想定外の事態です

「――では、5級魔法士資格試験に挑んでいた受験生は、全員リタイアか。ここにいる3人を除いて、じゃがな」


 受験者達の襲撃からしばらくして、俺達はダリーヴィー準3級魔法士の魔法によって、元いた『試験の森』の入り口に集められていた。

 当然、俺もルナも、フローレンスも受験者にリンチなんかされていない。

 老人が言うように、俺達は連中全員を返り討ちして、合格証を人数分回収した。

 そして負けた連中+モンスターに倒された受験者の総数が3人以外になった時点で、試験は終わりを迎えたというわけだ。


「それにしても……最後まで残っていたのが、この3人だけとは。5人は残すつもりで試験を考えたというのに、なんとも根性のない連中じゃ」


 ため息をつくダリーヴィーに睨まれ、受験者達は身をすくめる。


「オーンスタイン伯爵の子供が、まさかあんなに強いなんて……」

「こうなるなら、最初からモンスターと戦った方が良かったわね」


 みっともない連中を見下すように、ルナが鼻を鳴らした。


「ふん、後悔先に立たず、です。私とお兄様に刃向はむかったのが運の尽きですよ」

「俺はともかく、ルナとフローレンスのコンビとやり合ったのはつくづく運が悪かったな」


 こいつらはオーンスタインがどうのとか言っているが、俺からすれば、リオン・オーンスタインよりも他のふたりを警戒するべきだったのは間違いないな。


「ルナの攻撃的な変身魔法と、フローレンスのサポート。俺が間に入らなくたってお前らを全滅できるくらい、ふたりは相性がいいんだよ」

「うんうん! あたし達、最強のコンビだもんねっ♪」

「肩を組まないでください不快です今すぐ離れてください」


 ひっつくフローレンスを、鬱陶うっとうしそうに引き離そうとするルナ。

 こういうのを多分、「てぇてぇ」と言う人がいるんだろうな。


「とにもかくにも……リオン・オーンスタイン、ルナ・オーンスタイン、フローレンス・メイジャー。おぬしら3人は、見事試験を合格したわけじゃな」


 おほん、とダリーヴィーが咳払いをすると、俺達は背筋を立てて彼に向き直る。


「魔法で試験の一部始終を見させてもらったが、個性的な魔法、それらを巧みに使いこなす技量、モンスターにもおくさない度胸を見せてもらったぞい。魔法士に必要なものを、試験が始まる前から持っていたようじゃの」

「準3級魔法士さんに褒められてるよ、あたし達!」

「まあ……まあ、当然ですね。オーンスタイン家の名前を背負っていますから」


 はしゃぐふたりを見て頷きながら、老人は俺に視線を移した。


「特にそこの、リオン・オーンスタイン。わしも知らん魔法をいくつも使いこなすとは……おぬしの力だけは、下手をすると4級の資格もあっさり取得するかもしれんのう」

「ははは、買い被りすぎですよ」


 どんな魔法を使ったのかはさっぱりだが、俺の戦いの見られるのはいい気分じゃない。

 困るな、俺の魔法は魔法+覇王の反則で、基本的に仲間以外には種明かしをしないようにしているんだが。


「3人には、おって案内所から資格証の発行案内が来るじゃろう。じゃが、受け取った瞬間から国に貢献こうけんし、時に人を守る魔法士となるのじゃ。それを忘れるでないぞ」


 俺の考えをよそに、悲喜こもごもの受験者達の前でダリーヴィーが手をパン、と叩く。


「では、資格試験はこれにて終了! ここで解散……む?」


 そうして今度こそ、資格試験が終わろうとした時だった。


「……なんだ?」


 不意に、足元が揺れた。

 最初は気のせいかと思う程度だったのが、次第に確実な振動を感じるようになって、木々が左右に動くほど大きくなる。


「おいおい、地面が揺れてないか?」

「それに、なんだか変な声が……」


 受験者達が口々に何が起きたと話し合う中、俺は自分の体に異変を覚える。

 眼帯の内側に、焼けるような痛みが襲ってきたんだ。


(左目が、熱い……心臓みたいに、鼓動してる……!)


 思わず目を抑え、体をかがめる。

 まさかこの短期間で「鎮まれ俺の左目」を2回も経験するとは思わなかったけど、今の痛みは前回の力の暴走とはまるで違う。

 溢れ出すエネルギーの反動じゃない。

 痛みが、規則的なシグナルのように鳴っているんだ。

 まるで何かを、呼んでいるように――。


「――お兄様、何かが来ます!」


 眼球を刺すのにも似た痛みにこらえる俺に駆け寄ってきたルナの声。

 それが聞こえたのと、振動がピークに達した瞬間、刹那の間だけ揺れが収まった。


「ルナ、フローレンス、離れろ!」


 揺れの収まりが危険だと判断した俺がふたりに警告した瞬間、地面が割れた。


「わあああっ!?」


 ここにいる全員の悲鳴が重なったのに応じるように、割れた地面からめりめりと何かが膨れ上がり、這い出して来る。

 真っ黒で奇怪な球体と、体から伸びる触手に、無数の目。


『キュルルルル……!』


 奇々怪々なその様は、紛れもなくモンスターだ。


「こいつは……『ヘルイーター』!」

「ヘルイーター!? 『危険級』のモンスターが、どうしてここに!?」


 しかも受験者達の会話が正しければ、相当強力で危ないモンスターに違いない。

 俺もそれくらいは分かる。

 ゲームじゃあこんな最序盤どころか、中盤後編に出てくるような敵だ。


「ふうむ……わしが用意したテイム済みのモンスターではないのう。どうやら強力な魔力にあてられて、長い眠りから覚めたようじゃ」


 冷静なダリーヴィー魔法士の説明が始まると、俺の目の痛みも治まってきた。

 強力な魔力というのは、まさか魔王の魔力だろうか。

 しかも眠っていたみたいだから、ダリーヴィー魔法士も存在を知らなかったし、俺のサーチにも反応しなかったのか。


「おぬしらは下がっておれ。こやつをテイムして、大人しくさせるとしようかの」


 疑問が溢れかえる中、ダリーヴィーが先陣を切っておどり出る。

 ヘルイーターはというと、老人をじっと見下ろしていた。


「さあて。このダリーヴィー準3級魔法士が、かるぅく相手して――」

『ギュアアッ!』

「ごぶッ」


 老人が魔法を使うよりも先に、球体が触手を振るった。

 黒い鞭のようにしなったそれは、ダリーヴィーの頭を見事に打ち抜き、彼を地面に叩きつける。


「おっおっおっお……がく」


 しばらく痙攣けいれんしてから老人が気を失い――。


「「――逃げろおおおおおおおっ!」」


 誰かの悲鳴を皮切りに、辺りはパニックに陥った。

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