第24話 甘いものが食べたい③
「悪いねぇ、この世は弱肉強食なんだよ」
「アイラさん、すごーいっ!」
「さすが、手際が鮮やかだな」
茂みに隠れていたルインがモカを乗せたままこちらに近づいてくる。転がっているモフモの一匹に鼻を近づけ、フンフンと匂いを嗅いでいた。
「あまり美味そうな匂いはしないな」
「ねえルイン、それよりもカラフルベリー!」
「おぉ」
アイラはモフモたちがぼふんぼふん跳ね回っていた空き地のさらに奥へと進む。
低木に鈴なりになったカラフルベリーがお目見えだ。
「これがカラフルベリー……! 確かにカラフル!」
「良い香りだな」
辺り一帯に漂う甘い果実の香りを大きく吸い込みながらルインが言った。
カラフルベリーはクロスグリよりも大きく、親指の爪くらいの大きさの果実だった。木ごとに色が違い、木自体にも色がある。赤、青、緑、茶色の木は根元で二股に分かれていて、絡み合って幹がねじれていた。木にはそれぞれ同色の葉が生え、実がついている。ねじれている枝にこれでもかとベリーが実っていた。ひとつ摘んでもぎり取ってみたところ、実は見た目よりずっしりと重かった。
「あのね、カラフルベリーは魔力を含んでいるから、食べるとちょっと魔力効果があがるの。だからバベルの冒険者に人気なんだよ」
「あー、なるほど。だからモフモたちはあんなカラフルでそれぞれ違う魔法が使えるんだ」
「おそらくひとつのベリーを食べ続けて実の中の魔力を摂取し続けたんだろうな」
「じゃあ早速、このベリーをたくさん持って帰ろう!」
アイラはルインにくくりつけてあったルペナ袋を外して、その中にベリーを摘んで入れ始めた。
「袋は全部で五つあるから、種類別にぎっしり入れておこうっと」
アイラがベリーを摘んでいる横で、モカも自分のバスケットの中に摘み取って入れていた。
ルインはベリーを摘み取るのに適した足ではないので、首を伸ばして直接枝からベリーをむしり取り、ムシャムシャと食べ出していた。
「甘くて美味い」と言いながら食べるルインが羨ましくなり、アイラも一つ赤い実を摘み取って食べてみる。皮を破るとジュワッと果汁が弾け、少しだけ唐辛子のようなピリッとした辛みもあった。
隣の木に移動して青いのも食べてみる。こちらは赤いのよりも瑞々しく、水分を多量に含んでいる。こうなってくると、一通り試してみたい。
緑色のベリーは繊維が多めでルバーブのような食感と味わいだった。
茶色いベリーは一番熟していて甘みが強い。
「アイラさんはどのベリーが好き?」
「赤いのと青いのかな」
モカに問われて、アイラはベリー摘みを再開しながら答えた。
「オレは断然、赤いのだ」
ルインは赤いベリーが成っている木に前足をかけ、集中的に赤いベリーをムシャムシャしている。ベリーだけでなく葉っぱまでもかじっている様子だった。
「わたしは緑のが好きなんだ。自分の属性魔法のベリーを好きになるらしいよ。あのね、酒場に来る冒険者さんにもカラフルベリーは大人気なの。美味しいし、食べると魔力効果が上がるから、ジャムにしてモーニングに出すとすっごく喜ばれるんだ」
モカはぱあっと輝くような笑顔を浮かべながら懸命にベリーを摘み取っていた。
「あたしも毎日赤と青のカラフルベリーを食べたら、もっと魔力上がるかなー。モフモみたいに」
「人間が毎日食べ続けると、中毒症状が出るからダメなんだって。消化しきれなくって気持ち悪くなるみたい」
「あ、そうなんだ? 残念」
「オレならばいいのではないか?」
「確かに、ルインは人間じゃないから大丈夫かもね」
「あの、ルインさんって……魔物? わたし、喋る従魔って初めて見た……」
「ルインは魔物じゃなくて、火狐族っていう神族の生き残りらしいよ」
「え、え、神族? って、何だろう?」
「さあ? あたしにもよくわからない」
「オレにもよくわからん」
「???」
