第15話 ドラゴンステーキ ミディアムレアに焼いて①

 バベルの一階に冒険者ギルドの制服を着た職員が十人ほど集まっていた。

 その中には最初にアイラたちを案内してくれたブレッドも混じっている。皆が皆、ジャイアントドラゴンを囲んで話し込み、そしてアイラとルインを信じられないものをみる目つきで見つめていた。

 ジャイアントドラゴンを引きずってバベルまで戻ってきたところ、門兵二人は顎が外れるんじゃないかと言うほど驚き、確実に絶命しているのを確かめてから、ギルド職員を呼び出した。駆けつけたギルド職員たちもびっくり仰天しつつ、とにかく貴重なドラゴンを一刻も早く新鮮なうちに解体するために門を全開にしてバベルの一階へとアイラたちを招き入れた。

 一階から十階までは吹き抜けのだだっ広い円形の部屋となっており、どうやら魔物の解体・処理をするための場所であるらしい。ギルドにいた人々とは異なるつなぎの作業服を着た大勢の人が忙しなく働いていた。

 その中にジャイアントドラゴンが運び込まれるや否や皆の目が一斉に釘付けになり、その横たえられた巨大な死骸をしげしげと見つめていた。

「これはまさか、ジャイアントドラゴンじゃねえか?」

「まさかジャイアントドラゴンを仕留めるとは……」

「しかも驚くほど損傷が少ない。顎下の鱗を一撃で貫いている」

「おまけに腐敗しないように傷口が氷漬けにされ、運搬時に傷がつかないよう結界で覆われていたようだ」

「神業だ……一級冒険者の中でも、一体何人がこれほど鮮やかにジャイアントドラゴンを仕留められるやら」

 賞賛とわずかながらの疑惑の目を向けられても、アイラとルインは全く気にしない。

「やあー、久々にお肉が食べられると思って、あたしもルインも本気だしたんだよ。ねっ、ルイン?」

「うむ! なにしろアイラが焼くステーキは絶品だからな。オレがアイラについていくことを決めたのは、飯がシーカーより美味いからに他ならない」

「あ、やっぱり? だと思ったよ!」

「シーカーは食えれば良いと考えている節があるからな。煮込みか串焼きの二択だ」

「わかる。それも美味しいんだけどね」

「もう一工夫あるとより美味になると知ってしまったからな」

 アイラは命の恩人で魔法を教えてくれたシーカーが大好きだし尊敬しているが、料理に関していうならば、ダストクレストの料理人たちのほうが上手だった。彼らは食に関して創意工夫を施しており、どんな素材だろうと美味しく食べてやるという執念を感じた。そしてそれは、幼少期に極貧生活を送り空腹に喘いでいたアイラにも通じる執念だった。腹が満たされれば満足なのは確かだが、どうせならもっともっと美味しく食べたい。そしてその方法を知りたい。

 アイラの前にブレッドがやって来た。メガネの奥にあからさまに困惑の表情が浮かんでいる。こういう顔は、ダストクレストに住み始めた当初よく見られた。「こんなチビガキが凶悪な魔物を倒せるわけねえだろ」とでも言いたそうな顔だ。アイラはニコニコしながらブレッドを見上げ、彼が何か言うのを待った。


「あーっと、アイラさん。確かにジャイアントドラゴンの棘の採取依頼は達成ということで……冒険者登録をいたします」

「やったぁ!」


 アイラは拳を上げて快哉を叫んだ。


「それで、素材なのですが、すべてを我々ギルドの方で買い取る形でよろしいですか? それとも一部ご自身でもお使いになりますか」

「尻尾の肉だけ食べるから欲しいな。あとは要らないから買い取りで」

「承知しました。では、肉部位以外の鱗と皮を削ぐので、少々お待ちくださ……」

「待った!!」


 ブレッドの言葉をアイラは大声で遮る。ブレッドは指示を出そうと手を上げたままかたまった。


「尻尾部分の鱗取りと皮剥ぎはあたしがやるから!」

「左様ですか。それは失礼いたしました」


 ブレッドが一歩下がって道を譲ってくれたので、アイラは自ら仕留めたジャイアントドラゴンの前まで行く。

 ドラゴンの肉はどこもかしこも美味しいのだが、とりわけ美味なのは尻尾の部位だ。特にお尻の骨周りについているテールは絶品である。プリッとした食感、脂のノリ具合、どこをとっても完璧だ。どこを食べるかと聞かれたら、尻尾の肉とアイラは即答する。

