第21話 バベルの内部⑤

 16階の雰囲気は、アイラが行ったことのある街の市場と変わりなかった。広い円形の広場に、雑多にテントが張り巡らされ、そこで品々が売られている。店を覗いてみたところ、魔物を解体した素材がメインで魔導具のように加工されたものは売られていなかった。


「魔導具をお探し? そんなら20階だよ」と言われたので、アイラたちは元来た道を戻って再び階段を上る。


 20階は蛇行した道が網の目のように張り巡らされており、両側に床や天井と同色の店がびっしりと軒を連ねていた。ひしめく店はどこもかしこも何らかの魔導具を売っているようだった。魔導具は魔石を使ったもの全般を指すので、日用生活品から武器、防具、アイラが探している特殊な用途を持った品まで様々だ。


「どの店に入るんだ?」

「どの店にしようかな」


 あてもなく20階をウロウロしたアイラだったが、やがて一軒の魔導具用品店の前で足を止めて中へと入る。フロアの一番隅にある、色味などは他の店と同じなのに半分崩壊しているような外観の店だった。ショーウインドウすら存在しない。アイラはダストクレストの建物を彷彿とさせる、こうしたぼろい店が好きだ。なので一番親近感が湧いたその店に迷うことなく入ることにした。


「狭そうな店だからオレはここで待ってる」

「うん」


 店の前に寝そべったルインを置き去りに、アイラは店の扉に手を掛ける。

 店内は埃とカビと金属の匂いが充満していて、陳列棚に雑多な品々が詰め込まれていた。

 望遠鏡、双眼鏡、金の懐中時計、砂時計、ペンデュラム。全てに魔石が嵌まっていることから、普通のものではないことは明らかだった。


「何か探しもの?」


 アイラが店内を見回していると、店の奥から声がした。振り返ると、カウンターの奥に人がいた。まだらに金色が混じった黒髪をボブカットにしている、アイラとあまり歳が変わらなさそうな女の子だった。右目が金色、左目が黒色で、そんな風に目の色が違う人間は今までに見たことがない。あまり愛想が良いとは言えない、眠そうな顔をした店員だった。


「鑑定魔導具を探してるんだけど」

「それはお目が高い。店の奥の右の棚にあるよ」


 店員は言いながら、アイラがつけているのと似たような革の手袋を嵌めた手で店の奥を指差した。指示に従い、アイラは体を横向きにしてかろうじて通れる幅の通路をカニ歩きした。胴体は通るのだが胸が棚から飛び出した商品に時々かすめる。物を落とさないように慎重に進み、鑑定魔導具が置いてある一角へと到達した。


「思ったよりいっぱいあるなぁ」


 アイラが目を落とした先には、いわゆる拡大鏡のようなものから虫眼鏡のように持ち手がついたもの、据え置き型で四角く画面が大きいものまで様々な鑑定魔導具が並んでいた。店の奥から、姿は見えないのだが店員の眠そうな声がする。


「据え置き型鑑定魔導具は大きめの一級魔石を使っていて、持ち運びには不便だけど鑑定結果が返ってくるまでの時間がたったの三秒。鑑定対象のありとあらゆる情報が開示される。金貨一万枚」

「いちまんっ!?」


 あまりの高額にアイラの声が裏返った。


「えっと、探索時に使うから持ち運びできるタイプがいいんだけど」

「そしたら虫眼鏡型か拡大鏡型がおすすめ」


 アイラは虫眼鏡型の鑑定魔導具を眺めた。取っ手とレンズの間の部分に小指の爪ほどの白い魔石が嵌まっていた。小さな値札がついているのでひっくり返して見てみたら、金貨五千枚と書いてあった。


「高……」


 アイラはそこにある鑑定魔導具の値札という値札全てをひっくり返して値段を確認した。結果、最低価格は金貨二五百枚だった。高すぎる。物価高騰もかくやというほどだ。この店で鑑定魔導具を買うためには、ジャイアントドラゴンを少なくともあと四頭は倒す必要がある。

「どう? お気に召したものはあった?」


 店の奥から出て来たアイラに、カウンターで片肘をついてうつらうつらしていた店員が尋ねてくる。アイラは首を横に振った。


「高すぎて無理」


 店員は猫のような笑い声を漏らした。


「いいこと教えてあげよっか? 鑑定魔導具を売ってる店は他にもあるけど、ウチが一番安いよ」


 この言葉をアイラは鵜呑みにはしなかった。ダストクレストで暮らした経験上、商売人もしくは詐欺師は自分に有利なことしか言わないと知っていた。隈無く探せば他にもっと安い鑑定魔導具を売ってる店があるかもしれない。店員はアイラの心情を見抜いているようだった。


「あ、信じてないね? じゃあもう一個、教えてあげる。必要な素材さえ持って来てくれたら、工房でアンタのためにオリジナルの魔導具をウチが作ってあげるよ。もちろん、素材提供してくれる分、既製品を買うより安くなる」

「なるほどね、親切にありがとう」


 アイラは愛想よくそう言ってから、踵を返して店の出口に向かって歩く。


「もしその気になったら、またおいで」


 そんな声を背中に受け、最後に振り向き店員に手を振った。店員はカウンターに肘をついたまま眠り込もうとしているところだった。


「どうだった?」

「最低価格、金貨二千五百枚」

「それはまた随分な大金だな」

「ほんとにね」


 店の前にいたルインにそう言われ、アイラは同意した。

 ただ、店員が嘘を言っていないことが、その他の店を見て回った結果わかった。魔導具はどれもこれも高額なのだが、鑑定魔導具はその中でもズバ抜けた高額商品だった。どの店でも金貨二千枚以上。凄まじいお値段だ。とてもではないが、気軽に手に入れられる代物ではない。


「ひとまず鑑定魔導具のことは後回しにした方が良さそう」

「そうだな。しかしそれでは、どうやってこの地域の食材を判別するんだ?」

「選択肢は二つに一つだと思う。しばらくは他の冒険者にくっついて回るか……手当たり次第食べてみるか」

「なるほど」


 ルインは厳かに頷いてから、言った。


「手当たり次第食べてみよう」

「そうだね」


 アイラは、ルインの考えに乗っかった。


「まあ、なんとかなるだろう。オレ、腹丈夫だし」

「あたしもお腹は丈夫な方だから多分なんとかなると思う。それでさぁ、次に食べたい物なんだけどさ」

「うむ」

「甘いものが食べたいんだけど」

「うむ!」


 ルインの明るい瞳の中に、ボッと炎が燃えた気がした。


「オレもそう思っていたところだ。甘いもの!」

「だよね? 甘いもの食べたいよね?」


 なにせバベルまでの道中では、甘いものを食べる余裕なんてまるでなかった。心ゆくまで甘味を味わいたい。


「よし……何かデザートになるものを、探しに行こう!」

「うむ!」


 そんなわけでアイラとルインは、再びギリワディ大森林に向かうという方向で話をまとめた。

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