデラ川からの淡水が合わさって出来上がった場所で、植物と生命の楽園です。雨季と乾季が交互に来て、今は雨季ですね。バベルから行くなら、マデラ川に沿って歩いて行けば普通なら三日で到達できます。そして行く時の注意点なのですが……」


 ブレッドはここで声を落とし、表情を曇らせた。


「……五十年前から湿地帯の中央にある沼から瘴気が噴き出すようになってしまい、対策なしで足を踏み入れると毒にやられてしまいます。更には、そこに住む『沼地の魔女』と『ヘルドラド』が訪れた冒険者を根こそぎ食い尽くしているんです」

「沼地の魔女はさっき魔道具屋で聞いたんだけど、ヘルドラドって何?」

「巨大な毒蛇です。魔女を操っている魔物で、非常に獰猛で凶悪。単体でも始末に負えない強さを持っているのですが、魔女を操るようになってからますます手がつけられなくなってしまい……一級冒険者数名を派遣しても返り討ちにあってしまったので、もう誰も近寄らないようにしているんです。湿地帯に行くなら、中央の沼には近づかない方がいいですよ」

「ふぅん……わかった。瘴気って結界魔法で防げるかな」

「強度次第ですが、おそらく二級冒険者のアイラさんであれば防げるでしょう」

「沼地に食材になりそうな魔物、いる?」

「五十年前であればたくさんいたそうなのですが、魔女とヘルドラドのせいでアンデット化している個体が多く、今はほとんどいないという報告を受けています。ありていに言って、死の大地ですね」

「死の大地かぁ……」


 アイラは唇を尖らせた。アイラが最も楽しみにしている食材採取ができないのであれば、今回の探索はあまり楽しいものにはならなさそうだ。とはいえ、魔道具が欲しい気持ちは変わらないので、行くしかないだろう。


「ヴェルーナ湿地帯に行くのであれば、ついでに取ってきていただきたい素材があるのですが……」

「あ、そうなの?」

「はい。少々お待ちください」


 奥に引っ込んだブレッドが、羊皮紙の束を持って戻ってきた。


「いっぱいあるんだねえ」

「ヴェルーナ湿地帯に出かける冒険者の方が少ないので、素材が不足しているんですよ」


 書いてあるのは、当然アイラにとって馴染みのない名前の魔物ばかりだ。ただ、先ほど魔道具屋でもらったリストの中にある魔物もいた。


「魔物、アンデット化してるんだよね。素材なんて手に入るのかな……」

「ああ、必要なのは外殻なのでアンデットになっていてもいいんですよ。たとえばキラーアーマーですが、これはここ三十年ほどで発見された魔物です。瘴気が沼地に存在していた鉱石に付着し、凝り固まって自然発生した魔物と考えられています。生物を見かけると見境なしに襲いかかってくるので気をつけてください。それからハスハスは、毒を吸い上げて成長する植物です。飛ばしてくるタネが錬金術の材料になるので一定の需要があるのですが、人に不快感を与える見た目をしていまして……積極的に採取に行く冒険者が少ないんです。ヘルドラドがいる沼地の近くに生息していますし」

「そっかぁ」


 アイラは依頼書の束をペラペラとめくって確認し、まとめてブレッドに返却した。


「持って行くわけにいけないから、返しておくね。採取できそうなものがあったら採取してくるから」

「ありがとうございます、助かります」

「こっちこそ、色々情報ありがとー」


 アイラは手を振ってカウンターから離れると、今度は本棚へと近づき、ヴェルーナ湿地帯の魔物図鑑を抜き出して広げた。


「魔道具の素材に必要な魔物の情報くらいは仕入れていかないとね」


 アイラは図鑑をどんどんめくる。

 今回必要なのは、鑑定魔導具の方はゲイザーの水晶体とキラーアーマーの鎧。オーブンはアイアンクロコダイルの皮。あとは一級魔石と三級魔石。

 ゲイザーは巨大な目玉の魔物らしい。目玉から触手が生えていて、ふよふよと浮かび、湿地帯の中を放浪していると書いてあった。戦闘になると触手が巻き付いてきて、酸で皮膚を溶かし、目から光線を放つので要注意。

 キラーアーマーはその名の通り鎧の形をした魔物だが、中身はない。鎧だけが動いていて、手のない手が握った剣で襲いかかってくる。手のない手が握った剣とは、一体どういうことなのだろう。よくわからないけど、図鑑に描かれている絵を見る限り、鎧も剣も宙空に浮かんでいるように見える。変な魔物だ。

 アイアンクロコダイルは全身が黒い皮で覆われているワニ型の魔物で、見た目の黒い皮はデザートワームグロウと似ている。鉄より硬いので斬撃はほぼ無効、熱には弱いと書いてある。ならば火魔法でやっつけようかなと考えるも、それだと外側に傷がついてしまい素材としての価値が下がってしまうかもしれないので、やっぱり口を狙っての内部攻撃かなと考え直した。それに、内部から焦がせば食べられるかもしれないし。ワニ肉は淡白だが、食材が乏しい湿地帯において貴重なタンパク源となるだろう。

 それから興味本位でハスハスを調べたアイラは、「うえっ」と思わず声を上げてしまった。


「どうしたのだ?」

「ルイン、見てよこの魔物……」

「これがどうした」

「気持ち悪くない?」

「そうか?」


 図鑑には、アイラがこれまで見たことのない変な植物系魔物が描かれていた。

 真ん中の薄緑色の部分にびっしりと丸い真っ黒な種が収まっていて、その量と隙間なく種が詰め込まれている様はなんだか背筋が粟立つような感覚にさせられる。しかし不思議と見ていたくなるような妙に癖になる感じもあり、アイラは図鑑をじーっと見つめては「うっひゃあ! 気持ち悪っ!!」と声を上げるという奇行を繰り返した。ルインがジト目でアイラを見ている。


「そんなに嫌なら見なければいいだろう」

「でもなんか癖になっちゃって! 怖いもの見たさっていうか!!」

「いいからさっさと必要な情報を拾い出せ」

「はいはい……ええっと、この魔物は動かないっぽいね。沼地に生えていて、タネを飛ばして攻撃を仕掛けてくるみたい。ブレッドさんは種が必要って言ってたから、倒す必要ないね。飛んできた種を拾えばいいや」


 アイラはパタンと図鑑を閉じた。


「よーし、じゃあ、湿地帯に出かける準備をしよう! 具体的には、携帯食料を作る!」

「おぉ」

「じゃー、食料を売っている17階に行きまーす」


 アイラとルインはバベルを降り、17階までやって来た。


「何を作る?」

「んーとね、ビスケット。木の実とか干し葡萄とかがザクザク入ってるタイプの」

「それはいい」

「湿地帯までどのくらいで行けると思う?」

「森の中は案外走りやすそうだから、全力で駆ければ一日半で行けるだろう」

「じゃあ、往復で三日と、湿地帯の滞在期間は……五日ってところかな。念の為十日分用意しておけばいいか」


 アイラは頭の中で用意するべき食材の材料を計算する。

 携帯食料で重要なのは、日持ちすることと腹持ちがいいこと。

 日持ちしなければ話にならないし、腹持ちしなければ食べる意味がない。アイラは市場を見て回り、木の実と干し葡萄、バターを買った。


「砂糖も買おうっと」


 砂糖は貴重品だが、ケチっている場合ではない。一番安い粗ごし糖を買う。これは精製した砂糖の搾りかすみたいなものなので、色が茶色く粒が大きめで溶けにくいのだが、十分料理に使えるのでアイラはこれで済ませることにした。


「じゃあ、41階で早速ビスケット生地を作ろう!」

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