第37話 ココラータ③

 四人と一頭はしばしの休息を取ることにした。

 アイラは周囲に結界を張り、敵からの侵入を防ぐ。水魔法の結界なのでヒンヤリしていて気持ちがいい。ついでに新鮮な水を魔法で出してみんなに配った。走った後の冷たい水はとても美味しい。全員無言でガブガブと飲んだ。

 アイラはココラータの実がぎっしり詰まった袋を引き寄せ、抱え込んですりすりと頬擦りをした。ここに世にも美味なる甘味が大量に入っているかと思うと、愛しくて仕方がない。そして、こうして手に入れると、一体どんな味なのか気になってしまう。アイラはうずうずした。料理人としての性と、美味しいものが好きな生来の気質とが合わさって、我慢できなくなった。


「ねー、せっかくだから一個割って食べてみようよ」

「それはいいな」


 アイラの提案にルインが二つ返事で乗っかったので、アイラはいそいそと袋を開けて中身を見た。

 拳ふたつ分の大きさの木の実がパンッパンに詰まっている。よくみると木の実は二色あった。薄茶色と濃い茶色だ。何か違いがあるのだろうか。アイラは首を傾げつつ、ひとまず薄茶色の方を割って食べてみることにした。

 外殻は、びっくりするくらい脆くて繊細だった。その辺の石を拾って叩くとあっという間にヒビが入る。卵くらいの手応えだった。殻自体も薄く、パリパリと慎重に手でむしって穴を開ける。すると、えも言えぬ香りが漂ってきた。


「なんかすっごい甘い匂いがするね」

「嗅いだことのないタイプのものだな」

「めっちゃいい匂い」


 アイラとルインは身を寄せ合い、中身をスンスンと嗅いでみた。

 甘い。甘さのみを煮詰めて凝縮したかのような、何だかやたらに濃厚な甘い香りが漂ってくる。一体どんな匂いなのかと聞かれると答えに困るが、木の実が甘くなったような香り、とでも言えばいいのだろうか。甘さの中に香ばしさも混ざっている、ずっと嗅いでいたくなる香りがした。


「どれどれ」


 持参していたスプーンを突っ込んで、中のどろっとした茶色い液体をすくい取ってみる。石匣の手のメンバーもアイラの動向に興味を示し、注意深くこちらを見守っていた。指についたココラータの液体をぺろりと舐めてみるとーーアイラの全身に、衝撃が走った。

 今までに食べたものとは違う、一線を画する味わいだった。

 甘い。けれど、ただ甘いだけじゃない。砂糖を煮詰めてカラメルにしたものや、樹液の甘さ、果物の甘味なんかとも違う。

 これはもっとーー濃厚な味だった。

 香り同様木の実の香ばしい味わいがしっかり残りつつ、独特の強烈な甘みが口の中に広がる。嫌な感じは全くしない。むしろ、もっと食べたいと思わせる味だった。


「どうだ?」

「おいしい!」


 ルインの問いに即座に答え、もう一度スプーンを突っ込みすくって食べた。美味しい。すっごく濃い甘いドリンクを飲んでいるかのようだ。めっちゃ美味しい。え、なにこれ。この世にこんなにも甘く芳醇で美味しい食べ物があったなんて!


「アイラ、オレにもくれっ」

「いいよ」


 アイラはふがふがするルインのために、中身をこれまた持参していた木皿に分けてあげた。真っ赤な舌でペロリと舐める。するとルインの表情が変わった。


「うっ、美味い! 何だこの食べ物は!」

「でしょ? めちゃくちゃ甘くて美味しいでしょ」

「舌がとろけそうだ!」

「いくらでも食べられるよね!」


 ルインとアイラが会話しながらも一心不乱にココラータの実をすくって食べていると、石匣の手のメンバーが相談をし出した。


「俺たちも食べないか?」

「食べたぁい」

「そうですね……たくさんあるし、一つだけなら」


 そうして殻を割って中身を指ですくってぱくっと食べる三人。動きが一瞬固まって、その後各々叫び出した。


「うっっま!」

「あまーい! おいしい!」

「これは味わったことのないものですね……!」


 三人は一心不乱に、半ば奪い合うようにしてココラータを食べ始める。


「ねーせっかくだからこっちの色がちょっと違う方の木の実も割ってみようよ」

「うむ、そうしよう」


 アイラが濃茶の木の実を手にとって石をぶつけてコンコンパカッと割ると、こちらも先ほどの薄茶のものと同じように見えた。すくって食べると、味も一緒だ。ルインも首を傾げる。


「違いはないのか?」

「あっ待って。お皿に出したやつがなんか固まってきたよ」

「ぬ、本当だな」


 ルインが食べやすいように木皿にうつした液体が、みるみる固まっていく。


「空気に触れると固まるタイプみたいだね」

「面白いな」

「こっちの方が手に持って食べやすいね」


 ルインがびろーんと横に広がって固まったココラータを前脚で持ち上げてかじると、パキッといい音がした。


「こちらも美味い」


 石匣の手の三人も結構食べていた。周囲に殻が飛び散っている。特にシェリーがかなりの食いつきの良さだった。まさに至福といった表情で口の周りについた液体をペロリと舐めている。まだ名残惜しそうだった。


「美味しかったですねぇ、アイラさんっ?」

「うん。料理のしがいがある味だったし! じゃあ、休憩もとれたことだし早速帰って料理をしよう」

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