第26話 作ろう! カラフルベリーのポットパイ①
バベル内部に無事帰ってきた一向。冒険者ギルドまで転移すると、モカはルインの背からいそいそと降りてアイラとルインに向かってペコリとお辞儀をした。
「アイラさん、ルインさん、今日はどうもありがとう!」
「んーん。こっちこそ、色々と教えてもらえて助かっちゃった」
「またメシを食いに行く」
「うん、楽しみに待ってるから!」
じゃあ、と手を振ったモカはバスケットを手にしてギルドの奥にある階段めがけて走って行った。一つ上の階の酒場に行き、早速父親に採ってきたばかりのカラフルベリーを見せるに違いない。
「あたしたちも早く料理しないとね」
「うむ」
「でもその前に、他の材料も買いに行かないと。パイを作るから、色々と必要なものがあるし」
「うむぅ。早く食べたいのぅ」
「もうちょっと我慢我慢! とりあえずモフモとモモンガは、素材として渡しちゃおう」
アイラがカウンターに近づくと、ギルド職員の一人、すでにおなじみになりつつあるブレッドの姿があった。アイラは片手を上げて挨拶をしつつ、カウンターの上にどすんと気絶しているモフモとモモンガのちょん切られた首を置いた。
「こんにちは、ブレッドさん! 今日も素材持ってきたよ」
「こんにちは、アイラさん。精が出ますね」
「そりゃあもう、来たばっかりでどんな美味しい食材があるのかなーって、ウズウズしてるから!」
「モフモとウィトティントですね。鑑定結果が出るのは明日になりますので、また探索前にでもお立ち寄りください」
「わかった」
「ウィトティントの胴体部分はご自分で使用しますか?」
「肉が美味しいって聞いたから、肉だけね。毛皮はあとでまた売りに来るよ」
「承知しました。お待ちしています。ひとまずはお預かりした魔物の鑑定の方を進めます」
「うん、よろしく。そうだ、ちょっと聞きたいんだけど、この塔の中で小麦粉とバター、それから食器ってどこに売ってる?」
「食料品の類は全て17階、雑貨は18階にあります」
「そっか。ありがとう!」
アイラはブレッドに素材鑑定を頼むと、次にパイ生地を作るのに必要な小麦粉とバターを入手するべく、階段を下りて17階へと向かった。
小麦粉には種類がある。ダストクレストのある国では、デア粉とアル粉と呼ばれていた。硬質小麦と軟質小麦で、この二つを混ぜないとパイ独特のサクッとした食感が作り出せない。
「売ってるといいなあ、デア粉とアル粉」
「うむ」
ルインと一緒にのしのしと食料品が売っているという17階を歩いた。魔導具店が軒を連ねていた20階と違い、17階には建物で構えている店がなかった。四本支柱で支えた天幕を張った簡易的なテントの下に品物を並べ、雑多に店がひしめいている。さながら外の広場の市場のようだった。雰囲気としては素材を解体して売っている16階に似ている。
アイラがチラチラ見て回ると、売っているのはおもに魔物の肉。たまに普通の家畜の肉がまざり、奥に行くほど加工された食品が売られているようだった。微妙に販売区域が決まっているらしく、曲がって次の通りに行くと野菜が売られている。アイラは足を止めて、カゴに詰め込まれて売られているにんじんやじゃがいもの値札を見た。
「野菜の方がお肉より値段が高い」
「そりゃあ、姉ちゃん、当たり前だ。肉は冒険者が外からどんどん持ち込んでくれるが、野菜はバベル内で育てているモンがほとんどだからな」
「そっかあ、そういう理由……」
店の人の話を聞いてアイラは納得した。モカの話によるとバベル内で栽培しているらしいが、確かに面積が限られているので作る量には限りがあるだろう。
「そうなると、小麦とバターもちょっと心配だなぁ」
アイラは通路を曲がって次の小道に入る。ここでは乳製品が売られていた。モカと変わらない年齢の男の子が、塊のバターを指差してアイラに愛想のいい笑みを向けてきた。
「センティコアの乳から作ったバターはどうだ?」
「ちょうだい」
「一塊で銀貨二十枚だ」
アイラが支払うと、店員の男の子は塊の少し黄色みがかったバターを油紙で包んでアイラに手渡した。
「またきてくれよ!」という様は、完全に一人前の店員だ。
「ここでもセンティコアなんだな」
「みたいだね。ちがう動物の乳になると出来具合が変わってきちゃうからよかった」
センティコアはダストクレスト周辺の街でも飼われていた牛の一種だ。オスにはツノと牙が生えていて、メスには牙はない。黄色みがかった乳を出し、味わいとしては濃厚で、料理に使うとコクが出る。パイを作るときには欠かせない材料の一つだ。
市場を見て回った結果、デア粉とアル粉もあったので、材料全てを手に入れたアイラは上機嫌で17階を後にして、次に18階へと向かった。
18階で買うものは、陶器の皿とマグ。
アイラはパイを作る時、パイ型なんて上等なものは使わない。そんな使用用途が限定されてしまうものをわざわざ買って置いておく気にはなれなかった。もっと汎用性の高いものが欲しい。
18階は16、17階よりももっと雑多な雰囲気だった。天幕すらなく、敷物を敷いてそこに商品を並べているだけの、店とも呼べないような店ばかりだ。その様子はさながらバザーのようだった。アイラは店を眺めつつ目当てのものがないかと探す。
「ちょっと深めの平皿で、汁物を入れても大丈夫な感じのお皿が欲しいな」
「お姉さん、お目が高いね。それならわたしが作ったこのお皿はどうかな!?」
アイラが市場を見て回っていたら、そんな風に唐突に声をかけられた。声をかけてきたのは、やはりモカと同じくらいの年齢の女の子だ。敷物の上に素焼きの皿をうずたかく積み上げており、あんまり積み上げすぎて上の方がグラグラ危なっかしく揺れていた。
「磁器土を使ったから、こんなに綺麗な白いお皿だよ。銀貨一枚でいいよ!」
「へえ、あなたが作ったの?」
「そう!」
女の子が胸を張って少し威張った。アイラはしゃがんでお皿の一枚を手に取り、しげしげと眺める。少し歪んではいるものの、おおよそ七、八歳の子が作ったとは思えないほど完成度の高い品だ。隣に置いてあるマグも、取手が少々歪だったが、飲み口が広めで使いやすそうな形をしていた。アイラが商品に興味を持ったせいか、女の子は敷居から身を乗り出して力説した。
「どれも自信作だよ。こないだギルドの酒場に十個納品したんだけど、出来がどんどん良くなってるって褒められたんだ。手先が器用だから、もう少ししたら魔導具作りも出来るだろうって!」
アイラはマグから女の子に視線を移す。キラキラした瞳でこちらを見ている女の子の、嘘偽りのない本音の言葉。アイラはにっと笑ってから手にしたマグを高々と掲げた。
「お皿を十個、マグを二個もらえる?」
「はいっ!」
女の子はアイラの言葉を聞いて、急いで積み上がっている皿を取るべく立ち上がった。
「大収穫、大収穫」
「全部あってよかったな」
「ほんとに!」
アイラは十枚の皿の上にマグを二つ乗せ、絶妙なバランスを取りながら41階の共同キッチンに向かっていた。バターと小麦粉はルインに括り付けてある。ルインの腹の脇には未だカラフルベリーとウィトティントというモモンガ似の魔物の胴体がぶら下がっているため、大荷物になっていた。早く下ろしてあげなければ。
まだ把握しきれていないバベル内で、どうにかこうにか転移魔法陣を乗り継いで41階までやってきた。
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