第38話 招かれざる客

 アイラの合図に合わせて立ち上がる。しかし、まだそれほど進んでいないうちにアイラとルインは立ち止まった。


「どうしたんですか?」

「なんか来る」

「ぇ……なにも感じませんけどぉ」

「すっごい速さで近づいてきてる」


 アイラが西の方角を見つめると、次の瞬間、そこにひと組の男女が立っていた。

 見ただけで只者ではないとわかった。走ってきたのかなんなのかわからないが移動速度がおかしいくらい速く、気づいた時には立っていたというのもおかしいし、そんな速さで来た割には息一つ乱れていない。

 二人ともアイラとあまり変わらない年齢に見える。男は濃紺のシャツに、センタープレスの入ったズボンを履いており、長い膝裏まで届く白衣のようなものを翻し、革靴を履いていた。右手の薬指には指輪が嵌まっている。色素の薄い髪は滑らかに整えられ、顔立ちは整っているが怜悧な印象を与える。微笑みのかけらさえ浮かべない表情で、アイラたちのことをさして興味なさそうに見つめていた。

 一方で女の方は興味を隠しきれない様子でこちらを見ている。珍しいピンクブロンドの髪は長く艶やかで、シェリーのようにツインテールにしている。髪と同じピンク色の瞳は大きく、頬がほんのり色づき、唇はさくらんぼのように瑞々しい。赤いチェックのミニスカワンピースはシェリーと同じくヒラヒラしているが、素材が明らかにそこらの布ではない。おそらく貴重な植物、もしくは魔物由来の繊維でできているものだ。

 女はびっくりするくらい可愛らしい声を出しながらこちらに向かって指をさした。


「やーっぱり誰かいた! ココラータが集団で逃げてる気配を感じたから来てみたら……えーっと、赤毛の人がリーダーかな?」

「違う、シングス。背後の三人は『石匣の手』という三級冒険者パーティで、あと一人斥候のクルトンという人物がいたはずだ。現在治療中という報告を受けている。赤毛の冒険者は、一昨日バベルに来て冒険者登録したばかりのアイラ・シーカーという二級冒険者だ」

「あ、そうなんだ? さっすがおにい! よく知ってる〜」


 女は男を「お兄」と呼び、コロコロ屈託のない笑みを浮かべた。

 背後の石匣の手のメンバーが息を呑んだ。


「ま、まさか……イリアス様とシングス様……!?」

「だれ?」


 アイラが振り向いて首を傾げると、シェリーが慌てた早口で説明してくれた。


「バベルを統治するフィルムディアご一族のお二人ですぅ! ほら、さっき私が説明した、伝説のアイドル冒険者のぉ!」

「あーそういえば言ってたねそんなこと」


 ココラータを追いかけているうちにすっかり頭から消えてしまっていた。

 三人がその場に膝を突き頭を垂らすのを尻目に、アイラとルインは畏まらずに堂々と立ったまま見つめていた。


「んーと、何か用事?」

「ううん、なにも。でも、私もココラータが大好物だから」

「あげないけど?」

「もらおうなんて思ってないから大丈夫。自分で取れるモン」

「だと思った。明らかに強者感漂ってるもんね」

「わかる?」

「わかるわかる」

「な、なんで意気投合してるんですかぁ……」


 アイラがシングスと会話をしていると、後ろからシェリーのひきつった声が聞こえてきた。

 一方のお兄の方はじっとルインを見つめていた。権力者に見つめられても一顧だにしないルインは、あくびをして後ろ足で耳を掻いていた。早く帰りたいなーと言わんばかりの態度のルインに、お兄が口を開く。


「君は火狐族だろう」

「そうだが」

「生き残りは一頭だけだと報告を受けていた」

「オレがその一頭だ」

「シーカーさんと行動を共にしているはずでは?」

「!」


 お兄の言葉に、アイラは水色の瞳を見開いた。


「ねえ、シーカーのこと知ってるの?」


 しかしお兄はアイラには取り合わず、ルインを見つめたままだ。


「訳あって今はアイラと共にいる」


 お兄はそこで視線をルインからアイラに移動させた。冷涼さはそのままに、観察するかの様に目をすがめる。まるで研究者が興味深い研究対象を見つけたかの様な目つきだった。


「なるほど。『拾いもの』が増えていたのか。だったらその強さも納得だ。全くあの人らしい」

「シーカーの知り合い? あたしが戦ってるとこ、見たことあるの?」


 アイラの二度目の質問にも、お兄は取り合ってくれなかった。

 踵を返して森の奥に足を踏み出す。


「寄り道はもういいだろう、シングス。まだ終わっていないんだ」

「えぇー、それもうお兄一人で良くないかな? 私、行く必要ある?」

「お前の魅了魔法がないと捕まらないんだからもう少し付き合ってくれ」

「しょうがないなぁ〜」


 シングスはお兄の後についていこうと足を踏み出し、背中越しに振り向いてこちらにちょっと手を振った。ウインクを飛ばし、愛想の良さが全開だった。二人が木立に紛れて見えなくなった途端、気配が消え去った。


