第25話 甘いものが食べたい④

 帰路も安心安全とはいかなかった。

 地面の柔らかいバフバフした部分を踏み抜いたら、魔物のお腹だった。地面に擬態していた巨大な魔物がお昼寝中だったらしく、気持ちよく寝ていたところを踏んづけられて起こされ、怒り心頭の魔物に追いかけられる羽目になった。

「ギッシャエエエエ!!」という雄叫びを上げる魔物は、モモンガの様な見た目で、モモンガの百億倍は凶暴だ。木々の間を自在に滑空しながら襲い来る魔物を見て、モカが言った。

「あの魔物っ、お肉が美味しいやつ!!」

 この一言でやる気スイッチを押されたアイラは、逃げるのをやめて立ち向かうことにした。腰からファントムクリーバーを引き抜いて構え、魔物に突進していく。

「今日のおやつにミートパイ追加!!」

 初めて相対した、対処方法がよくわからない魔物に向かってアイラは恐れず怯まず突っ込んだ。たぶん、力で押し勝てるだろう。美味しいお肉が目の前に飛んでいるならば、捕獲しない手はない。

 アイラのファントムクリーバーは迫り来る巨大モモンガの首をとらえた。が、モモンガは紙のようにくしゃっと体を丸め、宙返りしてアイラの武器を器用に避けてしまった。

「!? はやっ……」

 ブワッと両手両足を広げて飛ぶ巨大モモンガ魔物は、げっ歯類特有の上下に生えた鋭利な歯でアイラの肉を噛みちぎろうと迫り来る。体勢立て直しから迎撃までの時間が短い。右腕で顔をかばい防御結界を展開したが、ヒラっとまたもや紙切れのように飛んだモモンガは、防御の薄い太ももに齧り付いた。

「てっ!」

 鋭い痛みが走ったが、アイラは怯まずモモンガの尻尾を掴む。引っ張ったところで引き剥がすのは不可能だろう。無理するとこちらの肉がこのまま食いちぎられてしまう。

 アイラは左手でモモンガの尻尾を掴んだまま、右手に持ったファントムクリーバーを寸分違わずモモンガの首めがけて横に振った。確かな手応えと共に、胴体と頭がスッパリと離れた。

「アイラさん、大丈夫!?」

「全然問題なし」

 ルインの背中にまたがったまま近づいてきたモカに笑顔で応じる。ルインは、未だアイラの太ももに齧り付いたままの頭部を見てフンと鼻から息を吐いた。

「なかなか面白い動きをする魔物だったな」

「ちょっと油断しちゃった。モカちゃん、これ持っててくれる?」

「あ、はいっ」

 切り離された胴体をモカに手渡し、アイラは両手でモモンガの顎をこじ開けた。細長い前歯がガッチリと食い込んでいて、アイラの太ももに青黒い痕がくっきりと残っている。

「あーあ、痣になりそう」

「食いちぎられなかっただけマシだな」

「お肉ゲットできたし、まあ痣くらいならいっか」

 モモンガの頭と胴体は、麻紐で縛ってルインの体にくくりつけた。

「思わぬお土産が増えたね」

「アイラさんって、本当に強いんだね! わたしが見た中でも一番の冒険者さんかも」

「えぇ〜、言い過ぎだよ。バベルの上の方にはもっとすごい冒険者だって住んでるんでしょ?」

「住んでるけど、そういう人たちはあんまり酒場には来ないんだ。61階にはお城みたいな素敵な空間が広がってて、そっちで食べたり飲んだりしてるんだって話だよ」

「へぇ、そうなんだ。バベル内も色々あるんだね」

「うん。だから、アイラさんはわたしが知ってる冒険者さんの中で一番すごい!」

 アイラを見上げるモカの表情に既視感がある。これは、かつてのアイラがシーカーに向けていた眼差しと同じだ。無力だったアイラは、シーカーの使う魔法や魔物と勇ましく戦う姿が信じられなくて、今のモカのようにルインにまたがり憧れの目を向けるばかりだった。きっと今の自分は、あの頃より少しは成長したのだろう。モカの頭に手を乗せて、オレンジ色の髪をくしゃっと撫でると、モカは嬉しそうに目を細めた。

「じゃ、今度こそ本当に帰ろっか!」

「うん!」

 周囲を警戒しながらバベルに帰る。途中でやっぱり巨大モモンガ魔物に襲われて、追加で三匹ゲットした。そうしたら血の匂いに誘われて、昆虫型の魔物がいっぱいでてきたので、火魔法で威嚇したらあっという間に逃げて行った。

「ルインの背中、獲物でいっぱいだね」

「成果があるのはいいことだ」

「ルインさん、ごめんね、わたしまで乗っちゃってるから重いよね」

「モカは光苔よりも軽いから何も問題はない」

「ひ、光苔よりも……!?」

 ルインの冗談を間に受けたモカは、そんなに軽いのかなぁと呟きながらもルインの背の上で揺られていた。

 大量の収穫物を背中に乗せて揺らしながら歩くルインと、その横を行くアイラ。

 ようやくバベルが見えてきた頃には陽が傾き、聳え立つ塔は西日に照らされていた。



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