第9話 冒険者都市バベル②
「こんにちはっ!! 冒険者登録にきましたっ!!」
扉を開いた先には、人がたくさんいた。
細長いカウンターの向こうには制服を着た職員と思しき者、手前には装備を整えた冒険者たち。賑わう冒険者ギルドは妙な静けさに包まれていた。アイラの登場の仕方のせいである。
アイラはひとまずルインを伴ってカウンターに近づき、そこにいる職員の一人に話しかけた。眼鏡をかけた青年は柔らかな小麦色の髪色だった。色味から察するに、土魔法が使えるのだろう。胸に留めたバッジに名前が書いてある。どうやらブレッドという名前らしい。
ブレッド。いい名前だ。パンのことをパンと呼ぶのかブレッドと呼ぶのかはお国柄によるのだが、アイラは名称はどうあれあの小麦を捏ねて膨らませた食べ物が好きだ。柔らかいパンはそれだけでご馳走だし、硬いパンはスープなどに浸すと味が染みて美味しい。
こんがり焼けたパンに似た小麦色の髪を持つ職員にアイラは用件を伝えた。
「えーっと、冒険者登録に来たんですけど」
「あ、あぁ……はい。そんなこと言っていましたね。ていうか、冒険者、登録……登録からですか?」
耳を疑ったかのように、ブレッド職員が聞き返す。アイラは元気に頷いた。
「そう、登録から!」
「こんな最果ての地に冒険者以外の人間が来るのは珍しいですね……職種は何ですか?」
「料理人!」
「え、料理人?」
ここでブレッドは書類を用意しようとしていた手を止めてアイラを二度見した。
「料理人? 料理人ですか?」
「そう」
「ということは、ひとまず冒険者になって、あとは内部で働くことを希望しているということでしょうか。そういう方でしたらたまに見受けられますが」
「んーん。普通に冒険もしようと思ってる」
「……失礼ですが、なぜ料理人が遥々バベルに来て、冒険者登録しようとしているのでしょうか」
「バベルに来たのはここにはありとあらゆる魔物食材が揃っているからで、冒険者登録しようとしているのはバベルでは冒険者以外住めないって聞いたから」
「なるほど……正直君の言ってることはサッパリわかりませんが、こんなところまで来る人は変わり者が多いから、まあいいとします。それで、冒険者登録ですね。登録の仕方は二種類あります。ギルド職員と手合わせをして実力を認めさせる方法と、指定する素材を持ってくる方法。どちらを選んでもらっても構いませんよ。あとは登録料に、銀貨が一枚かかります」
「またもやお金……」
がっくりした。
アイラは文無しだ。先ほど門兵に魔石を渡したので、正真正銘、金目のものは何もない。ならば手合わせよりも素材を取ってこよう。ついでに他の素材を取ってくれば金を稼げるし、好都合だ。
「素材採取でお願いします」
「では、今不足している素材の採取でお願いします。バベルを取り巻く東西南北の地域から複数の素材を指定するので、どれでも好きなのを選んで採ってきてください。ちなみにどの素材を持ってきても、いきなり冒険者ランクが三級になります」
「三級ってどのくらいのすごいの?」
ブレッドは完全に冒険者素人であるアイラに、笑いもせず親切に説明をしてくれる。
「冒険者のランクは七段階に分かれていまして、一番上が一級で一番下が七級です」
「じゃあ三級は上から三番目? すごいじゃん!」
「バベルまで辿り着けただけでも実力は相応のものでしょうし、ここらの依頼は正直、簡単なものはありません。これが素材採取の依頼一覧です」
そう言って職員ブレッドが提示した紙を受け取った。バベルを拠点にして、東西南北四つの地域それぞれの素材一覧だ。
北:ルーメンガルドの雪原に生える氷煌草百本
西:ゴア砂漠のファイアーバード十匹
南:パルマンティア海のアイアンオクトパス一匹
東:ギリワディ大森林のジャイアントドラゴンの尻尾の棘一本
「ドラゴン!!」
「なにぃっ、ドラゴンだと!!」
アイラは水色の目をパッと輝かせて叫ぶ。ルインも前足をアイラの肩にかけて覗き込んできた。
ドラゴンの素材採取があるではないか。ジャイアントドラゴンというのは聞いたことのない魔物だったが、ドラゴンの肉というのはすべからく美味しい。煮ても焼いても揚げても炒めても何をしたって美味しいけど、やっぱり一番美味しいのは焼いて食べるドラゴンステーキだろう。中がじゃっかん赤いくらいのミディアムレアで仕上げたドラゴンの肉は、程よい噛みごたえと溢れる肉汁、ジューシーな味わいに全人類が虜になること間違いなしだ。絶対食べたい。何としても食べたい。二十日間サボテンステーキと淡白なデザートワームの蒸し焼きで生き延びたアイラとルインの体は、猛烈に肉を欲していた。体を動かすエネルギー源が圧倒的に不足している。
「これっ、このギリワディ大森林のジャイアントドラゴンの肉採取をしに行きます!」
「棘の採取です。肉の採取って何でしょうか」
「冒険者登録に必要な素材以外は、あたしがもらってもいいんですか!?」
「かまいません。まあ、倒せたらの話ですが……ジャイアントドラゴンは獰猛で防御力も攻撃力も強い上に俊敏性もあるので、尻尾の棘一本持って帰るだけでも大変ですし、一級冒険者がようやく倒せる魔物……って聞いてますか?」
全然聞いていなかった。
アイラの脳内はもはや「ジャイアントドラゴンの肉!!!」ということでいっぱいだった。
肉、お肉。お肉を食べたい。お腹いっぱい肉を食べたいのだ。
「ギリワディ大森林に行くなら、塔の東門を通って行くといいですよ。冒険者ギルドから四つの門への転移魔法陣があるから、東門に通じている魔法陣を使ってください」
「わかった、親切にありがとうブレッドさん! ルイン、行くよ! お肉をゲットしに!!」
「合点承知だアイラ!!」
二人は東門行きの魔法陣を見つけると扉を開いて冒険者ギルドを飛び出し、魔法陣で転移して一階の廊下をすごい勢いで駆け抜けて東門へと到達し、今しがた来たばかりのバベルを後にした。
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