「…………何だったんだろ、今の」


 アイラの呟きに答えられる人間は、この中にはいなかった。



 ガサガサと草をかき分けながら大荷物を背負った一行が森を歩く。


「はぁ〜、まさか憧れのシングス様に間近で会えるなんて……」

「やっぱ可愛いよな、シングス様」

「僕はイリアス様に会えたことの方が驚きでした」

「ねえ、あの二人ってバベルの貴族なんでしょ? 本当に冒険者なんだね。しかもめちゃ強いっぽい感じの」

「強いなんてものじゃないですよぉ! さっきお話ししましたけどぉ、シングス様の魅了魔法の威力はハンパないんですから!」

「それに、イリアス様もすごいんですよ。『知識の宝庫』と呼ばれていまして、バベル内の事はもとより、バベル周辺の魔物、地理、植物……さまざまなことに精通しているお方です」

「ふぅん……それで君たちのこともあたしのことも知ってたんだ」


 アイラは唇を尖らせ、草花をかき分けながら進みつつ考えた。

 あの学者然とした青年の言葉が気になって仕方がない。


「ねールイン。シーカーがバベルの話してるの聞いたことない?」

「ない。だが、そういえば時々手紙を書いていた」

「手紙……あたしは書いてるの見たことないや」

「大体、アイラが寝た後に書いていた。書いたら転送魔法でどこかに送っていた」

「転送魔法で……じゃあ、もしかしたら、あのイリアス様って人に送っていた可能性も?」

「大いにあるな」


 魔物の気配に気をつけつつ進むが、幸い近くに強力な魔物はいなさそうだった。戦闘になった場合すぐに動ける様、ルインに荷物の全てを任せ、アイラは手ぶらでいた。何かあった時戦える人間の手は多いに越したことはないので、石匣の手のメンバーの荷物も半分ルインが持っている。ルインの背中と両脇腹にはこれでもかとココラータの木の実が山積みにされていたが、ルインは力持ちなのでこれしきの荷物量で音を上げたりなどしない。


「そもそもシーカーって何で旅してんだろうね」

「この世の真理を求めているって言っていたぞ」

「どういう意味だろ?」

「さあ、オレにはさっぱりわからない。あと、オレのような存在を時々拾っているらしい」

「孤児をってこと?」

「そうだ」

「それであたしを拾ってくれたのかなぁ」


 シーカーと五年旅をしていたアイラだが、彼個人のことについて聞いたことはほとんどなかった。喋ることといえば、魔法のこと、魔物のこと、植物のこと。そんな感じだ。



「案外、そのシーカーって方が、始まりの冒険者かもしれないぜ?」


 背後のノルディッシュに話しかけられアイラは振り向いた。彼は腰にココラータの詰まった袋をぶら下げており、歩くたびにカコカコ音がする。


「まさか」

「いやいや、噂によると始まりの冒険者シーカーは不老長寿の種族で、未だにこの世界をあちこち旅して回っているって話だ」


 ノルディッシュの言葉にアイラはちょっと笑ってから、口元に笑みを残したまま固まった。

 確かに、シーカーの種族はおそらく人間ではなかった。尖った耳は長命種エルフの証拠だが、そもそもそんな種族、本当にいるのかどうか定かではない。絵本に出てくる夢物語のレベルだ。だいたい、もしもシーカーがエルフだとしたら、冒険者なんてやってるかな? と疑わしい。エルフというのは女神ユグドラシル様の恩恵を最も受けている種族で、世界樹の中そのものにひっそり住んでいるという話だ。危険しかない外に飛び出し冒険者をやるなんて、正気の沙汰ではないだろう。


「まあ、何でもいっか」


 アイラは思考を放棄した。


「いいんだ?」

「うん、いいのいいの。」


 シーカーはシーカーだし、誰がどうでもいいや。そのうち会えるって言ってたから、会えた時に聞けばいいや。


「とりあえず、帰ってからのココラータ調理が楽しみ〜」


 ルインの背中に大量にくくりつけられた木の実を見て、アイラはニンマリと笑みを浮かべた。

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