第6話 バベルまでの旅①
ルインに乗った旅は極めて快適だ。とはいえ道中で大変なことがなかったわけではない。
二十日かけてゴツゴツした岩まみれの険しいギスキアナ山脈を越えると、そこは一面が砂漠だった。砂漠。あつい。食べ物があんまりない。水もない。不毛な死の大地だ。かと思えば土中からデザートワームが襲いかかってきたりもする。
巨大なミミズのような風貌のデザートワームは口にびっちりと牙が生えており、ルインとアイラを餌にする気満々だ。しかもこのデザートワーム、全身が黒く硬化した鱗に覆われており、さながら鎧のようだった。生半可な攻撃技は通用しないだろう。今しも食われんとさせながらも、アイラは思ったことを口にする。
「デザートワームはさっと湯通ししてから油で炒めてスイートチリソースを絡めて食べると美味しいんだけど、これは表面の皮膚がすごい堅そうだから一度鱗を削いだ方がよさそうかなぁ。鱗の中は柔らかいといいんだけど」
「オレならばそのままバリバリと食えるが」
「生のデザートワームは生臭すぎて、さすがのあたしも食べるのにちょっと苦労するよ」
「確かに味がついている方が美味なのは確かだ」
「グギェアアアア!!」
全身が総毛立つようなおぞましい雄叫びを上げつつ、猛スピードで迫り来るデザートワーム。その速度は並の冒険者の目では捉えられず、一体だけでも倒すのに苦労するようなものである。
デザートワームの上位種にあたるその個体に対しさしたる恐怖を覚えずに、アイラは右腕一本をかざした。
「フレイムバースト!!」
アイラの右手人差し指から放たれて圧縮した火球がデザートワームの大口へと吸い込まれ、内側から爆発した。黒煙を上げて倒れ伏す三十メートルはあろうかという巨体が砂漠に叩きつけられると、衝撃で地面が揺れて砂埃が舞散り近くにあった砂丘三つが押し潰されて凹んだ。砂埃を吸い込んだアイラとルインは激しくむせる。
「ゲホッ! やばぁ……やりすぎちゃったかな」
「も少し離れたところから攻撃するべきだったな」
ルインが全身を震わせて毛についた砂を跳ね飛ばした。
砂埃がおさまってから一撃で倒したデザートワームにアイラはルインから降りて近づく。まじまじと見ると内側から焦げた煙がぷすぷすと鱗の隙間から立ち昇っていた。鱗の一枚に手をかけて剥がそうと試みる。硬い。ドラゴンの鱗よりも硬いのではなかろうか。硬化した鱗は、鱗というよりむしろ鋼鉄のようだった。
「いけそうか?」
「素手は無理そう」
「ならオレが噛み砕いてみよう」
いうが早いがルインの牙が鱗に突き刺さっていとも簡単にベリベリッ! と引き剥がした。あらわれたのはいい感じに焦げた中の肉。
「あっ、いい感じ。鱗が硬いから蒸し焼きみたいになってるよ」
アイラは常時携帯している愛用の包丁を腰から抜き取りデザートワームに突き立てると肉を切り取り一口食べてみた。
ホクホクとした食感で、完全に無味だった。生臭いのは否めないが、そのままでもまあ、食べられなくはない。砂漠での食料確保は死活問題なので、贅沢を言っている余裕などなかった。
「とりあえず食料として持てるだけ持って行こうっと。残りは……もったいないけど燃やしておこう。他の魔物が寄ってきたりするからねー」
アイラは持てるだけのデザートワームの蒸し焼きを包丁で切り取り、携帯していた保存用のササの葉に包み込む。このササというのはダストクレストの周囲ににょきにょき生えている筒状の変な植物なのだが、葉っぱに防腐効果があるのでこれで食べ物を包んでおくとしばらくの間腐らないのだ。大変便利である。
三日分ほどの食料を包み終えたアイラは、右掌をデザートワームに向け火魔法を放った。
上級火魔法ーーフレイムカンパネラ。
