第8話 冒険者都市バベル①
「着いた着いたぁーっ!!」
「うむ……着いたな!」
アイラとルインは都市の門を前にして歓喜の声を上げた。
ダストクレストを後にして、四十一日。
ようやく冒険者都市バベルの門前までたどり着くことができた。
間近に見えるバベルは、見上げても天辺が見えないほどに天高くそびえる塔だった。黄土色の煉瓦を積み重ねて作られているようで、上だけでなく左右にも大きい。末広がりな円筒形で螺旋を描くような形をしており、上に行くほどに細くなっている。アイラがこれまでみたことのない形だった。
都市への出入り口である巨大な銅板の扉は固く閉ざされていて、その横に都市を小さくしたかのような円筒形の二階建ての塔が立っていた。
アイラとルインが門に近づくと、小さい塔の扉が開き中から武装した門兵とおぼしき男二人が出てくる。
「この都市に何用だ?」
「バベルに住んで、この辺り一体の魔物を味わい尽くしたいなと思ってきました!」
「は……魔物を、味わい尽くす?」
「はい!」
元気のいいアイラの返事に、門兵は「一体この娘は何を言っているんだ」という表情を浮かべたのだが、アイラはニコニコしたまま続きを待った。アイラは何も嘘など言っていない。住んでいた都市が爆破霧散したので、次なる美味珍味と住居を求めてバベルに来た。それだけのことだ。
門兵は咳払いをしてから表情を改めた。
「まぁ、まぁ……ともかく住居希望か。冒険者カードを見せてくれ」
「冒険者カード?」
「ギルドが発行している各国共通のカードだ。……もしや持っていないのか?」
「持ってない。あたし、冒険者じゃないから」
アイラの言葉に門兵二人は驚いたようだった。
「冒険者じゃない……だと? それでこの都市までどうやってたどり着いたんだ? そういえば、今日は商隊が来る日じゃないな。どこから来た? 一体何者だ?」
警戒心剥き出しで矢継ぎ早に繰り出される質問にアイラはのんびり答えた。
「隣国の都市ダストクレストからギスキアナ山脈を越えて、砂漠を通って。職業は料理人だよ。こっちは火狐族のルイン」
「なっ……ただの料理人が、あの山と砂漠を超えてきただと!? それに火狐族といえば、絶滅した獰猛な神族の一種じゃないか!」
「ルインは性格が穏やかだから、死なずにすんだんだよね」
「無用な殺生は避けたいところだ」
「喋った……!」
門兵たちはたじろいだが、顔を見合わせる。先の発言と合わせて警戒されたらどうしようかとアイラは少し不安になった。拠点は絶対に必要だ。ここから他の都市に行くとなるとまた時間がかかってしまう。アイラはその場に立ったまま門兵たちの言葉を待つ。
「……この都市までたどり着いたということは並の人間ではないことは確かだ。フィルムディア大公様は、常に強者を求めている。ただ、都市に入るためには通行税が必要となるのでそれは支払ってもらおう。一人につき金貨十枚。連れも含まれるから金貨二十枚だ」
「えーっ」
これは予想外である。いや、考えておくべきだった。大きめの都市は難民などの過剰な流入を防ぐため、入るために金を取られるところが多い。アイラが両親と放浪していた時はそれが理由で入れなかった都市がいくつもあったし、シーカーと旅していた時も彼はシーカーとアイラ、ルインの三人分の通行税を支払っていた。
「住んでいた都市が焼け落ちちゃって着の身着のままに出てきたから、銅貨一枚すら持ってないんだよね」
「ならば相応の価値のあるものでもいい」
「価値のあるものねえ……あっ」
腰のポーチをがさごそとしたアイラは、黒く光る石を見つけて取り出した。
「これでどうかな。砂漠で黒いデザートワームを倒した時に手に入れた魔石なんだけど」
「黒い……デザートワーム、だと?」
「そうそう。表面の皮膚が黒くてすごい硬いやつ」
「それはデザートワームグロウじゃないか? ゴア砂漠のデザートワームを率いている、主の一匹だぞ」
「そうなの? 蒸し焼きにしたらなんとか食べられたよ」
門兵の二人はこれを聞いて明らかに身を引いた。頬が引き攣っている。
「あのグロテスクな見た目の魔物を食ったのか」
「見た目と味は一致しないかもしれないでしょ? 何でも食べてみるのが一番だよ」
「腹でも壊したらどうするつもりだ」
「今まで生きてきた中で、食べ物でお腹壊したことないから大丈夫じゃない?」
「なんていうか……すごい肝が座っているんだな。まあ、バベルまで来るくらいだから並ではないか」
「で、通してもらえる?」
「ああ。これだけの魔石があれば十分だ」
「やったね!」
扉は全部が開くわけではなく、人間サイズの一部が開くようになっていて、そこからルインと共に内部へ入る。入る直前に門兵が声をかけてくれた。
「まずは都市中程にある冒険者ギルドに行くのがおすすめだ。いろんな情報が集まっているし、冒険者登録しておけば都市で色々と待遇が良くなる。というより、冒険者でない人間はバベルの中で暮らせない。入ってすぐの転移魔法陣に乗ればギルドに行ける」
「わかった、親切にありがとう!」
アイラは閉じていく門に向かってブンブン手を振った。
塔の内部はーー意外に明るい。縦長の窓には鉄格子がはまっているものの大きく、陽光を取り入れる設計になっているようだ。外壁と同じく内部も黄土色の土を焼いて固めた煉瓦を積んで作っており、床も壁も同じ色をしていた。
アイラとルインが並んでも余裕な広さがある塔の内部には等間隔に扉がある。どこに通じているのか、何があるのかわからない。
「ひとまず、この目の前にある魔法陣に乗ればいいのかな?」
「だろうな」
眼前には、ルーン文字と図形を組み合わせて描いた複雑な円形の魔法陣があった。転移魔法陣と言っていたので、乗れば運んでくれるのだろう。
「あたし、魔法陣はじめて。ルインは?」
「シーカーと共に入った古代遺跡のギミックで使われているのを見たことがある」
「さすが」
おそるおそる魔法陣に乗ると、光が伸びて体が包まれた。少し浮遊する感覚の後、次の瞬間には景色が変わっていて目の前には大きな木製の扉があった。
「これがギルドの扉かな」
「そのようだな」
「よし……開けてみよう」
こういう時は笑顔と元気の良さが大事である。
アイラは深呼吸をして気持ちを落ち着けてから、バァァァンッと扉を押し開けた。
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