 そして食べる以上、処理の段階から自分でやりたい。

 鱗取りも皮剥ぎも、どちらも一歩間違えると可食部に傷を与えかねないので慎重にやる必要がある。アイラは腰のベルトからファントムクリーバーを引き抜いた。

 アイラは複数の調理用包丁を持ち歩いている。

 一本は大きめの獲物を屠殺・解体するためのファントムクリーバー。これは魔鉱石とよばれる魔力に耐性がある鉱石から作られていて、刃渡りは四十センチほどある。

 一本は野菜や処理を済ませた肉などを調理するためのごく一般的な包丁。鋼製で刃渡りは二十センチほどだ。

 残る一本は野菜の皮剥き果物などを切る時に使うペティナイフ。こちらも鋼製で刃渡り十センチの小さめのナイフだ。

 最後に特殊な波状の刃を持つ細長いパン切り包丁。これさえあればパンだろうが具を挟んだサンドイッチだろうがぺしゃんこにならず綺麗に切れる。

 四本の刃物でどんな食材でも自在に調理するアイラであるが、基本的にはファントムクリーバーを使うことが多い。今回もそうだ。

 まずは氷魔法を刀身に付与したクリーバーで、胴体と尻尾を切り離すのだが、獲物がデカすぎるのでジャンプしなければならない。


「はあっ!」


 気合いの短い一声と共に腰を落としてぐっと足に力を込め跳躍、そのままクリーバーを頭上まで振り上げてから勢いよく下ろせば、スパッと切れ味良く尾は胴体から切り離され、地面すれすれで刃の勢いを殺して土に刃がめり込むのを防いだ。

 おぉ、というどよめきと賞賛の声が周囲から漏れた。


「すごい……ジャイアントドラゴンの鱗が一撃で切り落とされた……」

「しかも切り口が凍り付いていて、損傷を抑えている」

「なるほどこれなら、ジャイアントドラゴンを仕留めたのも納得の腕前だな」


 アイラはギルド職員の声を右から左に聞き流しつつ、鱗取りにとりかかった。

 尾の断面にはうっすらと霜がついている。あまりバキバキに凍らせても無意味なので、最低限の冷凍措置しかしていない。

 ドラゴンは鱗、皮、肉という三段階で内部組織を守っていて、ゆえに体内まで攻撃が通りにくく厄介な魔物だ。そして肉を食べたければまず鱗をきれいに剥がしてから皮を取る必要がある。ドラゴンの皮は硬すぎるので食べるのは不可能だった。

 鱗は一枚一枚剥がす方法と一度に剥がす方法の二種類が存在している。アイラは後者を好んでいた。なぜならば一枚ずつ剥がすのは時間がかかって仕方がないし、皮や、場合によっては肉も傷つける可能性があるからだ。

 そんなわけでアイラは、尾の断面をよく観察し鱗と皮の間のごく狭い部分に慎重にクリーバーを差し込んだ。鱗を取る場合、鱗の形によって取り方も変わってくる。ドラゴン種はだいたい六角形の鱗をしている。今回もそうだった。ぐっとクリーパーを直角になるように突き立て、鱗と鱗の切れ目にクリーバーを沿わせ、尾の付け根から先までと同じ長さになるようクリーバーに氷の刃を纏わせる。するとピーッと一直線の切り込みが入るので、あとはぐるりとクリーバーを一周させればおしまいだ。