爆発の際に鐘のような綺麗な音色が聞こえることからついた名前らしいのだが、由来に反して威力はえげつない。開きっぱなしの口の中に吸い込まれた魔法は内側から爆ぜてデザートワームをボウボウと燃やし焦がしてゆく。灼熱の砂漠で巻き起こる大火により、周囲の温度は尋常ではなく高くなっているのだが、もともと炎耐性がある上に水属性の結界魔法を張って温度調整ができるアイラにとってたいしたことなかった。
「魔石、残るかなー」
「大きいと良いな」
魔物は体内に魔石を宿している。この魔石を加工してさまざまな道具とするのだが、魔物の強さや希少さに比例して魔石のレア度も上がっていくのだ。
アイラが一撃で黒焦げにしたデザートワームの亜種からはどれくらいの価値がある魔石が出てくるだろう。
焼け焦げる死体を眺めていると、だんだん火の手が収まり、灰と化した肉体から光り輝く石がコロンと出てくる。水魔法で消化してから拾い上げたそれは、魔物の巨体さに反してアイラの掌におさまるほどのサイズで、黒く鈍色に光っていた。
「なんだぁー……思ったよりもちっさいや」
唇を尖らせて「ちえー」と言ったアイラは、腰のポーチに魔石を収納してからルインにまたがった。
「さ、早いとこ冒険者都市に行こうか!」
ルインは太ましい足で跳躍しながら砂漠を超えてゆく。
砂漠というのは気温差が激しい。昼は五十度、夜はマイナス二十度。こんな環境で生きられるのはそれこそ強靭な肉体を持つ魔物と、この環境に適応するよう進化を繰り返してきた植物だけで、人間などではひとたまりもない。
アイラは常時結界魔法を展開することで砂漠の厳しい気候に耐えていた。
世界には火水風土雷光闇の七大属性魔法と呼ばれるものがあり、魔法適性のある人間はこのいずれかを体内に有している。何が得意であるかは、髪や目の色などに現れるのでわかりやすい。アイラは燃えるような赤毛と水のように揺らぐ瞳というかなりはっきりした特徴を持っており、つまりは火魔法と水魔法のどちらも使うことができた。
昼間は水魔法でひんやりした結界を、夜は火魔法であったかぽかぽかな結界を張っているのだ。もちろんルインの分まで。快適なことこの上ない。だが魔力は無尽蔵ではないので、常時結界を展開し続けながらの旅はさすがのアイラも疲弊してしまう。
デザートワームを撃破してから二十日弱。アイラはルインとともにサボテンステーキを食べていた。ルインはサボテンをムッシャムッシャバリバリしてから物足りなさそうに口の周りをペロリと舐めた。
「このところ、サボテンステーキとデザートワーム以外のものを食うておらんな」
「いくら砂漠っても、他にも魔物いるはずなんだけどね……サバイバルキャットとかサーベルタイガーとかファイヤーバードとか。デザートワーム以外、他の魔物見かけないね」
「うむぅ……気配はするんだがものすごく遠かったり隠れるのがうまかったりするのだ」
アイラもルインもちょっとげんなりしていた。
二十日間でアイラが倒した魔物は、黒くない普通のデザートワームが三十体。黒くないデザートワームも黒いデザートワーム同様、何の味付けもしていないと淡白なことこの上ない。鎧がない分蒸し焼きにもならず、表面が焦げながらも火が通った部分を食べるしかない。火を通していないデザートワームを食べると、ルインはともかく人間では食当たりを起こして最悪死んでしまう。
「毎日毎日、美味しくない焦げたデザートワームとサボテンステーキばっかり……」
アイラはため息をついた。餓死する心配はないにせよ、いいかげんもっと良いものを食べたい。文明生活を五年ほど送ったアイラからすると、今の過酷な状況はちょっと飽き飽きしてしまう。
文句を言っても腹が膨れるわけではないので、食事を終えたアイラとルインは先を急ぐべく立ち上がって旅を続けた。
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