第44話 鑑定魔導具が欲しい①
朝だ。
アイラはベッドの上から黄土色の味気ない天井を見上げ、ぼーっとしていた。
むくりと起き上がり、ボリボリ体を掻きながら立ち上がって、縄に吊るして干してあった服を引っ掴みのそのそと着る。腹を上にして床で寝ているルインが、ぐあっといびきだか寝言だかわからない音を出した。
「ルイン、起きて。朝だよー」
「ぬああ、もう食えん……食えん!」
「また食べ物の夢見てるの?」
「ぬあっ……はっ。あれ、肉の雨は?」
「そんなもの降ってないよ」
「なにっ」
ルインは狭い部屋の中を見回してから、シュンと耳を垂れさせた。
「良い夢だったのだが……」
「そうみたいだね」
アイラはベストを着てグローブをはめ、ファントムクリーバーをはじめとする調理道具が挟まっているベルトを腰に巻きつけた。脱ぎ散らかしてあったブーツを履いて、髪を手早くまとめた。
「この癖っ毛、どうにかなんないかな……くっ、ブラシが通らない」
アイラは自分の癖がやや強めの髪をかきあげてまとめながら言う。
「シーカーみたいにサラサラストレートヘアがよかった」
アイラはシーカーの姿を思い出しながら悲痛な面持ちを作った。
シーカーはどんな過酷な環境だろうと、いつでもサラサラツヤツヤヘアーを保っていた。あの濃茶のまっすぐな髪が羨ましい。
「ま、そんなこと言ってもしょうがないか。……よしっと」
準備を終えたアイラは、身につけ忘れたものはないかと首を廻らせ自分自身を眺める。全身鏡なんて贅沢なものはない。
アイラの服装は、シーカーのものと似ている。ブーツ、グローブ、ベスト、ベルト。違う部分は足が出ているかいないかという点と、武器がたくさんある点だ。シーカーはカーキの長ズボンをブーツの中に押し込んでいたし、武器は短剣一本だけだった。その短剣も抜いたところを見たことがない。シーカーは大抵、最小限の魔法と卓越した身体能力だけでどんな場面も切り抜けてしまう。
ショートパンツの上から大量の武器もとい調理器具を巻きつけているアイラは、朝食を取るべく部屋をでた。
共同キッチンに人はまばらだ。アイラはソーセージとパンケーキを焼き、ミルクを温めた。前日に作っておいたカラフルベリーのジャムも添える。大量に食べると中毒を起こすというカラフルベリーなので、少量に止めている。ルインはいくら食べても平気そうなので、パンケーキにたっぷりとジャムを載せてあげた。
「今日はこれからどうするつもりなのだ?」
「よくぞ聞いてくれました」
朝食をガフガフと食べながらルインが尋ねてきたので、アイラはフォークにパンケーキを刺しながら返答した。我ながらうまく焼けている。
「今日は、魔道具屋さんに行きます」
「ほう。買うのか?」
「んーん。作ってもらう相談!」
アイラは思ったのだ。
「やっぱ、鑑定魔道具ないと探索不便じゃん?」
「確かに、何が食えるか食えないのかイマイチわからないからな」
「もしかしたらとびきり美味しい食材を見逃しちゃってる可能性があるんだよ、あたしたち!」
「それは……一大事だな!」
「でしょでしょ? だから鑑定魔導具を作るためには、どんな素材が必要なのかを聞きに行く。あとついでにオーブンも作って欲しいから相談に行く」
「なるほどそれは良い考えだ。オーブンがあれば焼きたてのパンがいつでも食べられる」
「そうなんだよ。酒場でも食べられるけど、料理人としては自分で作りたいからね」
アイラは焼きたてパンが好きだ。焼き上げたばかりのパンはふっかふかでほかほかで、ほんのりと甘みがあり、それだけでご馳走となる。パンを焼いて食べたい。そのためにはオーブンが必要だ。
「というわけで相談に行く!」
朝食を終えたアイラはルインと共に意気揚々と二十階へ向かった。
魔道具屋が立ち並ぶその階で、アイラは迷うことなく一軒の店を目指す。半壊している店の扉を開けば、ムッとするような埃っぽさが鼻をついた。
