第23話 甘いものが食べたい②

 先ほどギルドの酒場にいた、給仕の女の子モカ・ロングフェロー(七歳、七級冒険者)だ。なんだぁと思い警戒を解いたアイラに、モカはあどけない笑みを浮かべながら近づいて来た。腰に巻いた金属的な円盤の隙間から、なんだかもくもくとした煙を立ち上らせている。


「すっごい強い魔法の気配がしたと思って来てみたら、先ほどのお客さんだったんだ!」

「モカちゃんはこんな森の中で何してるの?」

「クロスグリの実の採取。ほら」


 モカはそう言いながら手にしているバスケットを掲げた。確かにそこには、小粒の黒い実が入っている。


「あっちで採取してたの」

「一人で?」


 周囲に他の人間の気配がないことからそう尋ねると、モカはコクリと頷いた。


「うん。この辺りの魔物はあんまり強くないし、虫除けも獣避けも焚いてるから。それにもう冒険者だから、一人で来るの」


 なるほど、腰のもくもくしている煙は虫と獣の魔物よけだったのか。

 モカはアイラのことを緑色の瞳を輝かせながら見つめ、言葉を続ける。


「ねえ、さっきの水柱、お姉さんの魔法だよね。すごいね! ほんとに強い冒険者だったんだ。何級なの?」

「二級だよ」

「えっ、二級!? す、すごい。お姉さん、お名前は?」

「アイラ。こっちは火狐のルイン」

「へえ、アイラさんに、ルインさん!」


 モカはクロスグリの入ったバスケットをもじもじと指でいじりながら、ちょっと小首を傾げた。


「アイラさん、今朝、料理人って言ってたよね。料理人ってことは、美味しかったり珍しい食材が好きだったりする?」

「大好き。っていうか、そういうものに命をかけ生きてる」


 即答したアイラに安心したのか、モカはバスケットを両手で強く握りしめながらアイラに言った。


「あのね、じゃあ、もしアイラさんとルインさんがよかったらなんだけど、すっごく美味しい果物が森の奥にあるんだけど、一緒に採りに行って欲しいなって。そこにはモフモって魔物がいて、わたし一人じゃあ敵わないんだけど、二級冒険者のアイラさんなら全然へっちゃらだから」

「どんな果物?」

「カラフルベリーって言って、クロスグリくらいの実がたくさん実る植物なんだけど、いろんな色があって、色ごとに味が微妙に違うの。甘いから砂糖を使わなくってもいいし、煮込んでジャムにして、パンにつけたりパイの具材にもピッタリなんだ」


 モカの話を聞いたアイラは、カラフルベリーにがぜん興味が沸いた。


「パイにも!? 実はあたし、甘いものが食べたくて仕方がなくって、今日はパイを作ろうと決めてたんだ。そのカラフルベリーの群生地まで是非とも案内してもらえない?」

「えっ、本当に、行ってくれるの?」

「行く行く。美味しいものがあると知れば、行かない手はない!」


 アイラはモカを抱き上げて、水属性の結界魔法で全身を包んだ後、ルインの上に乗せた。


「森の奥に行くなら、危ないからルインにしっかりしがみついててね」

「うん、ありがとう」

「じゃ、カラフルベリー採取に出発!」


 アイラは元気よく声を上げ、モカの指示に従って歩き出す。


「モカちゃんはカラフルベリーの採取に行ったことあるの?」

「うん。前にお父さんと一緒に。モフモはいっぱいいるし、そこに行くまでにも魔物がいっぱいいたから危険なんだけど、勉強になるからって連れて行ってくれたの。バベルに住んでる以上、少しは危機にも慣れておいた方がいいって言われて」

「なるほどねぇ」


 アイラは返事をしながら、さっそく襲いかかって来たバッタに似た大型昆虫魔物を返り討ちにした。森の深いところに行くに連れ魔物は段々と強さを増して来ていて、無傷で追い返すのは難しい。足の一本を焼け焦がして落としたバッタ型魔物が木の上に去っていくのを見つめつつ、アイラは警戒を怠らないままにモカとの会話を続けていた。モカは二級冒険者と一緒なのですっかり安心しきっているのか、ルインの毛を触りながら「もしゃもしゃ!」と喜んでいる。

 モカはポケットから取り出した方位磁石で時々方向を確かめながらアイラたちを誘導した。


「カラフルベリーはギリワディ大森林の北東の方角に生えてるんだよ。段々昆虫型じゃなくて、毛の生えた獣型の魔物が出てくるようになったら近いんだ」


 モカのいう通り、出没する魔物は獣型に変わりつつあった。猪型の魔物を軽くいなしつつ、猪鍋を食べたいなぁと考えながら、アイラはモカの案内に従って更に森の深くへと足を踏み入れた。