緑色の目をめいいっぱい見開き、おさげをぶらぶら揺らしながらモカは心底不思議そうにルインを見つめた。アイラにもルインの正体というのはよくわからない。ただ、乗せて走ってくれるし、荷物もたくさん持ってくれるし、アイラの料理を美味しいと言って食べてくれる良きパートナーなのでそれで十分だった。特に正体を確かめようなどと思ったことはない。
「モカちゃんは、バベルの周辺について詳しいの?」
「お父さんとか、冒険者さんたちが話してくれる範囲でなら……」
「森に美味しい食材って他にもある?」
「酒場でよく使ってるのは、ファングボアとかレッドホークのお肉かな。珍しいのだと、クレソンマイルって魔物のお肉も美味しいよ。それから、ゾウガエルのお肉も結構人気があるよ! 魔蜂が集めてるネムリバナの蜂蜜は安眠効果があるから、蜂蜜酒にして夜に飲む冒険者さんが多いの。ヴェルーナ湿地帯の近くには鬼胡桃が生えてるけど、縄張りにしている魔物が手強いって聞いたことがあるかなあ」
「モカちゃん詳しいねえ」
「みんながいっぱい話してくれるから」
モカはカラフルベリーを摘みながら、照れたように、けど満更でもなさそうにはにかんだ。
二人でカラフルベリーを摘んでいたら、背後でモフモたちが目を覚ます音がした。一旦作業の手を中断して背後の空き地を振り返る。ルインも赤いベリーの木から離れ、モフモの群れに近づいた。口の周りを赤いベリーで真っ赤にしながら睨みを効かせるルインを見て恐れをなしたのか、それとも先ほどアンテナを切断されたので戦意が喪失したのか、起きる側から「モフ」「モフフッ」と独特の声を上げながらモフモは去って行った。ルインはそんなモフモをじーっと見つめたかと思うと、まだ気絶している赤い毛のモフモ一体に近寄り、バリバリと食べ始めた。
「美味しい?」
「いや。その娘が言った通り、全く旨味がない。噛みごたえは抜群だが……」
口からぺっと毛皮を吐き出しつつルインは言い、「口直しだ」と言って再び赤いカラフルベリーの木から実をかじり取ってムシャムシャし出した。
ポツポツと起きて逃げていくモフモの気配を背後に感じながら、小一時間ほどアイラとモカはせっせとカラフルベリーを摘み取った。持ってきていた袋五つと、モカのバスケットが満杯になったところでおしまいだ。
「終わったか?」
「うん。ルイン、口の周りが大変なことになってるよ」
オレンジと赤が混じった神秘的な色の毛が、赤いベリーの果汁のせいでもつれて汚れてしまっている。乾き始めているところはガビガビになって不自然な感じに固まっていた。
「む」
ルインはアイラの指摘を受け、舌でべろりと口の周りを舐めとった。
「どうだ」
「うーん……帰ったらお風呂かなぁ」
「何っ」
丸い大きな瞳をくわっと見開き、まだ気絶しているモフモを何匹か連れて帰って素材換金しようと企てるアイラの周囲に焦ったように付きまとい始めた。
「風呂はいやだぞ、風呂は!!」
「でもそんなベタベタした状態のままだと気持ち悪いじゃん」
「オレは気にしない!」
「あたしが気になるよ。虫とか寄ってくるかもしれないし」
「あのね、従魔用の洗い場がギルドの横にあるんだよ」
「そうなの? 情報ありがとうモカちゃん。やっぱり人の話も聞いた方がいいね」
「おいっ、オレはいやだ!」
「顔まわりだけでもいいから洗おうよ」
ごねるルインにカラフルベリーがぎっしりと入った袋をひっかけ、ついでに気絶するモフモも何匹かひっかけた。どうやら切ったアンテナの長さによって目覚めまでの時間が変わるらしい。起きたモフモたちはアンテナがすでに自動回復していたが、まだ寝ているのはそこまで伸びていない。運んでいる最中に目が覚めると厄介なので、もういちど根本からすっぱりアンテナ毛を切り落とし、それからモカをルインに跨らせた。
「じゃあ、バベルに帰ろう!」
「おー!」
「うぬぬぬ、パイは食べたいが風呂はいやだ……!」
元気よく拳を突き上げるアイラとモカとは対照的に、ルインは心の中で葛藤しながらもバベルに向かって歩き出してくれた。
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