第14話 VSジャイアントドラゴン③

「よぉっし、お肉ゲットだぁ!!」


 久方ぶりに食べられる極上の肉に、はやくも心を躍らせた。 

 仕留めた獲物の大きさに満足しながらルインから降り、しげしげと眺める。随分と大きい。横倒れになった巨体が巨木を押し倒してしまっている。ジャイアントドラゴンが倒れている部分の地面は若干沈んでおり、いかにドラゴンが重いかを物語っていた。ルインが着地したのはちょうどジャイアントドラゴンの腹あたりだ。全体的に緑色の鱗で覆われているジャイアントドラゴンだが、腹部分は白かった。この鱗一枚でも、武器や防具や錬金術の材料に使われるので、きっといい値段で売れるだろう。調理器具をまた一揃えしなければならないので、お金があればあるほどいい。アイラの心は浮き足だった。


「思ってたより大きかったね」

「オレが見たものよりもう一回りは大きい個体であったな。斬れて良かった」

「あたしのクリーバーに斬れない食材はないからね!」


 アイラは腰に収まっているクリーバーの柄に手をやり胸を反らした。

 その時、ジャイアントドラゴンの尾の方角から人の声が聞こえて来た。「クルトン!」「クルトン、今助ける!」「死なないでぇ、クルトン!!」という声だった。


「クルトン?」

「そういえばジャイアントドラゴンと接触する直前、人間の悲鳴が聞こえたな」

「確かに、言われてみればそうだったね。お肉のこと以外頭になかった」


 興味を惹かれたアイラが声のする方に近づいていく。

 クルトンというのは、あれか。パンを小指の爪ほどのサイズに切ってからもう一度揚げたり炒めたりしたもののことか。アイラはクルトンが好きだ。普通のサラダやスープにクルトンが載っていると、それだけでご馳走に見える。サクサクしたクルトンの歯ごたえも好きだし、スープを吸って味が染みているクルトンも好きだ。固くなってそのままだと美味しく食べられないパンが、まるで不死鳥の如くクルトンとして再び美味しく蘇る。なんという素敵な食べ物なのだろう、クルトン。


「ジャイアントドラゴンの戦闘に巻き込まれて、誰かがクルトンを落っことしたのかな」

「ふむ。可能性はありうる」

「あたしだったらクルトンを落としたら、確かに大騒ぎするからなぁ」

「水気を吸っていない限り、落としただけならまだ食べられるが、あれは小さいから森の中でバラバラになったら拾うのが大変だな」


 ルインとともに若干ズレた会話をしながらジャイアントドラゴンの体に沿って歩き尾までたどりつくと、そこには四人の冒険者と思しき人間がいた。一人は草むらに横たわっている。地面に滲み出た血を見るに、どうやら結構な重傷を負っているらしい。


「クルトン、しっかり!」

「応急処置はした……あとはバベルに着くまでなんとか持ち堪えてくれ!」

「クルトン、わたしたちがついてるから、がんばってぇ!」


 冒険者三人は、横たわっている男に向かってワァワァ励ましの言葉をかけていた。


「どうやらクルトンは人の名前っぽいね」

「のようだな」

「!? あ、あなたは……!」


 クルトンなる名前の青年をかついだ、腰に剣を帯びた冒険者の一人がアイラとルインの存在に気がついた。


「窮地を助けてくれて、ありがとうございます!」


 すると残る二人もアイラに向きなおり、頭を下げる。


「この御恩、一生忘れません」

「ありがとうございますぅ!」


 ローブを着て杖を持った魔法使いらしき冒険者が頭を上げ、アイラとしっかり目を合わせながら早口で続ける。


「本当でしたら然るべきお礼をするべきなのですが、我々の仲間の一人が重傷で、一刻も早くバベルに戻って治療をする必要があります。我々はバベルに滞在しているので、冒険者ギルドでまたお会いしましょう。その時、お礼をいたしますので! では!!」


 いうが早いが三人は、まるで空を飛ぶ飛竜のごとき速さでバベルの方角に向かって走り去った。残されたのはアイラとルイン、それにジャイアントドラゴンの巨大な亡骸だけだ。アイラは頬をぽりぽりと掻いた。


「行っちゃったね。成り行きだからお礼とかいらないんだけど……仲間が助かるといいねぇ」

「うむ」

「じゃああたしたちは、ドラゴン連れてバベルに戻ろうか」

「うむ」


 アイラとルインはジャイアントドラゴンの巨体を、尻尾を掴んで引きずり始めた。結界魔法でジャイアントドラゴンの体を覆い運搬時に傷がつかないよう保護してから、あとは力づくで引きずっていく。おおよそ八トンもある巨体をたったの一人と一匹で運ぶのは至難の業、というより普通は不可能なのだが、アイラとルインにかかればまあ運べなくもない。

 行きと違って帰りの道程は平和で静かなものだった。ジャイアントドラゴンの死体がひきずられるズルズルという音と、かなり頻繁に木にぶつかってガンゴンいう音以外、何も聞こえない。行きに追いかけて来たワイドエイプの群れも、他にいると思われる魔物もどこかに隠れてしまったらしく気配すら感じなかった。

 魔物というのは本能的に恐怖を感じ取るものなので、己よりも強い敵には絶対に立ち向かってこない。ジャイアントドラゴンというギリワディ大森林でもひときわ強大な魔物に打ち勝った相手になど挑まないのだ。これはデザートワームグロウの時と同じなのだが、久しぶりに肉を手に入れたアイラは何にも気がつかない。鼻歌混じりにジャイアントドラゴンの死体を引きずり、上機嫌でバベルへと向かっていた。


「おっ肉〜♪ おっ肉〜♪」

「うまいステーキになるのが楽しみだ」


 ルインまでも、これから食べるドラゴンステーキに思いを馳せて鋭い牙が並ぶ口からよだれを垂らしていた。

 そんな風に二人が苦労をものともしないで獲物を引きずりつつ歩いていくと、前方の木立の先にバベルの塔が見えてきた。

 近づくにつれ、塔の前にいる見張りの兵の顔が焦り、驚愕の色へと変わった。アイラはにこやかに挨拶をする。


「ジャイアントドラゴンのお肉採取が完了して、只今戻りました!」

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