「あっ、いた。あれがモフモだよ」

「なるほど、あれがモフモね」

「丸っこいやつだな」


 モカが木立の合間から離れた場所を指差して言うので、アイラとルインが相槌を打った。

 モフモは、名前の通りなんかモフモフした球体状の魔物だった。個体によって色合いが違い、赤いのもいれば黄色いの、青いの、緑色のもいる。実にカラフルだ。フサフサの毛が全身を覆っており、どこに目があるのかわからない。それどころか手足も見当たらず、一本飛び出した長い毛の先に小さな丸い毛玉がついている以外、なんの特徴もない。上下左右に弾みながら移動する様子は毛むくじゃらのボールが跳ね回っているように見えた。


「そんな強そうに見えないけど」

「見た目はね! でもすっごい凶暴で、縄張りに入った途端に攻撃してくるから気をつけて」


 アイラはモフモが大量に跳ね回っている先に、カラフルな実が鈴なりになっている低木を見つけた。十中八九、あれがカラフルベリーに違いない。手に入れるためにはこの魔物がうじゃうじゃいる場所を通り抜けるほかなさそうだった。


「ちなみにモフモって、食べられる?」

「え? ううん。全然美味しくないから食べられるところはないよ。あ、でも、毛皮は魔法耐性があるから、いい値段で売れるの」

「そっか。弱点知ってる?」

「ええっと、確か……あのアンテナみたいに飛び出してる毛玉を切っちゃうと気絶して大人しくなるって、お父さんが言ってた。けど、見た目より頑丈で、あの毛は実は鋼鉄みたいに硬いって、お父さんが……。切り飛ばすのは三級以上の冒険者で、職業が剣士とか斧使いとかじゃないと無理だって」

「よし……わかった。情報ありがとう。モカは危ないから、ルインと一緒にこの場所で待ってて」

「う、うん」

「気をつけろよ、アイラ」


 アイラはモカとルインの返事を聞き、立ち上がると、軽く腕を伸ばしてストレッチをしてから茂みから出てモフモの縄張りへと足を踏み出した。

 途端、モフモたちの動きが止まった。飛び出した毛先の毛玉が震え、アイラの方を向いたかと思うと、全身の毛がハリネズミのように硬化して、魔力を纏った。示し合わせたかのように一斉にアイラに向かって飛びかかって来る。


「モフ!」

「モフフ!!」


 殺到する毛むくじゃらの丸い魔物の群れは、それぞれが魔法を使っている。アイラは迫り来る毛玉たちを、水色の瞳で冷静に見つめた。


「個体によって属性が違う……毛の色と同じ属性魔法を使える?」


 赤い毛のモフモは炎を纏い、青い毛のモフモは水を纏っている。緑色の毛のは周囲にかまいたちのようなものを発生させているし、茶色の毛は地面を隆起させながら迫っていた。四色のカラフルな毛玉が、見た目からは想像つかない強力な魔法を使いつつ、そして高いモフモフという謎の叫び声を上げ、四方八方から迫ってくるのを眺めながら、アイラは右手に炎の魔法、左手に水の魔法を同時に展開した。どちらの魔法も中級魔法だ。炎の塊と水の塊がアイラの手の上で逆巻き渦を巻く。モフモが殺到する最中、アイラは二つの魔法を融合した。

 二つの魔法がぶつかった瞬間、水蒸気が発生した。周囲はけぶる細かな水飛沫で一杯となり、一時的に視界が悪くなる。二属性を融合して発生させた霧は、魔力を伴い敵を撹乱する。アイラはブーツのつま先で地を蹴って、高く跳躍した。

 霧から飛び出したアイラは、霧の中で魔法が光るのが見えた。モフモが使用する魔法だ。燃えていたり水が跳ねたり風が空を切ったりと、非常に忙しない。カラフルな閃光が飛び交う中、アイラは腰のファントムクリーバーを抜いて構えた。炎の魔法で刀身を覆う。込める魔力を多めにして、炎耐性のあるモフモにも容易く防げないようにした。

 地面に降り立つ直前にクリーバーを両手で握って戦闘態勢を整える。

 霧によって目の前が見えず混乱するモフモ軍団に突っ込んでいったアイラは、その視界の悪さに構わず、まず手近にいる一匹の毛玉めがけてクリーバーを振るった。見た目はただの毛にしか見えないのに、当たった時の手応えの鈍さが凄まじい。確かに鋼鉄にぶつかったかのようだった。だが、ドラゴンの逆鱗よりかは遥かに柔い。アイラは力任せにクリーバーを振り抜き、毛玉を斬り飛ばした。


「モフッ!」


 モフモは高い鳴き声をあげ、動かなくなった。アイラは油断せず次々にモフモのアンテナ毛玉を切断していく。その度にモフモはモフモフ鳴き、力を失いその場にボテッと倒れた。

 霧が晴れた時には、動いているモフモはほぼいなかった。

 アイラが力任せに斬り飛ばした毛玉が転々と転がり、モフモ本体は目を×にして気絶している。まだやられていないモフモは、仲間たちの惨状を見て慌て、アイラを畏怖の目で見上げてから森の奥へと去って行った。アイラはファントムクリーバーを腰のベルトの間に納めた。

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