第32話 三度ギリワディ大森林へ②

 階段を降りて酒場に入ると、早速モカがアイラを見つけて近づいてきた。


「アイラさん、おはよう!」

「おはよー、モカちゃん。今日も朝から元気だね」

「うん。給仕係はね、元気と笑顔が大切だってお父さんに言われてるから」


 そう言ってモカはにぱっと笑みを浮かべた。


「今日のモーニングには、銀貨五枚追加でカラフルベリーのジャムがつくけどどうする?」

「まだ部屋にいっぱいあるから、いいや。普通のモーニングセットを七人前よろしく」

「かしこまりました!」


 モーニングセット七人前のお金を受け取ったモカがくるっとアイラに背を向けて、厨房に走り去る。「お父さーん、モーニングセット七人前入ったよ!」という声を聞きつつ、アイラは料理が出てくるのを待った。


「お待たせしました、モーニングセット七人前です!」


 どどんと出てきたモーニングセットは、昨日と同じメニューかと思いきや、ゆで卵ではなくオムレツに、トーストにバターは載っておらず代わりにスープがついていた。


「トウモロコシのスープだよ。トーストを浸しても美味しいよ」


 モカの説明を受け、スープを一口啜ってみると、甘味のあるトウモロコシの味わいが口いっぱいに広がった。確かにトーストとの相性が良さそうだ。カリッと焼けたトーストもいいけれど、スープを吸ったトーストも味わい深い。アイラは朝食を取りつつ、去りかけていたモカに声をかけて呼び止めた。


「ねえモカちゃん。森に他に美味しい食べ物ってある?」

「森に? うーんと……あっ、ココラータの実なんてどうかな?」

「ココラータ?」

「うん。樹のおばけみたいな魔物なんだけど、おっきい実がいくつもぶら下がってて、割るとトロッとした茶色いソースが溢れてくるの。それが甘くてすっごい美味しいんだって!」

「モカちゃんは食べたことないの?」

「うん、食べたことない。ココラータは恥ずかしがり屋の魔物で中々出会えないし、実を割らないで取るのに苦労するから滅多に出回らなくって……でも、食べた冒険者さんの話を聞くと、至福の味わいなんだって。わたしも一度でいいから食べてみたいなぁ」


 モカは両手を胸の前で組み合わせ、夢見るような顔でココラータに思いを馳せていた。が、やがて現実に戻ってきて、はっとした顔でアイラを見た。


「あ、いけない。お仕事しないと。じゃあアイラさん、ゆっくりして行ってね!」


 トタタタ、と赤いワンピースを翻して去っていくモカの後ろ姿を眺めてから、一心不乱にベーコンを食べているルインに視線を移す。


「ルイン、どう思う?」

「どうもこうも、決まりではないか?」

「だよね」


 アイラとルインは七人前のモーニングセットを仲良く分け合い、食べ切ってから立ち上がった。


「よし……次の食材は、ココラータに決定!」

「うむ!」


 朝食を終えたアイラは、ルインと共にギルドに行った。何か情報を集めるならギルド内部が一番いいと思ったからだ。


「遭遇率が低い魔物っぽかったし、森は広いから、せめて正確な個体情報と位置くらいは知っておかないとね」

「そうだな。獲物が明確な場合には、情報収集をしておくべきだ」


 頷くルインとともに、ひとまずは毎度おなじみカウンターにいるギルド職員、ブレッドに話しかけてみることにする。


「ブレッドさーん」

「おはようございます、アイラさん。ちょうど昨日の素材鑑定が終わったところですよ」


 すっかりアイラ担当のようになっているブレッドは、羊皮紙を手ににこやかに近づいてきた。


「モフモとウィトティントの歯、合計で金貨十枚ですね」

「どうも」


 カウンターに置かれた鑑定書類と金貨を受け取りつつ、そういえばウィトティントの剥いだ毛皮を持ってくるのを忘れていたことを思い出した。また次に持ってくればいいか。


「ココラータって魔物について知りたいんだけど、ギルドに情報ある?」

「魔物に関しては、ギルド奥の本棚に魔物図鑑があるので、そこに載ってます」


 ブレッドが指し示した方角には、確かに本棚が壁一面に設置されていた。


「わかった、ありがとう」

「ご武運を祈っています」


 本棚には分厚い図鑑がいくつも収納されており、それぞれが細い鎖で本棚と繋がっていた。おそらく盗難防止の措置だろう。図鑑はまず、区域ごとに存在していた。森林、砂漠、海、雪原。それから岩窟、湿原、平野、山脈などもあった。その区域の中でも、獣系、植物系、霊魂系、魚系などに分かれている。アイラはギリワディ大森林の植物系魔物の図鑑を引き抜き、本棚手前にあるテーブルにドスンと置いた。図鑑は両手で抱えられるほどに大きく、重たい。厚い革表紙をめくり、目当ての魔物がいるか調べた。名前順になっているらしく、ココラータはわりと早い段階で見つかった。


「あった、これだ」


 図鑑にはココラータのリアルな挿絵と共に詳細が載っていた。


「何が書いてある?」


 ルインが興味深そうに図鑑を覗き込んだ。人語を喋れるが読めないルインのために、アイラが内容を読み上げる。


「ココラータは全長十メートルを越す樹木型の魔物で、根っこにあたる部分を足のように使って移動する。大変臆病な魔物で、気配に敏感で少しでも敵の気配を感じると素早く逃げる。逃げきれないとわかると、枝に実っている無数の実を落として注意を引いている隙に猛ダッシュでいなくなる。この実は接地と同時に破裂するように出来ていて、外殻が大変脆いので割らずにキャッチするのは至難の業だが、実の中身は大変美味で、高額で取引される。ギリワディ大森林に生息しているが、常に移動し続けるためはっきりとした地域は特定できない。……だって」

「中々難易度が高そうな魔物だな」

「そうだねぇ」


 図鑑をパタンと閉じて本棚に戻しながらアイラは相槌を打った。


「向かってくる敵を倒すのとは別の種類の努力が必要だね」

「でも探しにいくのだろう?」

「行くよ、気になるからね」


 美味しいもののためならば、火の中水の中森の中、どこへだろうと行くのがアイラだ。そんなわけでアイラは、ココラータを求めて三度ギリワディ大森林に足を踏み入れる決意をした。

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