カウンターにいる店主は、先日来た時同様にカウンターに肘をつきうつらうつらしている。金髪まじりのまだらな黒髪。黒いつなぎのような服を着ている。アイラが近づくと、店員はうっすら目を開けて、金と黒のオッドアイでアイラを見た。
「いらっしゃい。前にも来たね。作る気になった?」
「うん。何が必要かわかんないから教えてくんない?」
「はいよ。鑑定魔導具だっけ」
「それからオーブンも」
「オーブン?」
「そう。料理するのに必要だから。あたし、料理人なんだよね」
店主はちょっと驚いたように、アイラを上から下までジロジロ眺めた。
「ふぅん、料理人が冒険者なんて珍しいね。……ま、いいか。いい? 必要な材料は、そんなに多くない」
店主はカウンターの引き出しを開くと、古びた羊皮紙とペンを取り出した。インクが掠れてところどころ線が引けていないが、構わず文字を綴っている。
「はい、コレが必要な材料」
差し出された埃っぽい羊皮紙を眺める。
・鑑定魔導具 材料
ゲイザーの水晶体 二つ
キラーアーマーの鎧 銅部分を二つ
一級魔石 一つ
・オーブン
アイアンクロコダイルの皮 二匹分
三級魔石 一つ
「あとは魔道具製作料金として、金貨七百五十枚ね」
高額だが、買うと思えばほぼ半額なので安い。
「この材料ってどこで手に入るの?」
「全部ヴェルーナ湿地帯で手に入るよ。ただ気をつけたほうがいい。あそこは『沼地の魔女』のせいで魔物がどんどんアンデット化してるから」
「沼地の魔女?」
「何だい、知らないの?」
店主はカウンターを爪でトントンと叩き、再び頬杖をついた姿勢で語り出す。
「五十年くらい前にバベルにいた冒険者でね、当時はそりゃあ凄腕の魔法使いとしてその名を轟かせていたらしいんだけど、ある時ヴェルーナ湿地帯に出かけたきり、帰ってこなくなったんだ。てっきり探索中の事故かなんかで死んだものと思われていたんだけど……そうじゃなかった。魔女は、湿地帯に巣食う魔物に思考を支配され、操られ、魔力を吸い上げられている。湿地帯にやってくる冒険者を魔物と共に襲い、死ぬに死ねないアンデットにしてしまうんだ」
「へえー」
「おかげさまで魔道具製作に使う材料が手に入りにくくって、値段はうなぎのぼり」
「それでこんな高いんだ?」
「そう。こっちとしても商売上がったりなんだ」
そう言って肩をすくめるが、そもそも商売する気があったのかとそっちの方が驚きだ。半壊している店構えと、埃っぽさと、いつ来ても居眠りしている様子から、てっきりやる気がないのかと思っていた。
「で、やるのかい?」
「やる」
「そうこなくっちゃ」
二つ返事で引き受けたアイラに店主は右手を差し出してきた。
「ウチの名前はボニー。材料手に入れたらまた来な」
「うん」
アイラは文字がところどころ掠れているその羊皮紙をありがたくいただき、くるくると巻き取ってから店を出た。店先で待っていたルインが身を起こす。
「必要な情報は得られたか」
「うん。どうも湿地帯に行けば材料全部が手に入るっぽい」
「ひとところで集まるならば楽だな」
「だねぇ」
のしのし歩くルインの横をのんびりと行く。
「ただ、湿地帯って言うのが気がかりだなー。食材あんのかな……話を聞く感じ、アンデットが闊歩してるみたいだし」
「美味いものは得られないかもしれないな」
「携帯食料用意していかないとね」
アイラはどこかに出かける時、あまり食料を用意していかない。シーカーがそうだったので、現地で調達して調理する方法を好んでいた。しかし今回はそうはいかないかもしれない。
沼地というのはそれだけで、食糧になる魔物に乏しい。魔物にだって生息地というものがあり、場所によって種類が異なる。ギリワディ大森林は森の恵みがたくさんあったけれど、湿地帯は違うだろう。
「まずはヴェルーナ湿地帯がどの辺りにあって、ここから何日くらいで行けるのかを確認して、生息している魔物のこととか調べないとね」
「うむ」
そんなわけでアイラとルインは冒険者ギルドへと向かった。
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