第10話 ギリワディ大森林①

 肉。肉だ、お肉を食べよう。

 肉は世界を平和にする。ダストクレストの心荒んだ住人たちも、チキッブーの肉をお腹いっぱい食べるようになったら犯罪に手を染めなくなったし。

 チキッブーは鳥と豚どちらの特徴も持った魔物で、肉の味も鶏肉と豚肉のいいとこ取りをしたような味わいらしい。らしい、というのは、アイラが家畜の肉を食べたのは村が滅ぼされる前の五、六歳くらいの時の話なので、記憶が極めて曖昧だった。とはいえチキッブーは文句なしに美味しい。何せ狩り方を覚えたダストクレストの住人たちがこぞって狩って狩って狩り尽くして、界隈のチキッブーが絶滅するんじゃないかとアイラが心配したほどだった。

 チキッブーは汎用性の高い食材だった。煮てよし焼いてよし炒めてよし揚げてよし。何をしたって美味しい。野菜との相性もいい。ああ、考えているとまたチキッブーを食べたくなってきたのだが、今回はジャイアントドラゴンの肉である。

 アイラとルインは上機嫌でギリワディ大森林なる場所を闊歩する。


「それにしても、冒険者って細かいランク分けがあるんだね、全然知らなかったよ。シーカーはやっぱり一級冒険者だったのかな?」

「どうだろうな……あまりそうした区分けに頓着しない奴だから」


 アイラは身近にシーカーという冒険者がいたにも関わらず、冒険者界隈の制度について全く知らなかった。放浪中にシーカーがギルドに立ち寄ったことは一度もなかったし、ダストクレストには犯罪者は多くいれど冒険者はいなかったからだ。冒険者くずれの犯罪者もいなかった。


「ジャイアントドラゴン、どんな味なんだろうね」

「オレは一度相対したことがある。とにかく巨大な奴だから食べ応えがあったぞ」

「本当に? 楽しみ」

「以前は生のまま食うたものだが、アイラがどう料理するのが楽しみだ」

「ドラゴンって言ったらステーキだよね」

「うむ! 表面がカリッと、中がジュワッとした感じがたまらん」

「ジャイアントドラゴンの気配わかる?」

「ああ。北東の方角に行った場所におるはずだ」

「さすが頼りになるー!」


 和気藹々とアイラとルインの二人は進む。

 ギリワディ大森林はアイラがこれまでに行ったどの森とも違った。

 一本一本の幹が太く、大人十人が手を繋いで輪になったほどの大きさがある。見上げても天辺が見えない。鬱蒼としげる枝葉によって空が遮られ、非常に薄暗かった。真っ暗ではないのは、木に生えている光苔やあちこちに生えている蛍草、燐光スズランのおかげだ。これらの魔法植物は大気中の微量な魔力を蓄積して淡く光る。ちなみに食用にはならない。特に燐光スズランは毒性があり、誤って口にすると最悪死に至る。

 当然、普通の森ではないので、魔物の気配があちらこちらからする。殺気立った視線に晒されているが、さほどの脅威は感じない。倒しても良いのだが、アイラもルインも無用な殺生は好まなかった。これはシーカーの教えでもある。

 ーー倒すのならば、必要な時だけに。

 正直言って初めのうちはこれを実行するのがかなり難しかった。

 何せアイラは、魔物に村を焼かれて住処を失った挙句に魔物に父を食い殺された過去を持つ。

 全ての魔物は等しく憎むべき存在だったし、力を手に入れたのなら片っ端から殺して回りたかった。自分の人生をめちゃくちゃにした存在を許せるはずもなく、目に入る魔物全てを滅したい衝動は抑えがたかった。しかしシーカーは、そうした激情に身を任せることを良しとしなかった。


「この世界が弱肉強食で、強い人だけが生き残るっていうなら、あたしが魔物を殺したっていいじゃない」

「力ある者は同時に抑制も覚えないと、身を滅ぼすことになる。必要もないのに命を奪るのは、野蛮な人間がすることだ」

「でも、シーカー……」

「アイラの気持ちは良くわかるよ。憎しみを捨てるのは難しいだろう。でもね、だからって、むやみやたらに殺して回るような人間に育ってほしくない。教えた力を、そんな風に使って欲しくないんだ」

「…………」


 アイラはうつむいてシーカーから目を逸らし、自身の心と葛藤した。幼いアイラにとって、シーカーの教えを飲み込むのはほとんど不可能に近かった。


「命を奪うのは、必要な時に最低限にして欲しい。どうしてもそうしなければならない時以外は、殺さないこと」

「魔物相手でも?」

「魔物相手でも」

「絶対に?」

「絶対に」

「…………わかった。シーカーがそう言うなら、そうする」


 最終的にアイラはシーカーの言うことに、納得はしないまでも従うことにした。結局のところアイラはシーカーに助けられなければ生きていられなかったのだし、シーカーに教えてもらわなければ魔法を使うなんてできなかった。命の恩人のシーカーがそう言うなら、従うべきだと思った。 

 魔物への憎しみを捨て去ることは不可能だったが、年々減少し、今では心の奥底で小さく燻るのみになっていた。それがなぜなのか、うまく説明ができなかったが、自分がかなりの力を手に入れたせいかも知れないし、旅をするうちに魔物というものの本質を垣間見たせいかも知れない。

 魔物は食料とするために人間を襲う。人間が魔物を襲うのとなんら変わりない理由だ。

 それに気が付いてからは、アイラは身の上に起こった不幸な出来事を受け入れ飲み込めるようになった。少なくとも以前よりは。

 必要もないのに憎しみだけで命を奪うのは野蛮な行為で、獣にすら劣るのだと、アイラは漠然と理解したのだ。

 そして今日はジャイアントドラゴンの肉を食べると決めているので、他の魔物を倒す気はない。もしも出会ったら逃げようと思っている。

 アイラはちょうど良い感じの枝を拾って、無駄に振り上げたり振り下ろしたりしながら苔むした地面を踏みしめて歩みを進めた。


「早く出てこないかな、ジャイアントドラゴン」

「何やら移動しているっぽいな」

「え、遠ざかってる?」

「いや、近づいてる」

「肉の方から近づいてきてるなんてラッキー!」


 緊張感のない会話をしながらも順調に森を行く。

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