第12話 VSジャイアントドラゴン①

「うっ、うわあああ! 助けてくれ!!」


 ギリワディ大森林に、男の悲鳴がこだました。得物の剣が半分にボッキリと折れた剣を手に全力で足を動かし逃げる。背後では、ズシーンズシーンと超巨大生物が悠々と歩く足音が聞こえてきた。


「くっ……! 思っていたより、硬い!」


 灰色のローブをはためかせた魔法使いの青年が、全身に汗を滲ませて息も絶え絶えに、それでも速度を緩めず走る。


「それに、速い……! 偵察時以上の速度だ!!」


 身軽な装いに身を包んだ男が、巨大生物の足の甲に向かって弓を射出したが、空いくらい簡単に硬い鱗に阻まれる。


「あんなに大きいとぉ、顔が見えないからぁ、わたしの魅了魔法で石化させることもできませぇん……!」


 亜麻色の長い髪をくるくるに巻いてツインテールにした少女がグスグスと鼻を鳴らしながら言った。彼女はこの過酷な森を旅するのに不似合いな、やたらヒラヒラとした服を身に纏っている。


「くそっ、ここで負けるわけにはいかねえ、なんとしてでもジャイアントドラゴンの棘一本、持って帰らないと……!」

「得物の剣が折れたのに、これ以上は無駄死に確実です、ノルディッシュ!」

「だがよ、エマーベル!」

「リーダー命令ですよ、ノルディッシュ!」


 強い口調で灰色のローブを着た魔法使いが言えば、剣士は渋い顔をする。


「俺もエマーベルの意見に賛成だ。悪い、事前情報が不足していた。斥候の名折れだぜ」


 軽装の男は弓を握りしめて悔しそうに顔を歪めた。


「クルトンのせいじゃ、ないよぉ。こんなにおっきいなんて誰にも想像できないもん」

「シェリー……」

「ねええ、ノル。エマ君のいう通り、ここは一度引いた方がいいよぉ。もう一度装備を整えて、それからもう一度挑もうっ?」


 剣士のノルディッシュは、ヒラヒラ服のツインテール少女の言葉を噛み締め、ゆっくり頷いた。


「……確かにその通りだ。頭に血が昇っていたようだぜ……すまない」


 残りの三人はホッとした顔になり、しかし直後にその表情を恐怖に歪めた。

 自分達を追っている魔物が、凄まじい雄叫びを上げた。絶対的覇者の上げるその声は人に原始的な恐怖を呼び起こさせ、命の危険を連想させ、防ぎようのない絶望感を与える。

 魔物の足が見えた。

 正確に言えば、足しか見ることができないのだ。

 周囲に林立する、大人十人が手を繋ぐほど太い幹の木、それ以上に大きな足は緑色の鱗にびっしり覆われ、先端には刃物よりも鋭い爪が五つ生えていてそれが地面を抉っている。足の先には胴体と頭がついているはずなのだが、四人のいる場所からはせいぜいが股下までしか見えなかった。

 ーーギリワディ大森林の主の一匹と言われる魔物、ジャイアントドラゴン。その全貌を人が視界にとらえることなど果たしてできるのだろうか。まして、倒すことなど。

 四人の足をすくませたジャイアントドラゴンの怒りの咆哮の後、ヒュッと空を切る音を鼓膜が捉えた直後、ノルディッシュの隣にいたはずの斥候クルトンが宙に舞った。


「がっ……!」

「クルトン!!」


 棘がびっしり生えた尾が飛んできた。

 視認できない!

 腹に刺さった棘がクルトンの体を貫通し、抜くこともままならずジャイアントドラゴンの尻尾に磔にされていた。ドラゴンの尾はクルトンごとしなり、鞭のような動きで、周囲の木々を器用に避けながら今度はエマーベルに肉薄する。


「鏡石結界!」


 エマーベルの展開した結界でドラゴンの尾をかろうじて弾いたが、同時に棘に刺さったままのクルトンまでもが弾かれて木に激突した。


「エマ君、やめて! クルトンが死んじゃうよ!」

「シェリー戻れ! お前まで巻き添えを食うぞ!」

「シェリー、戻りなさい!」


 ノルディッシュとエマーベルの必死の叫びも聞かず、シェリーは走り出した。その手に握られているのは、普通のものより装飾が多いかなり特殊な形状の杖だ。先端についた丸い魔石が輝きを帯び、石の両脇から白い翼が伸びる。

