第41話 特製カラフルベリーのココラータがけ③

 明けて翌日。

 まだ日が昇るか昇らないかのうちに起き出したアイラは、昨日作った大量のスイーツを持って四十階まで降りて行った。大した距離ではないので、階段だ。

 ルインを連れてのしのしと階段を降りていく。まだ明け方のせいか、誰にも出会わずに四十階に到達した。

 階段からすぐアイラが使っている共同キッチンと似た様な作りの場所に出た。そこではもうすでに、起き出している子供たちが朝食を取っているところだった。


「あれー? アイラさんだ」


 まず最初にアイラに気がついたのは、階段からほど近い場所の長テーブルで食事をしていたモカだった。今日も赤いエプロンワンピースを身につけているモカは、スプーンを動かしていた手を止めて不思議そうな顔でアイラを見つめる。


「どうしたの? 酒場と場所間違えたの?」

「んーん、ここに用事があったの」


 アイラが巨大な皿を器用にバランスをとりながら運んでいるのを、他の子供たちも興味津々で見つめ出す。もしかしたら四百個ものカラフルベリーが発する甘い香りに気がついたせいかもしれない。子供たちの視線が一斉に集中するのを感じつつ、アイラは誰か大人がいないかと周囲を見渡す。

 すると、ロッツがキッチンに立っているのが目に留まった。


「ロッツさーん」

「おや、アイラさんじゃないか。どうしたんだい」

「これ、子供たちにおやつ」

「え!? ……これを!?」

「そう」


 アイラはキッチンの長いカウンターに持参した皿をどどんと置いた。


「カラフルベリーのココラータがけ」

「そんな貴重なものを、こんなにたくさん!?」


 ロッツが目を剥いて叫んだが、アイラは「うん」とアッサリ頷いた。


「失礼だが……なぜ、こんなにもたくさんの貴重な食材を子供たちにあげようと思ったんだ?」

「そんな大した理由はないよ。朝から晩まで頑張ってる子供達に、ご褒美をあげたいなと思っただけ」

「しかし……」 


 戸惑うロッツにくるりと背を向け、アイラは食堂中の子供たちに向かって大声をだした。


「おーい、お姉さんから特別プレゼント! カラフルベリーのココラータがけを一人一個ずつあげちゃうよ!」


 この声に子供たちは目の色を変えた。


「えっ、いいの!?」「よっしゃあああ!」「やったあああ!」という喜びの声とともに、カウンターに子供たちが殺到する。アイラは手を叩いて声を張り上げた。


「はいはい、いっぱいあるから押さないで順番にね! 赤青緑茶、全部あるから欲しい色のを取って行って!」


 子供たちは押し合いへし合いしながら一列に並び、自分の欲しい色のベリーを取っていく。よほど待ちきれないのか、手にした瞬間口の中へと消えて行って、「甘えええ!」「なにこれ、美味しい!」「こんな美味しいもの、初めて食べた!」と絶叫している。

 食堂は唐突に大騒ぎになった。

 ルインに興味を示す子もたくさんいる。「触っていい?」と聞かれ、ルインが「ちょっとならな」と言ったので、「え、喋った」「喋る従魔はじめて見た」などと言いながら、遠巻きにおっかなびっくり見つめている。火耐性のない人間がルインに長時間触ると火ぶくれみたいになってしまうので、触るならごく短時間、が鉄則だ。荷物も焼けない様に火耐性のある素材を鞍に使ったりしているのだ。

 ロッツは子供たちのはしゃぎようを呆然としながら見つめていた。


「……こんな貴重なものを、わざわざありがとう」

「いいっていいって。別に恩を売りつけようとしてるわけじゃないし。あたしがやりたかっただけだから」

「この料理は君が作ったのか」

「そうだよ。共同キッチンでパパッと」

「見たことのない料理だ」

「まあ、料理ってほどでもないけどね。ベリーにココラータかけたら美味しいかな? って思っただけだし」

「君は……料理人なんだな」

「そうだよ。あれ、前に言わなかったっけ? ん? ……言ってなかったっけ?」


 人差し指をこめかみに当てて記憶をたぐるアイラ。


「ま、いっかどっちでも。固まらないタイプの方はさ、センティコアのミルクに混ぜたら美味しそうだなって思ったんだよね。ホットミルクにココラータを混ぜるの! どう?」

「ああ。確かにそれは美味しそうだ」

「でしょでしょ? 早速今日の朝ごはん用に作ろっと」


 ロッツはくすりと笑った。

 子供たち全員にスイーツが行き渡ったようだが、まだ残っている。


「子供たちってこれで全員?」

「いや、夜番の子が寝ていたり、朝番の子がもう働きに出たりしている」

「そしたらこれ、悪いんだけどその子たちにも渡しておいてくれる?」


 アイラは残っているスイーツをロッツに押しやった。


「わかった。しっかりと渡しておく」

「ん。ありがと。じゃーあたしもお腹すいたから、行くね!」

「今度酒場でサービスするよ。オーブンも使いたかったらいつでも言ってくれ」

「あ、ほんと? 助かるわ。ルイン、行こっか」

「うむ」


 おそるおそる手を伸ばしてくる子供達にもしゃもしゃ触られていたルインがのそりと動き出す。すると子供たちがアイラの元へ駆け寄ってきた。


「あの……ありがとうございます」

「アタシもお姉ちゃんみたいに、立派な大人になる!」

「僕も!」

「俺も!」


 口の端にココラータがついたままの子供達に憧れの眼差しで見つめられたアイラは、にーっと笑って小さな頭をぽんぽん撫でた。


「頑張んなね! みんなならぜーったい、あたしよりもっとすごい大人になれるからさ!」


 背中に子供たちからの「ありがとう!」の大合唱を受けながら、アイラは四十階を後にした。


「いいことしたな、アイラ」

「うん。やっぱ子供は笑顔が一番だよね!」


 グーっと伸びをしたアイラは、階段を上りながら頷いた。

 朝からいい気分になった。


「さーて、じゃ、あたしたちも朝食にしよっか!」

「うむ!」

 今日はなにをしようか。


 ギルドで情報を集めて、また森に潜ってもいい。それとも市場を見回って、珍しい食材を買ってから料理するのもいいかもしれない。

 時間はたくさんあるのだから、のんびりやればいいのだ。

 なにしろバベルにきたばかりで、一日はまだ始まったばかりなのだから。

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