第29話 作ろう! カラフルベリーのポットパイ④
賑わう酒場の一角で、アイラとルインはお待ちかねの夕食だ。アイラの片方しか見えない水色の目と、ルインの丸い赤い目が、パイを見つめてキラキラ輝いている。
「いただきまーす!!」
元気にスプーンを握りしめ、ポットパイのぷっくり膨らむパイ生地にぐさっと刺した。軽い感触の後にさっくりパイが割れ、中身がフワッと湯気を立てる。つやつや輝く赤いベリーがパイの間から顔を覗かせ、煮込んだ果実の甘やかな香りが鼻をくすぐった。
「ふああぁ……」
「ふおおおぉ」
アイラとルインはパイから立ち上る香りを思いっきり吸い込み、その甘い香りをめいいっぱい堪能した。焼きたてのパイとベリージャムの香りが混じり合い、ずっと嗅いでいたくなる幸せな香りだった。
崩したパイ生地とベリージャムを一緒にすくって口に運ぶ。甘味が口の中ではじけた。煮込んだことで甘さを増したベリーは、生の時に食べた辛味が消え去り、代わりに全身をぽかぽか温めてくれた。そしてアイラが空腹を我慢してせっせと作り上げたパイ生地は、サクサク、パリパリ食感で、ふんだんに使ったバターの味が効いている。
四十二日ぶりの甘味。
四十二日ぶりのお菓子。
「……おいしいいい!!」
「うむ! うまいな!」
アイラとルインは夢中でパイを食べた。貪った。自分で作ったパイ、すごく美味しい。あたし、料理の天才じゃない? と思った。ミートパイも美味しかった。ウィトティントとかいう巨大モモンガ魔物の肉は臭みがなく、味付けが塩のみとは思えないほど深い味わいがある。
「アイラさん、はい、蜂蜜酒どうぞ!」
「ありがとう、モカちゃん」
アイラとルインが美味い美味いとひたすら料理を貪っていると、モカが蜂蜜酒を持ってきてくれた。アルコールにとろりと蜂蜜の甘みが溶け合って、パイにマッチする。美味しい。ルインなど、ジョッキに頭を突っ込んでフガフガと飲み干していた。モカはアイラの食べている料理を興味深そうに見つめている。
「これ、アイラさんが作ったの?」
「そうだよ。ポットパイ」
「美味しそう……初めて見る料理だぁ」
「酒場ではパイ、作らないの?」
「んー、見たことない」
モカの目はじーっとパイに注がれていた。
「食べる?」
「えっ……」
「一口どうぞ」
アイラがスプーンにパイとベリーをすくって差し出すと、モカはものすごく物欲しそうにスプーンを見つめていた。しかし口を開いてパイを食べることはしない。ぐっと何かを堪えるように耐えてから、非常に苦労して視線をパイからそらした。
「……お仕事中に、つまみ食いしちゃダメって言われてるんだっ」
それから無理に笑顔を作り、「ごゆっくりどうぞ!」と言って酒場の奥に消えていった。
「行っちゃった」
「食べれば良いのになぁ」
「うん」
アイラは差し出したままの格好になっているスプーンを自分の口に持っていき、酒場を見回した。
給仕で働いているのは、やはり十歳以下の子供たちばかりだった。料理の大皿やエールがなみなみと注がれたジョッキが載ったトレーを落とさないように気をつけて運び、テーブルの間をこまごまと動いて働いている。
「あー、なるほどね……」
「何がなるほどなのだ?」
「んん? なんでもないよ、こっちの話」
不思議そうな顔をして覗き込むルインに笑顔を向け、アイラは残るパイを堪能した。
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