第22話 甘いものが食べたい①

甘い物を食べよう。一口に甘い物と言っても、そこには色々な種類がある。スイーツというのは奥が深い。

 アイラはなんの勝算もなくギリワディ大森林に出て来たわけではなかった。

「モカちゃんがさ、クロスグリの実があるって言ってたじゃん?」

「そうだな」

「だからクロスグリの実を大量採取して、パイを作ろうと思うわけなのよ」

「なるほど」

 冒険者ギルド酒場の給仕係モカちゃん(七歳)が言うには、七級冒険者になる時にクロスグリの実を採取したとのことだった。五歳のモカが採れる物なら、アイラにだって容易く見つけられるだろう。

 クロスグリの実は主に森に群生している。指でつまめるほど小さく、わずかに苦味のある実で、使用用途は広い。ジャム、ゼリー、アイス、アルコールやリキュールにも使われる他、干して保存した物をクッキーやマドレーヌなどに混ぜたりもする。

 とにかく汎用性が高いので、重宝する果実だった。

「いっぱい取ってジャムにしたりパイにしたりするんだ。ついでに魔物も狩ってくればまた素材を売ってお金にも変えられるし。繰り返せば、どんな魔物がどれくらいの価値があるかわかるようになるでしょ?」

「なるほどな」

「どうせ来たばっかりで時間はたくさんあるんだから、のんびりゆっくりやればいいよ」

 アイラは森の極浅い部分を歩きながらそう言った。

 おそらくギルドや酒場で情報を集めればもっと効率が良い方法を得られるのだろうが、アイラはあえてそうしたことをしなかった。

 シーカーに育てられたアイラは、自分の足を動かし目で見て確かめる方を好む。慎重にやるより未知に飛び込んでいく方が好きだ。

 冒険者に育てられた割には冒険者的な常識を知らないアイラは、シーカーと旅していた時やダストクレストでのやり方を踏襲し、とりあえず都市の外に飛び出して目当てのクロスグリの実を探しつつ、ついでに手当たり次第に魔物を狩ってお金に変えようと考えた。

 ギリワディ大森林は、相変わらず日中にもかかわらず薄暗い。しかし昨日とは違い、バベルが見える距離の森のほんの入り口付近を探索しているせいか、まだしも光が差し込んでいた。光を吸収した苔や燐光スズランが淡い明かりを発していて、薄ぼんやりとした森の輪郭がアイラの右目から視界に入ってくる。

「ギギッ」「ギッ」

 時折聞こえてくる威嚇的な鳴き声は、森に棲む魔物のものだろう。森には昆虫型の魔物が多い。アイラが首を真上に向けると、そこには案の定、巨大なカマキリのような魔物がいて、昆虫特有の巨大な目をアイラに向け、しきりにガチガチと歯を鳴らしていた。アイラは眉を顰める。

「昆虫系の魔物は食べられないから、好きじゃない。気持ち悪いし」

 右手の拳を軽くグーパーと握ったり開いたりしてから、天に掌を突き上げる。魔力を収束、凝縮、解放。爆音とともに水の塊が噴き上がり、周囲の木々の幹ほどもある太さの水柱が立ち上った。水柱はアイラの真上の木々の葉に直撃し、衝突、破裂する。枝葉を折って撒き散らし、水飛沫と共に落下し、一帯が水浸しになった。まるでこの辺りにだけ突発的で限定的な嵐が来たかのような有様だ。アイラは自分達に被害が及ばないよう、同時に半球体の結界を展開した。

「ゲッ」「ゲェッ」

 人間とは確実に異なる音を発しながら、ガサガサと蜘蛛の子を散らすように魔物が散り散りになる音が聞こえた。満足したアイラは、右手を下ろす。

「要らない戦いを避けるためには、実力差を見せつけるのが一番だよね」

「圧倒的強者を前にすれば、本能的に魔物は逃げてゆくからな」

 シーカーに教わった、無用な戦いを避ける方法だ。これで周辺の低レベルな魔物は寄ってこないだろう。

「とりあえずクロスグリの採取に全力を注ごう!」

「うむ、オレの鼻によると、クロスグリの匂いはも少し奥から漂ってくる……」

 ルインが首を回らせてのしのしと歩みを進めるか進めないかしないうちに、後方の茂みがガサガサと音を立てた。また新たな魔物の出現か、あれほどの力を見せておきながら懲りないなぁ、と思いつつアイラが密かにファントムクリーバーの柄を握り攻撃体勢をとっていると、茂みからオレンジ色の髪がぴょこっと飛び出し、続いて赤いエプロンワンピースを着た女の子が現れた。

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