第39話 特製カラフルベリーのココラータがけ①

「もうバベルですか」

「あっという間だったねえ」

「アイラさんとルインさんのおかげで道中の危険が全然なくて楽だったな」

「ついでにお肉もゲットできてよかったよ。やーみんながいるおかげで食べられるお肉が何なのかわかって大助かりだった。ね、ルイン」

「うむ。やはり肉を食べないと力が出ないからな」


 お肉、お肉! と言いながらアイラたちはご機嫌で歩く。スキップせんばかりの勢いだ。

 ココラータを追いかけて結構森の奥深くに入り込んでいたため、バベルまで戻るのに半日ほどかかってしまった。往復を考えると、丸一日森に潜っていたことになる。門兵にギルド発行のカードを見せて身分を提示した後、門から扉へと入る。巨大な袋をえっちらおっちら担ぎながらエマーベルがアイラの方を向いた。


「アイラさんもギルドへ行って早速素材換金しますか?」

「んーん。これは自分達で使うから、今日は換金しない」

「え……この量を?」


 エマーベルはルインにくくりつけてある、パンパンに膨らんだ五つのルペナ袋を眺めた。


「そう、この量を」

「全部ですか」

「全部」

「……そうですか……」


 信じられない、と言いたげな顔をしていたが、無理やり己を納得させたらしいエマーベルは、気を取り直して転移魔法陣に乗り込む。バベル内部21階にあるギルド本部の前まで行くと、石匣の手の三人が丁寧に頭を下げてきた。


「では我々はココラータの換金に行きます」

「ありがとうございましたぁ!」

「助かったぜ!」

「こっちこそ、探索付き合ってくれてありがとー! また機会があればよろしく!」


 アイラは三人に手を振って気軽な別れの言葉を告げると、さらなる転移魔法陣に乗って上階を目指すべくここで別れた。


「さーて、やっとスイーツ作りだ!」

「なにを作るつもりなんだ?」

「ふっふっふー、それはねー、作ってからのお楽しみ!」


 アイラは人差し指をチッチッチと左右に振ってルインに言った。


「でも今日作るのはスイーツだから、その前にお腹膨らませておこーっと」

「それはいい考えだ」


 アイラたちは一度部屋に戻り、とりあえずココラータの木の実を全部保管すると、市場のある階へと降りていく。そこで今日はふくらし粉とミルクを買った。ふくらし粉はトロナ鉱石という石を加工して作ったもので、ミルクはセンティコアのものだ。それからもう一度部屋に戻って、昨日採取したカラフルベリーの袋と、まだ残っていたアル粉の袋、ココラータ一袋、それからウサギみたいな魔物を持って共同キッチンに降りて行った。


「じゃあとりあえず、このウサギ魔物を肉に変えちゃおーっと」


 ウサギ魔物は、何だか変な魔物だった。見た目は完全にごく普通のウサギなのだが、身の丈はアイラほどもあり、耳を振り回すと超音波的なものが発生して頭が痛くなる。そしてこちらが足を止めている隙に跳ねるようにして逃げていくのだ。モフモのように体全体でぼふんぼふんと跳ねるのではなく、二本の足でビョンビョンとはねていた。普段なら放置するような魔物だが、ノルディッシュに「あれ美味いやつだ!」と言われたので俄然やる気を出して捕獲した。ジタバタ暴れる巨大ウサギの脳天に踵落としをお見舞いして気絶させた。もう一匹いたのだが、それはシェリーの魅了魔法にあてられていた。


「こんだけおっきいと一匹だけでも食べがいあるね」

「うむ」


 ルインはアイラがウサギ魔物を捌いているのを、目を輝かせながら見つめている。


「ウサギの肉は臭みがあるけど、これはどうなんだろ」

「そいつもあるぞ。まあ、食えないほどじゃないが」


 アイラが肉を調理しながら呟いた独り言に、誰かが反応を示してくれた。見上げると、髭モジャの盾職の冒険者がいた。


「嬢ちゃん、一昨日くらいから面白いモンいっぱい作ってるよな。この魔物ならミルクで煮込むのが一番食べやすいぜ。ハーブ系魔物のローズマリーなんかと一緒に煮込むとなおいいんだが」

「あー、ハーブ系魔物、ここにもいるんだね」

「いっぱいいる。オレガノドンやらミントスライム、クレソンマイル、シブレット、タラゴン、マーシュロット……」

「オレガノドンは知ってるけど、あとは知らないや」

「この辺りの独自魔物だろうなぁ。どれもこれも捕獲は困難だが、味は美味い」


 アイラはウサギ魔物の皮をベリベリ剥がしながらも、ハーブ系魔物どんなだろうと想像にふける。魔物というのはさまざまな系統に分類分けされる。飛行系、水棲系、ブレス系など。その中でもアイラが特に好きなのがハーブ系と呼ばれる魔物だ。彼らは特殊な葉っぱが体から生えていて、その葉っぱが料理にとても役立つのだ。肉にすり込めば臭み取りになるし、一緒に煮込むと風味漬けになる。見つけたら葉っぱを根こそぎ抜き取って保存しておくべしというのがアイラの信条だった。


「ミントスライムはわんさかいるぞ。弱いからあっという間に捕まえられる。ローズマリーは一見すると人間の女に間違える様な見た目をしていて、歌声で人を惑わすから注意が必要だ」


 髭モジャ冒険者は親切に色々と教えてくれた。アイラにとってはどれもこれも非常に有益な情報だ。肉を調理しながらフンフンと頷く。


「色々とありがと。お礼にカラフルベリーでもどう?」

「おっ、いいのか?」

「いいのいいの。いっぱいあるし」

「じゃあ青いやつをもらってくぜ。ありがとよ!」


 ベリーを五、六個手渡すと、髭モジャは爽やかに手を振って去って行った。


「次はパンケーキを焼こうっと」


 アイラはパンケーキの材料を入れて混ぜていく。アル粉、トロナ鉱石の粉末、センティコアのミルクに卵。これらをぐるぐる混ぜて生地にし、大きなスプーンですくってフライパンの上に流し入れる。弱火で焦げ付かない様に注意深く見守る。表面がふつふつしたらひっくり返す。だんだんと卵とミルクのいい匂いが漂ってきた。あーお腹すいた。ふっくらとしてきつね色に焼けたら完成だ。


「ルイン、ウサギ魔物のミルク煮込みとパンケーキできたよ」

「む」


 前足に顎を乗せて寝そべっていたルインはアイラの言葉に耳をピクっとさせ、緩慢な動作で顎を持ち上げて鼻をヒクヒクとさせた。お皿を顔の近くに置いてあげると、フガフガと食べ出す。


「おっ、まろやかで美味いな」

「どれどれ……あっ本当だ。おいしー」


 アイラも今しがた作ったばかりの肉料理を食べると、それはそれはまろやかでコクのあるなかなか美味な煮込み料理になっていた。確かに臭みはあるが、これしきならばアイラにとって全く問題になどならない。もっとひどい肉だっていっぱい食べたことがある。

 アイラはパクパク煮込み料理を食べてから、パンケーキへと取り掛かる。こちらは間違いのない味だ。素朴なアル粉の味が感じられる、食事にぴったりなパンケーキ。トロナ鉱石の粉末を混ぜることでふっくらふくらむので、口当たりがいい。


「腹ごしらえが済んだところで、本題のスイーツを作ろう!」

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