第35話 ココラータ①
ココラータに遭遇したことのある冒険者と一緒に探索できてラッキー、とアイラは思っていた。
何せこの広大な森林のどこをどう探せばいいのか、途方に暮れていたところだ。おまけにココラータの落とす木の実はどうやら接地と同時に破裂して中身を撒き散らすらしく、そうなるといかにして地面につくまえにキャッチするのかが重要になってくる。人数が多ければ多いほど拾えるので良いといえよう。
ココラータがいたという場所まで来たら、エマーベルと先頭を交代した。彼は額から汗を流し、凄まじく集中しながら、足跡をたどるかの様に地面に視線を落としたまま歩いている。恐ろしいほど無防備だ。彼らの実力がどれほどなのかアイラにはイマイチわからないのだが、今ならば低級魔物でもあっという間にその首を取れそうである。
アイラは周囲への警戒を怠らず、エマーベルの後をくっついて行った。ノルディッシュとシェリーも同様だ。しかし、ただ警戒しながら歩くというのも芸がなくてつまらない。アイラは歩きつつ、シェリーに話しかけてみた。
「ねえ、シェリーちゃん……だっけ。何でそんな服装してるの?」
「えっ、これですかぁ? これは、アイドルの正装です!」
「アイドル??」
「アイラさんもしかして、アイドル知らないんですかぁ!? 最近冒険者の間で大流行中の職業ですよ!」
「職業って流行り廃りがあるの? ってか、アイドルって具体的に何ができるの?」
「それはですねえ……見ていてください!」
シェリーはいうが早いが、ヒラヒラした服をヒラヒラさせ、手に持っている短めのステッキの様なものを構えた。てっぺんについている丸い宝石が輝く。そのまま頭上にいた、今まさにこちらに襲い掛かろうとしていた魔物めがけて魔法が炸裂する。
「ギャッ!?」
「ギャギャッ!」
ワイドエイプ二匹が魔法の直撃を受けてボテッと落ちてきた。見たところ外傷を与える類の魔法ではなさそうだ。ワイドエイプはしばらく痙攣していたが、やがて起き上がると、なんだかうっとりした目でシェリーを見上げ始めた。
「ギャギャギャ」
「ウギャーギャウギャウ」
そのまま明らかに発情の踊りだろうと思われるものを踊り始めたワイドエイプ。アイラは困惑してワイドエイプを指差した。
「何これ?」
「これこそがアイドルが使える魔法、『魅了』です!」
「魅了……? そんな魔法があるの?」
「最近発見されて体系化された魔法なんですよぉ。二匹とも、お座り!」
シェリーが命じると二匹は踊りをやめてその場に正座した。
「立て!」
二匹は直立不動で立ち上がった。
「三回回ってキャンと鳴く!」
二匹はその場でぐるぐると三回回り、高い声で「キャン!」と鳴いた。
「よぉし……じゃあ、姿が見えなくなるくらい遠くに行くこと!」
二匹は木を駆け登り、長い毛むくじゃらの腕を駆使して枝から枝へと器用に渡り歩きながら去って行った。アイラはそれを感心して眺めてからシェリーに向き直る。
「要するに洗脳?」
「一種の洗脳ですねぇ。この魔法、バベルを統治するフィルムディア一族のお姫様、シングス様が考案したんですけど、シングス様はすっっごい魅了魔法の使い手で、それこそジャイアントドラゴンさえも魅了しちゃうんですよぉ。もうもう、全アイドル冒険者の憧れの存在なんです!」
「そうなんだ」
「たまあに酒場でライブ開いてくれるんですけど、笑顔も歌声もすっごい素敵で!! ウインクされたらもう、失神しそうになるんですぅ!」
「魅了魔法にあてられてるんじゃなくて?」
アイラの至極最もな意見は、シェリーのひたすら語る「シングス様がいかにすばらしいか」の高説により黙殺された。ノルディッシュがアイラに身をかがめて耳打ちする。
「これ始まると、一時間は終わりませんよ」
「それ、先に教えて欲しかったな」
シェリーの語る「シングス様がいかにすばらしいか」を聞き流しつつ、アイラたちはエマーベルの後をついて行く。小一時間ほど歩いたとき、エマーベルが不意に足を止めた。肩で息をしている。
「ゼェ……静かにしてください、シェリー……。もう近づいています……ハァ」
「おっ。どこどこ」
「まだ数キロは先ですが……奴らは非常に臆病で敏感な魔物なので注意して接近する必要がありますっ。ハァハァ……目視できる範囲まで近づいて、それから一気にかかりましょう」
「何でそんなに疲れてんの?」
「ま、魔法の維持に魔力と集中力を使っているせいですっ」
「あ、そうなんだ。索敵魔法って大変なんだね」
「いえ、まぁ……魔力回復薬を飲めば大丈夫です」
エマーベルはリュックの中をごそごそ探り、透明な細長い瓶を一本取り出した。糊付けされているそれの蓋を外し、一気に中身を半分ほど飲む。
「これで大丈夫です。敵に気づかれない様に、気配を薄くする魔法をかけます」
エマーベルが四人と一頭に魔法をかける。三人の体は発光したのち何だか認識しづらく薄ぼんやりしたが、アイラとルインは「ばちっ」と音を立ててエマーベルの魔法を弾き飛ばしてしまった。
「あ、属性が違うのでうまくかからなかったようですね」
「ありゃ……じゃあ私とルインは、なるべく目立たない様こっそりついていくわ」
「アイラさんはともかく、ルインさんの巨体で目立たない様にっていうのは難しい気もしますが……」
「音を立てず後ろからついていこう」
ルインはジリジリ下がり、一行の後方にピッタリとくっついてそこから周囲に警戒を送っていた。
四人と一匹は極力音を立てない様に森を進む。石や木の根に足を取られて転んだり、草むらに突っ込んで無用な魔物の怒りを買ったりしないよう細心の注意を払い、まるで地を這い進むトカゲの如く俊敏さでサササササと薄暗い大森林の中を進んでゆく。
とある地点で再び足を止めたエマーベルが、振り向いて口パクだけで何事かを伝えてきた。
「いました」
首を伸ばしてアイラが見てみれば、そこには、五メートルほどの背丈の木々が幹に実を鈴なりにしてじっとたたずんでいた。
なるほどあれがココラータ。一見するとただの木にしか見えない。てっきり一本だけかとおもっていたのだが、なんかたくさんいる。
「陽動役を決めませんと……」
「あ、それ、ルインにまかせていい?」
「うむ」
「ルインさんに?」
「ルインは木の実を拾えないし、足速いから多分ココラータを見失わないと思うし」
「あ、はい。ではぜひ」
「よし」
アイラはひそひそ声のままルインに向き直る。ルインも了承したとばかりにこくりと一つ頷く。
「では、いざ」
ルインはぬうっと伏せっていた巨体を持ち上げて、赤とオレンジが混じった見事な毛並みの前足を進めた。がさり、という音に、それまでじっと佇んでいた木々がびくりと体を震わせる。同時に、鈴なりになっていた木の実が揺れて奇妙な音を立てた。続いてルインの体が茂みから出るか出ないかのところで、ココラータたちは地面から根っこをズボズボォ! と引っこ抜き、根っこを足の様に動かし、すごい勢いで走り出した。
「よし、全員ルインに続こう!」
アイラはルインに続いて茂みから飛び出した。
「よし、僕たちも行きましょう!」
「おぉ!」
「うん!」
石匣の手のメンバーも飛び出し、ココラータを追いかけ出す。
「美味しい木の実をゲットするため! 行くよー!!」
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