 続く皮剥ぎも要領は同じだが、鱗と違って形などを気にしなくていい分鱗取りよりも容易い。

 アイラは皮剥ぎが得意だ。なぜならば、ダストクレストにいた犯罪者、皮剥ぎのロージーによってみっちりと仕込まれたからである。皮剥ぎのロージーは幼少期に親に「愛情表現」と称して皮を剥がれていたことが要因で、自身も人の皮を剥ぐことで陶酔感や満足感を得るようになってしまい、連続傷害罪でダストクレストに送り込まれた女性だった。アイラが魔物を狩るようになってからは魔物の皮を剥ぐことで人々に感謝、感心され、それによって自己肯定感を得られるようになり、人ではなく魔物の皮を剥ぐことを生き甲斐にするようになった。一流の皮剥ぎの腕前を持つロージーにアイラも皮の綺麗な剥ぎ方を教わった結果、アイラの皮剥ぎの腕前も向上したのだ。

 一枚の布のように美しく剥がれた鱗と皮を見て、ギルド職員たちは息を呑む。


「なんという鮮やかな手つき!」

「彼女は一体何級の冒険者なのだ? 何? まだ未登録?」

「討伐だけでなくこれほど解体にも長けているなんて、ギルド職員に欲しい人材だな」


 などという声を聞きつつ、アイラは綺麗に鱗と皮を取れたことに満足しながらブレッドを仰ぎ見た。


「この鱗と皮は使わないから、買い取ってもらってもいい?」

「はい、もちろんです。あまりにも大物なので……合計金額をお伝えするのは明日でもよろしいでしょうか」

「全然いいよ」


 アイラは頷いた。そしてつい今しがたアイラの手によって姿を現した肉を見つめる。綺麗に剥き出しになった肉の塊を前にすると、アイラのテンションが俄然あがった。さっきまでも高揚していたのだが、もう昂りが抑えられない。テンションマックスだ。


「はぁあああ……! 見て、見てルイン。 このお肉の色味! 死にたてほやほやの

鮮やかな赤身と、霜降りがかった白い脂肪! フレッシュなお肉ならではの色!」


「この肉を見るだけで、肉の旨さがわかるというものだな! 焼いて食おうではないか!」

「あっ」


 拳を突き上げ「イェーイ!」としていた状態のままアイラはかたまった。


「どうしたのだ?」

「……調理道具がなんにもないんだった」

「ヌッ」


 ルインの大きい目が満月のように見開かれた。


「ああああ! そうだったワァ!」

「どうしよう!? せめて鉄板がないとステーキが焼けないよ!! 素材を換金できるのは明日だし!」

「うぬぬぬ、明日までなど、待てぬ!」


 慌てふためいていたアイラとルインの耳に、「おーい!!」という声が聞こえてきた。バベル内部に通じる扉から、一人の冒険者が飛び出してくる。先ほどクルトンを担いで行った魔法使いだ。魔法使いはアイラの前で止まると、膝に手をつき息を整える。


「さきほど、窓からジャイアントドラゴンの巨体が見えたので、ギルドに行ったらここにいると聞きまして。先程は十分なお礼も言わずに走り去ってしまってすみません。僕は冒険者パーティ『石匣の手』リーダーのエマーベルと申します。貴女が来てくださったおかげで、僕たちは窮地を脱しました。死にかけていた仲間も聖職者に見せたおかげでなんとか助かりましたし、どうお礼をしていいやら。もし僕たちに出来ることがあったら、何なりとおっしゃってください」


 アタフタと礼を言うエマーベルと名乗った魔法使いをアイラはじっと見た。土色の瞳を持つ、アイラ同様十代後半と思しき魔法使いは、土属性魔法を操るのだろう。髪の色はごくありふれた茶色で、これは一般人と違わない。土属性を有する人は、小麦色の髪を持つブレッドや土色の瞳をしたエマーベルのように、ただの茶色とは異なる色素を持っている。


「じゃあ、早速お願いがあるんだけど」

「はい! なんでしょうか」

「鉄板持ってたら貸してくれないかな?」

「……はい?」

「鉄板」


 アイラは言いながら、今しがた切り出したばかりの肉の塊を高々と掲げた。


「このドラゴンの肉を、世にもまれなる絶品ステーキに焼き上げたいから!!」


 石匣の手のリーダーのエマーベルは、予想外のお願いに体を硬直させた。

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