第7話 バベルまでの旅②
その晩アイラは、夢を見た。
お肉が空を飛び、それをキャッチしたアイラがバーベキューをする夢だ。
縦横無尽に空を飛ぶ羽の生えた肉の塊を捕まえて串に刺し、ジュージューと網の上で炙っていく。滴る肉の脂によって炎が爆ぜ、肉がメラメラ焼けていく。頃合いに焼けた肉を、アイラとルインの二人がムシャムシャ食べる夢だった。
あぁ、お肉。貴重なタンパク源。美味しくて栄養満点のお肉たち。
お肉。お肉。お肉お肉お肉。
「……お肉ぅぅううう!!」
「どうしたアイラ!!」
肉の雄叫びを上げながら飛び起きたアイラに驚いたルインが声をかけてきた。
見上げた先には、アイラが張った結界越しに砂漠の空が見える。紺と薄橙色に染まった空は、夜明けが間近であることを知らせていた。もう間も無くすれば、灼熱の熱波が容赦なく砂漠を照らし、乾いた大地に数億と積もった砂粒を巻き上げることだろう。
「すごい声を上げておったが、嫌な夢でも見たのか」
「ううん、むしろ良い夢だった」
アイラの体調を心配するルインにそう答えた。
「そう……良い夢だったんだ……お肉が空を飛んでいて、捕まえ放題で、あたしはそれを串に刺してバーベキューをするの。ルインも喜んで食べてくれていたよ」
「それは幻覚だ、アイラ!」
「わかってるよ」
ひとつ息をついたアイラだったが、水色の瞳に決意を漲らせて拳を握った。
「早く……早くバベルに行って、お腹いっぱいお肉を食べないと! そうしないとあたし、気が変になる!!」
「奇遇だな、オレもそう思うていたところだ」
ルインは神妙に頷いた。
アイラもルインも、本能で肉を求めていた。肉が食べたい。今すぐに。
「よし、乗れアイラ! バベルまで急ぐぞ!」
「わかった、ルイン!」
ルインにまたがったアイラは、方角を間違えないよう細心の注意を払いつつ、凄まじい勢いで走るルインの体に身を伏せて空気抵抗をなるべく受けないようにした。
砂漠を爆速で走る赤とオレンジ色の毛並みを持つルインの姿は、さながら猛スピードで飛んでゆく火球のように見えるだろう。その恐ろしさのためか、それとも肉を欲する一人と一頭の並々ならぬ執念に当てられたせいなのか、行く手を魔物が遮ることはなかった。
砂煙を巻き上げながら走り続けること、半日。ルインがとうとう息を切らした。
「もう、限界だアイラ……!」
「でもほら、もうすぐ着きそうだよ!」
アイラは励ましの言葉とともに右手の人差し指を前方へと向けた。
砂塵の向こうには、目指すべき都市ーー冒険者都市がもう視界に移るようになっていた。熱波に焦がされ都市が揺らいでぼやけてみえるが、あれが蜃気楼などではないことはアイラにはわかっていた。
冒険者都市バベル。
お椀をひっくり返したかのような末広がりの独特な形をした塔の都市は、冒険者の楽園と言われる街である。アイラもダストクレストの酒場で話にしか聞いたことはないし、実際に見たのはこれが初めてだ。
世界は、女神ユグドラシルの恩恵を受けた世界樹を中心にして成り立っている。世界樹の近くは安定した天候、気候に恵まれて穏やかで住みやすく作物もすくすくと育つ。故に都市が密集して人が多く住んでいる。
世界樹から遠ざかるほどに恩恵が薄れ、最果ての地とされるバベル周辺は前人未到の不毛の地とされていた。
いかなる人間も住むことが叶わない、魔物の土地。そんな場所がなぜ存在するのかというと、慈悲深い女神は人間も魔物も等しく愛し、住む場所を分けたからだった。
人間と魔物は相容れない。故に生息区分を分けたのだーーとアイラに話してくれたのは、かつて世界樹の根元、神都ガルドで高明な学者として名を馳せていたらしいジョセフじいさんだった。ジョセフは手柄を他の学者に奪われて都市を追われ、放浪の果てにダストクレストにたどり着いたらしく、アイラが出会った当初は死人から身包み剥いで古着屋で売るという仕事をしていたのだが、すっかり足を洗ってもとの学者然とした風貌を取り戻していた。まあ、ダストクレストが爆破したせいで今はどうなっているのかわからないけれど。
そんな魔物の生息域に存在している都市なので、住んでいるのは一般人ではない。ほぼ百パーセント冒険者。
冒険者はあえて安全な世界樹から遠く離れた場所で活動している人々で、彼らの働きは大きい。中には傭兵のような仕事を請け負う冒険者もいるので、商隊を警護して魔物の脅威から商人たちを守り、都市と都市とを行き来したりするのだ。
そんな冒険者のみが住む都市が、視界に入り始めた。ルインの足に再び力が戻り、スピードが増した。
「ルイン、頑張って! ラストスパートだよ!」
「うむ……うむ!!」
ルインは最後の力を振り絞り、冒険者都市に向かって飛ぶように駆けて行った。速い速い。砂混じりに遥か遠くに見えるだけだったバベルが、どんどん近づいてくる。アイラはせめてルインが快適に走れるよう、結界魔法の威力を強めてヒンヤリさせていた。
そうして半日もルインに乗っていれば、冒険者都市にたどり着いた。
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