第28話 作ろう! カラフルベリーのポットパイ③

 エマーベルの言葉をアイラは信じなかった。

「う……嘘だぁ! 信じないよ! オーブンがないなんて!! だって、ダストクレストにすらあったんだよ!? ここにないわけないじゃん!!」

 アイラは手に未完成のパイを持ったまま、キッチン中をうろうろした。オーブンというのは箱型の魔導具で、内部に熱を発する魔石が仕込まれている。スイッチを入れるとその熱で中に入れた料理が焼けるという寸法だ。似たようなものがないかと、目を皿のようにしてくまなくさがしたが、なかった。エマーベルの言う通り、41階にはないと考えるしかない。

 アイラは膝から崩れ落ちた。

「あの……アイラさん……僕たちのパン食べますか?」

「ジャム載っけたら、美味しいんじゃないかなぁ」

 慰めの言葉をかけてくれるエマーベルとシェリー。しかしアイラは顔を上げ、キッパリ言う。

「パイ以外、受け付けん」

「いや、でも……オーブン、ありませんが」

「ここにないならっある場所に行けばいい!!」

 アイラは未完成の十枚のパイ皿とマグを積み重ね、転移魔法陣に突撃した。21階の冒険者ギルド内を、一体何事かと訝る人々を無視して突っ切って疾走し、階段を上って酒場に踏み込んだ。夜も更けた頃合いで、料理片手に酒を楽しむ人々がたくさんいた。そうした人々を構わず、アイラは奥の厨房めがけて一直線に走った。揺れるパイ皿をバランスを崩さず運べているのは、ひとえにアイラの抜群のバランス力の賜物である。そうして酒場の客席から見える厨房に近づいたアイラは、パイ皿でできた塔から顔をひょいと出し、賑わいを見せる酒場内の喧騒に負けないよう大声を出した。

「ごめんなんだけど、オーブン貸してもらえないかな!?」

 厨房で料理を作っている人々がこちらを見、今しがた厨房に注文を通そうとしていた赤いエプロンワンピースの女の子がアイラを見て緑色の瞳を丸くした。

「あっ、アイラさんだぁ! お父さん。この人が今日カラフルベリー採取をしてくれたアイラさんだよ」

「あぁ、君がアイラさんか」

 厨房で働いていた一人の男が調理の手を止めてアイラに近づいてくる。ひょろっと背が高く、手足も長い。茶色い髪に白髪が混じっていて、瞳は青。顔立ちはどこをどう見てもモカとは似ても似つかなかった。

「モカが教えてくれたんだよ。おかげで明日の朝にはカラフルベリーのジャムが出せる。で、一体どうしたのかな? オーブンがどうとか言っていたけど」

「実はパイを作ったんだけど、低層階の居住区にはオーブンがなくって困ってて。酒場ならオーブンの一つや二つ、あるよね? 焼けたらすぐに出ていくから、ちょっとの間貸してもらえないかな」

「なるほど。モカに付き添ってカラフルベリーを採ってきてくれたお礼だ。使ってくれ」

「ありがとう!」

 アイラはモカの父の人の良さに感謝しつつ厨房に入った。三十人超が立ち働く酒場は、戦場のように騒がしく慌ただしい。そこら中で材料を刻み、鍋を掻き回し、フライパンで具材を炒める人がいた。誰かにぶつからないように気をつけながらアイラはモカの父について行き、やがて黒い大きな箱型のオーブンが並ぶ一角に導かれた。

「このオーブンを使ってくれ」

「うん。ありがとう」

 アイラは早速オーブンを開け、中に持参した皿を並べた。オーブンは大型で奥行きがあり、十皿とマグ二つ全部入れてもまだ余裕がある。スイッチのツマミを握って火力を合わせてバチンと跳ね上げれば、とたんにブーンと動き出した。

 ダストクレストにあったやつはものすごいポンコツでしょっちゅう火力が変わるし勝手にスイッチが切れてしまうしで見張ってないととんでもないことになったのだが、このオーブンは違う。突然爆発したり煙を吐き出したりせず、一定の温度で穏やかに動いている。大変ありがたいことだ。

 安定した動きで稼働するオーブンにそこまでの気を払う必要がなさそうだったので、アイラは周囲をキョロキョロした。

「お父さん、四番卓にエール五つとホロホロ鳥のロースト三つ!」

「お父さん、七番テーブルにガライアガのフリットを七皿!」

「こっちはシーサーペントの干したやつを十五個だよ、お父さん!」

「…………?」

 妙に思い、アイラは首を傾げた。

 給仕をしているのは、モカと同じか少し年上くらいの少年少女ばかりだった。皆が皆、厨房に来て「お父さん」と呼んでいるのは、モカの父だ。モカの父は厨房を取り仕切っているらしく、細い腕を動かして次々に子供たちが差し出してくる注文表を受け取り、料理人たちに指示を飛ばしている。

 どの子供たちも、一人としてモカ同様に似ていない。

 そのうちジリリリと音を立ててオーブンが焼き上がりを告げたので、アイラは引っ張って扉を開けた。熱気がアイラの頬を撫で、髪をなぶる。同時に焼き上がったパイのなんとも言えない香ばしい香りが押し寄せた。アイラはいそいそと借りたミトンを嵌めてオーブンからパイを取り出した。

 忙しそうにしながらも料理人たちがアイラの作った料理に興味を示し、こちらに視線を送っているのを感じた。モカの父もその一人で、アイラの作ったパイを覗き込んできた。

「できたかい?」

「うん、ばっちり」

「変わった形のパイだね」

「へへへー、ポットパイだよ! パイ型を使わないし、このまま食べられるし、いいでしょ」

「確かに便利そうだな……作り方は?」

「お皿に具材を敷き詰めて、上にパイ生地を被せてオーブンに入れるだけ」

「簡単でいいな。明日のメニューに取り入れよう」

「どうぞどうぞ」

「テーブルが必要だったら、ちょうど空いたところを使ってくれ。ついでに何か注文してくれるとありがたい」

 アイラは笑って、モカの父に顔を向けた。

「ありがと。じゃあ、お言葉に甘えて使わせてもらおっかな。注文は、蜂蜜酒をジョッキで二つ!」

「承知した、あとで子供たちに持って行かせるよ」

 アイラは焼き上がった大量のポットパイをテーブルに所狭しと並べ、上階に戻って寝こけているルインを起こして酒場に戻った。

「やっっっと食べられるね!」

「うむ、やっっっっと食べられるな!!」

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