第17話 バベルの内部①

「あぁー、美味しかったぁ」

「ステーキは表面をコンガリ焼くに限るな」

「フライパンより鉄板だよね。鉄板借りられてよかった」


 心ゆくまでジャイアントドラゴンのステーキを堪能したアイラとルインの元に、クルトンを除く石匣の手のメンバーがやってきた。アイラは片手を上げて朗らかにお礼を言う。


「キッチン貸してくれてありがとう!」

「いえ、共同のキッチンですみません」

「借りられただけでありがたいよ。騒がしくしちゃってごめんね」


 アイラが周囲を見回すと、散開していく冒険者たちが口々に今晩の食事について話し込んでいた。「ドラゴンじゃなくても肉が……」「ステーキにするか」などの声が聞こえてくる。冒険者もお肉が好きなんだなぁと思った。やはり体を動かす仕事を生業としている分、肉を食べたくなるのだろう。

 自分が今夜一部の冒険者の間で肉祭りが開催される発端となったとは露とも思わず、アイラはそんな感想を抱く。

 リーダーのエマーベルに代わり、ツインテールに妙にヒラヒラした服を着た冒険者、シェリーが話しかけてきた。


「何だかぁ、ものすごく真剣に食べてましたねぇ」

「四十一日ぶりのお肉だから」

「四十一日……ということはもしかして、バベルまでは自力で来たんですかぁ?」

「そうだよ」

「えぇっ、すごいですねぇ……!」


 剣士のノルディッシュも目を見開き、「すごいなんてもんじゃねえ」と言っていた。あまりの驚きようにアイラは首を傾げた。


「他に来る手段あるの?」

「地上から行くのは危険すぎるのでぇ、普通はぁ、バベルと他の都市とを行き来する船か竜商隊に同行するんですよぉ」

「竜商隊はゴア砂漠上空を飛んでいくし、船はパルマンティア海を超えていくから徒歩で行くよりまだしも安全なんだ。徒歩でここまでくるのは、一級冒険者でも並大抵じゃねえぞ」

「あ、そうなんだ。皆徒歩で来るのかと思ってた」

「そんなことできるのはぁ、本当に一握りの実力者だけなんですよぉ!」

「確かに来るの、大変だったからねー。ね、ルイン」

「うむ。砂漠の暑さはアイラの結界魔法でどうにでもなったが、とにかく食料がないのがキツかったな」

「デザートワームとサボテンステーキしか食べてなかったもんねぇ」

「砂漠を越えて来たのか」


 剣士ノルディッシュの問いにアイラは頷いた。


「そう。ギスキアナ山脈を超えて、そっからずーっと砂漠。山脈の魔物はバロメッツかアルマジロン、砂漠はデザートワームだけ。ひどいと思わない? タンパク源が足りないのよ、タンパク源が!!」


 アイラは力説した。バロメッツは一見山羊のような魔物なのだが、本体は山羊ではなく下から生えている植物のほうで、山羊部分は獲物を誘き寄せるためのフェイクで食べると毒にあたって死ぬ。アルマジロンはくるんと丸くなると岩と見分けがつかなくなる魔物だ。ゴロゴロと体当たり攻撃してきて、地味に痛い。しかも食べるところがほとんどない。

 岩場に生えるわずかな木の実や草やくぼみに溜まった水で凌いだ二十日間は、両親と共にあてもなく放浪していた頃を思い起こさせた。

 その後の砂漠も山よりマシな食生活を送れていたとはお世辞にも言えない。


「それであの食欲だったんですね……」


 納得顔のエマーベルにアイラとルインは神妙な面持ちで頷いた。


「おそらくアイラさんたちは、デザートワームの生息地帯を通って来たのでしょう。黒く鎧の様に変質した皮膚を持つ、デザートワームグロウという魔物が根城にしているので、他の魔物は寄り付かないんですよ」

「どうりでデザートワーム以外に出てこなかったはずだわ」

「デザートワームグロウはジャイアントドラゴンと同じくらい強力で凶悪で波の冒険者なら倒すのに苦労する相手なのですが……」

「たしかに、硬かったねえ」

「その一言で済ませるなんて、さすが、本物の強者は貫禄が違う……」

 虚ろな目をして笑うエマーベルはさておき、アイラはお腹をさすって快活な声を出した。

「でも、ひとまずは満腹!」

「すみません、今更なのですがお二人のお名前は……」

「あ、あたしはアイラ。こっちは火狐族のルインね」

「アイラさんとルインさんは、この後はどうするつもりなんですか?」

「バベルに留まってここらの魔物を食べ尽くそうと思ってる。けど、素材の換金は明日だから、今日のところは野宿かな。今あたし、銅貨一枚も持ってないし」

「支払いが確実にできるのでしたら、一時宿泊所を利用できますよ」

「あ、そうなの?」

「はい。ギルドで手続きできるので、行って事情を説明すれば宿泊できます」

「いいこと聞いた! ありがとう!」

 アイラはエマーベルの手を取り、ブンブン振る。

「じゃあ、いつまでもいたら邪魔になるだろうし、もう行くね!」

「はい。この度は本当にありがとうございました!」

「っした!」

「この御恩は絶対に忘れませぇん!」


 石匣の手の面々に見送られ、アイラは間借りしていたキッチンからお暇する。

 アイラが滞在したバベル内部の居住区域は、一階同様の造りだった。大きな窓に鉄格子がはまり、床も壁も天井も黄土色の土を焼いて固めた煉瓦を積んでできている。広い廊下にはこれから出かける住民と、戻ってきた住民とが行き来していた。アイラはそんな人々を尻目にキョロキョロする。


「えーっと……冒険者ギルドに行くんだよね。とりあえず一階に転移して、それからまたギルドまでの転移魔法陣を見つけていけばいいかな?」


 どうやらこの都市内部は移動手段として転移魔法陣が利用されているらしく、目的地に行くまでの手順がちょっとややこしかった。

 ルインがちょうど前方に見えた階段をチラリと見てアイラに提案する。


「階段で行けばいいのではないか?」

「ここが何階で、ギルドが何階にあるのかわかってたらそうするんだけど……」


 アイラは転移魔法陣に乗っているだけなので、何階に何があるのかがさっぱりわかっていない。


「とりあえず一階まで降りて、ギルドに行って、色々説明を受けた方がいいかも」

「そうだな」


 頷くルインを伴って、アイラは階段横に設置されている転移魔法陣に乗り一階まで行ってから、ギルド行きの転移魔法陣に乗り、ようやく冒険者ギルドにたどり着くことができた。

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