第16話 ドラゴンステーキ ミディアムレアに焼いて②
バベルの塔の一室で、じゅーじゅーと肉の焼ける楽しい音が聞こえてくる。
煙と共になんとも言えない香ばしい匂いが漂ってきて、その匂いは猛烈に食欲をそそるものだった。
「わあー、見てよルイン! この美味しそうな焼け具合を!!」
「うむ、久しぶりの肉。早く食べたいな!」
エマーベルは快く、自分達が使っている、バベル内の居住区域にあるキッチンを貸してくれた。と言ってもこのキッチンは共同用のため、石匣の手以外のメンバーも集まってきていた。
キッチンは肉の匂いにつられた冒険者で満員だった。
「美味そうだな! なんの肉だ? 何、ジャイアントドラゴンの肉だと?」
「そりゃまた大物だな」
「明日には素材市場に出回るだろうから、俺も買ってきて料理しようかな」
「こうしちゃいられん、肉を買う用の金を稼いでこねえと」
などという声が聞こえてきた。
ワイワイガヤガヤ人が行き交い、いろんな情報を交換し合っていたが、アイラとルインの目はただひたすら肉に注がれている。
共同キッチンの鉄板は大きく、ジャイアントドラゴンのステーキを焼くのにピッタリだった。きっと大型の魔物の調理ができるよう、そして大人数用にキッチンが広めに作られているのだろう。
五センチの厚切りにして表面に塩を振ったドラゴンの肉を焼くのはこの上なく至福の時間だ。極上の肉をこんなに分厚く切って食べられるなんて、なんて贅沢なんだろう。
ジャイアントドラゴンの肉をミディアムレアに焼いていくのは、とても神経を使う行為だった。中心からは血が滴るくらいに、けれど表面はこんがり美味しく焼くのがポイントだ。焼きすぎると固くなってしまうので、本当に微細な火力調整が必要になる。
共同キッチンのコンロを魔法で慎重に火力調整しつつ焼くアイラ。コンロは魔導具なので、自動で火力を調整してくれるのだが、火魔法が得意なアイラはいつも自力でどうにかしていた。その方が意のままにできるので、そうしたほうが良い。
鉄板の上で焼ける肉と下で燃える炎のどちらにも気を配りながら、アイラの水色の瞳は至極真剣な色合いだった。
アイラとルインのテンションは密かに、しかし着実に最高潮に達しつつある。もはや口の中は、ステーキを求めて唾液でいっぱいだった。ステーキが食べたい。サボテンじゃなくってドラゴンのステーキが! 塩を振ってミディアムレアに焼いたドラゴンステーキが、食べたい!!
そしてアイラとルインにお待ちかねのその時がやってきた。
表面がこんがり焼けた、みるからに美味しそうな肉の塊。湯気を立てるそれをこれまた石匣の手から借りた皿に載せ、アイラとルインはごくりと生唾を飲み込んだ。
「「いただきます!!」」
二人は揃ってそう言うと、アイラはナイフとフォークを手に、ルインはそのまま肉に齧り付いた。
口に広がる、四十一日ぶりの肉の味。
ジャイアントドラゴンの肉は、赤身と脂身のバランスが絶妙で、実に美味しい逸品だった。表面の焦げる直前まで焼いたカリカリとした肉には塩気があり、内部は噛み締めると肉々しい味わいが楽しめる。
肉。肉だ。夢にまで見た、お肉の味だ。
アイラもルインも恍惚とした表情でしばし肉を堪能したあと、口の中からあっという間になくなってしまった肉をもっと食べるべく、すごい勢いで肉をかっ食らった。
肉は美味しい。肉は至福だ。肉さえあれば世界は平和になるだろう。
アイラとルインは肉しか求めていなかった。視界には肉しか入ってなかったし、お腹いっぱいに肉を食べること以外、何も考えていなかった。
だからアイラとルインを見守る、石匣の手を筆頭とした冒険者たちの会話なんて、まるで耳に入っていなかった。
アイラとルインの食事風景は、そのまま冒険者たちの胃袋を刺激し食欲をそそった。
実にいい食べっぷり。なんて美味しそうに食べるんだろう。
ドラゴン種の肉が美味しいと言うのは周知の事実だが、それにしたってこうも美味しそうに、しかも一心不乱に食べるものなのか。ジャイアントドラゴンの肉というのは、どれ程までに美味しいのか。一口でいいから食べてみたい。いかに高額だろうと、一切れくらいならば買えるだろうか。素材市場にどれほどまでに卸したのだろう。何? 今目の前にいる冒険者が、ジャイアントドラゴンを討伐して、尻尾の肉以外は全部買い取りに出した? なんという幸運! それなら明日は、大量のジャイアントドラゴンの肉が出回るじゃないか! 買わないと! そしてステーキにしないと! 明日はドラゴン肉のステーキ祭りだ!!
アイラの背後で冒険者たちが盛り上がりに盛り上がっているのだが、アイラの耳には届かない。
巨大な尻尾の肉を全て食べきったところで、ようやく満腹になったアイラとルインは、大きく伸びをした。
「っっっはーーーー! 美味しかったぁぁぁ!!」
「だな!!」
四十一日ぶりに肉を堪能したアイラは、心の底から満足して声を上げた。
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