第36話 ココラータ②

 追いかけっこは、最初の三秒からその様相が変わったものになった。

 ココラータたちは追撃者の数が増えたことに気がつくや否や、逃げながら木の実を落とすという戦法を取った。目論見通りの展開に「やったぁぁぁ!」と言いたいところだったが、落とす数が尋常ではない。まるで土砂降りの雨の様に、絶え間なく木の実が落ちてくる。アイラは一つも落とさない様に、地面に落ちる前に木の実をキャッチし、持参していたルペナ袋の中に突っ込んだ。ひとつひとつの木の実は両手の拳を合わせたくらいの大きさだ。

 アイラは木の実をキャッチしながらルインの後を追いかけた。ココラータを猛追するルインの姿は、さながら炎の化身の様である。あまりの速さに姿がぼやけ、燃える炎が突っ込んでいっているかの様だった。もしかしたらそのせいでココラータたちが必要以上に怯え、何とか追い払おうとして防衛手段である木の実を落とし続けているのかもしれない。

 アイラは手当たり次第に木の実をキャッチしながら走り続ける。背後から声が聞こえてきた。


「おい、エマ! 無理すんなよ!」

「そうよぉ、わたしたちががんばるからぁ!」

「いえいえ……ゼェ……金貨のためですから……!」


 すでに息絶え絶えなエマーベルに気を使いつつ、ノルディッシュとシェリーが負けじと木の実をキャッチする気配がした。


「身体強化……か、加速……!」


 魔法をかけるエマーベルの声を聞きながら、アイラはなおもココラータにおいすがる。逃してなるものか。世にも珍しい美味なる甘味、ココラータをなるべく多く持ち帰るのだ。

 ココラータたちの逃げ足は凄まじい。木の根をうねうね足の様に動かし、ルインの猛追から逃げようと森の奥へ奥へと移動していた。全力を出したルインの速度というのは尋常ではなく速いのだが、それに負けず劣らずの速さだった。植物型魔物はもっとのんびりゆったりした動きのイメージがあったが、ココラータの敏捷性はそんなアイラの中のイメージを覆した。すっごい速い。

 赤毛を翻しつつアイラはひた走る。雨あられと降り注ぐ木の実をキャッチしつつだ。すでに袋は、三つほどいっぱいになっている。パンパンだ。大量収穫だ。でもまだあと二つ袋があるので、これがいっぱいになるまでは追いかけっこをやめるつもりはない。


「シェリー、そっちの木の実取りこぼすなよ!」

「うんっ、わかってる!」

「ゼェ……僕も、なんとか……!」


 背後の石匣の手の皆様方もまだまだ元気っぽいし、付き合ってくれることだろう。アイラは残る二袋もココラータの木の実でいっぱいにするべく、ルインの後を追いかけ続けることにした。

 爆走するルインは目立つので追いかけるのが簡単だ。ココラータたちは速度をゆるめずひた走っており、植物型の魔物ってどのくらいの持久力があるのかなとアイラは思った。一時間ほど追いかけっこが続いただろうか。もうそろそろ袋がパンパンになっていた。持参した袋が尽きたことを感じつつ、背後の石匣の手のメンバーはどうだろうかと振り返る。だいぶ遅れていた。おまけに三人とも、もはや背負えないほどに袋を抱え込んでいた。


「そろそろ終わりにしても大丈夫?」

「はっ、はひっ、大丈夫ですっ。というかっ、終わらせてください!」


 エマーベルが息も絶え絶えに言ったので、アイラはルインに向かって大声を出した。


「ルインッ、もうそろそろ良さそう!」

「む、そうか」


 ルインは急停止した。走るのをやめたルインは巨大な火球から元通りの巨大モフモフに戻り、アイラも速度を緩める。ココラータたちはルインが追ってこなくなったことにまだ気がついていないのか、それとも気がついているが一刻も早くルインから離れたいのか、未だに全力疾走し続けている。いくつかの実を落っことしながらだんだん遠ざかるココラータを見送り、接地して割れてしまった木の実を眺めつつ、アイラはその場に立ち尽くしていた。


「ゼェ……ゼェ……や、やっと終わった……カハッ」

「死ぬかと思ったよぅ……」

「こんなに走ったの久々だぜ……」


 石匣の手の三人は追いつくなり地面にうずくまってしまった。

 額から汗をびっしょり流しているエマーベルが、涼しげな顔で立つアイラとルインを見上げてくる。


「アイラさんたちは……何で平気そうなんですか」

「んん? 走るのは慣れっこだから?」

「慣れっこ……アイラさんって、料理人なんですよね?」

「そうだよ」

「料理人って……走るの慣れてるんですか……」

「言うなよ、エマ。二級冒険者だぜ」

「そうよぅ。常識じゃ計り知れないのよ」

「……そうでしたね……そう……」


 エマーベルは、埋められない格差を感じ取ったかのようにガックリと肩を落とした。

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