 かかれば必ず石化する、アイドルが使える魅了魔法。

 だが、ジャイアントドラゴンの視界に入るにはかなりの高さまで飛び上がらないといけない。

 クルトンを串刺しにしたままの尾が、今度はシェリーを犠牲にしようと迫る。無駄だと分かっていながらも、ノルディッシュは叫ばずにはいられなかった。


「ダメだ、やめろ、やめてくれ!!」


 もうあと二、三秒もすれば、シェリーの頭部はあの尾に穿たれてしまう。

 一体、どうしてこんなことに。

 絶望感に苛まれーー全ての場面がスローモーションに見えた。



 その日、冒険者パーティ「石匣せきばこの手」はジャイアントドラゴンの尾に生えている棘の採取という依頼を達成すべく、ギリワディ大森林へと足を踏み入れていた。

 故郷ではそこそこ名の知れたパーティである石匣せきばこの手は、四人組だ。リーダーである魔法使いのエマーベルを中心に、剣士のノルディッシュ、斥候のクルトン、アイドルのシェリーの四人全員が土属性魔法の使い手である。職種はともかく全員が同じ属性というのは一見バランスが悪そうだが、使い方を考えると最高の威力を発揮する。特に、四人の力を合わせて生み出す「石匣の魔法」の力は凄まじい。敵を石の牢獄に閉じ込め、地面に生き埋めにしたり牢獄の大きさを徐々に小さくしてぺしゃんこにするのだ。

 四人はパーティ結成以来順調に依頼をこなしてランクを上げ、全員が三級冒険者になったところで冒険者都市バベルへとやって来た。

 バベルは全冒険者にとって夢と憧れの都市である。

 強力な魔物が蠢き、未知との遭遇が約束されている土地というのは冒険者たちの心をくすぐる。そこで強力な魔物を討伐したり、最果ての地に隠されているという女神の宝を手に入れることができればーー一気に名が上がり、富も名声も獲得することができる。

 そんな夢を見た人々が集う場所がバベルだった。

 三ヶ月前にバベルへとやって来た石匣の手は、まずは土地に慣れようとギリワディ大森林の探索をしていた。

 ギリワディ大森林の複雑な地形は足を踏み入れた者を惑わせ、根元に生える魔法植物は近くにきた冒険者に幻覚を見せたり眠りへと誘ったりし、強力な魔物は容赦無く牙を剥く。極めて危険な森の探索を、石匣の手のメンバーは力を合わせて根気強く続けていた。

 そこに今回、冒険者ギルドからジャイアントドラゴンの棘の採取依頼がきた。ドラゴン種の棘には様々な用途がある。棘自体が金属のように硬いので加工すれば武器や防具に使えるし、粉末状にすれば錬金術の材料にもなる。

 ドラゴン種は非常に凶暴かつ凶悪。集めた情報によればジャイアントドラゴンは非常にジャイアントで、鱗は固く生半可な攻撃は通らず、一撃を防ぐだけでも一苦労らしい。三級冒険者の集まりである今現在の石匣の手ではまず勝てない相手である、とギルドの酒場にいる先輩冒険者に言われた。

 ただまあ、棘の一本を持ち帰るくらいならばどうにかなるだろう、という助言ももらった。ジャイアントドラゴンはとかくデカいためこちらを認識しにくく、気づかれる前にさっと近寄りさっと攻撃し棘を一本持ち帰るだけならそこまで難しくはないと。ただし一度気がつかれるとしつこく攻撃して来て踏み潰そうとするため、絶対に気づかれてはならないとも言われた。

 ならばまあ、なんとかなると思い、この依頼を引き受けたわけなのだが。

 結果は惨憺たる有様だった。

 引き抜こうとした棘は未だジャイアントドラゴンの尾にぶら下がったままで、のみならずこちらの仲間の一人が串刺しにされてしまった。

 シェリーは今にもドラゴンの尾に貫かれて死にそうだし、ノルディッシュとエマーベルの命も危うい。

 自分達の実力を見誤った。そしてそれは冒険者にとって何よりも致命的なことだ。

 ここで死ぬのか、全滅か。

 諦めかけたその時に、ノルディッシュは、シェリーとジャイアントドラゴンの間に第三者が割って入ってくるのを確かに見た。

 森を照らすわずかな光源である光苔、蛍草、燐光スズランの淡い幻想的な光に照らされて、白銀の毛並みの獣と燃えるような赤毛の人間が目に入った。ジャイアントドラゴンの尾を凍れる結界でいとも簡単に弾き飛ばし、美しい獣に乗った人間は場違いに明るく叫んだ。


「お肉だーーーーーっ!!!!」


 絶体絶命の救世主が発したにしては、かなり場違いな言葉だった。

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