受験者も敵になります

 それから俺達は、合格証に向かって一直線に進んでいった。

 道中でモンスターに遭遇したけど、だいたいは俺がどうにかしなくても、ルナが頭を叩き潰すさまを見ると逃げていく。

 強烈な妹のおかげで、あまりにも簡単に、俺達は目的地の岩場に辿り着いた。


「ここに合格証が隠されているのですか?」

「なーんにも見当たらないよ?」


 ふたりがきょろきょろと見回すのは、確かに何の変哲もない岩だらけの場所。

 だけど、俺の眼帯の奥からは、はっきりと隠れているアイテムが見える。


「簡単に見つかるような隠し方はしてないさ。ダリーヴィーとかいったっけ、あの魔法士も相当いい性格してるな」


 岩場に張り付いている合格証は、はたから見れば岩肌の一部にしか思えない。

 質感まで再現されてるから、魔法を使わないと見抜くことすらできなさそうだ。


「変身魔法でカモフラージュしてるが、防御魔法もかけられてる。変身を見抜いても、魔法で迂闊うかつに攻撃すれば、中の合格証も破壊してしまうってわけだな」

「えぇー!? じゃあ、合格証を取ろうとしたら、合格できないの!?」

「私のメタモルフォーゼによる変身では、確実に防御魔法を貫通してしまいますね。かといって、魔法を解除できる『解呪かいじゅ魔法』は使えませんし……」


 このトラップを攻略する手段は、普通ならふたつ。

 ひとつは解呪魔法を使って、変身・防御魔法の両方を解除してしまうこと。

 もうひとつは目にも止まらぬ早業で、合格証をかすめ取ってしまうやり方。

 正直言って、魔法士のたまごじゃあ、どちらも困難だ。


「お兄様、あの時訓練で発動した異能で、魔法を無効化できませんか?」

「あれは奥の手中の奥の手だ。そうそう発動するものじゃない」

「では、どうすれば……」


 ただ、俺はみっつ目の手段を持っている。


「簡単だ。魔法を使わずに抜き取ればいいのさ」


 俺の出した答えに、ルナとフローレンスが目を丸くした。


「魔法を?」

「使わずに?」

「まあ、見ていてくれ」


 にっと笑って、俺は岩場に手を突き出す。

 静かに岩肌に触れると、少しずつ、少しずつ手のひらが岩の中にめり込んでゆく。

 非常におかしな光景だが、実を言うと魔法なんてちっとも使っちゃいない――これはいわば、覇王の肉体の特性を活かしているだけだ。


(覇王の強化された腕は、確か魔法防御を貫通してキャラクターにダメージを与えることができた。その力を抑えたまま使えば、魔法防御を抜けて、合格証だけを掴めるはず)


 ゲームじゃあ、魔法のバフを貫通して致命傷ちめいしょうを与えてきた技だ。

 カモフラージュと簡単な防護を無視するなんて、造作もないはず。


「覇王流――『地獄貫手じごくぬきて』、省エネバージョン」


 手のひらがすっぽりと岩の中に埋もれた時、指先にごつごつしていない、するりとしたものが触れた。


「……あった」


 ぐっとそれを掴み、静かに手を抜く。

 俺の手に握られていたのは、上質な紙。


「ふう……無傷で、合格証をゲットできたな」


 間違いなく、合格証だ。


「……信じられません……」

「――リオン君、すごすぎだよぉ~っ!」

「うわっ!?」


 ルナが驚く一方で、居ても立っても居られない様子でフローレンスが飛びついてきた。


「魔法を素手で貫くなんて、そんなの見たことないよ! あたしも修行すればできるかな、できるかなっ!?」

「ど、どうだろうな、頑張ればなんとか……?」

「ほんと!? リオン君が教えてくれたら嬉しいなっ!」

「あ、ちょ、分かった、分かったから離れて……柔らかいから……」


 メロン2個、もしくはスイカ2個、バスケットボールがふたつ。

 とにかく規格外のものが、俺とフローレンスの間でずっと形を変えて暴れ回ってる。

 魔王+覇王でも、この誘惑をガードしきれないぞ。


「……お兄様、随分と嬉しそうなお顔ですね」


 ルナが俺をじとりと睨んでいるのに気づかなかったら、欲望に負けていたかもしれない。

 ありがとう、妹よ。

 だからそのクズを見つめる視線はやめてくれ、心に刺さる。


「違う、違うって! やましい気持ちとかそういうの、全然ないからな!」

「フローレンスさんも近すぎます。さっさと離れないと、その余分な脂肪を爪でこそぎ落としますよ――」


 いまだに離れようとしないフローレンスを、ルナが無理矢理引きはがそうとした。


「……ルナ、フローレンス。構えろ」


 ――その前に、俺が彼女を離した。

 いつまでもべったりとくっついてくるのにイラついたからじゃないし、そもそも男ならイラつくどころか、永遠にくっついていたいとすら思うからな。

 問題は、俺達の周囲から放たれる殺気。

 がさごそと姿を現した、受験生達が原因だ。


「この人達って、あたし達と一緒に試験を受けてた……」

「穏やかな空気ではありませんね」


 ふたりの言う通り、誰も彼もが利き腕に魔力を溜めている。

 まるで、いつでも俺達を攻撃できると言うかのように。


「あんた達、何の用だ?」


 俺の問いかけに、受験者達がフン、と鼻を鳴らした。


「合格証ってのは5つしかないんだろ? そのうちのひとつを持ってて、他の受験者から襲われるとは思わなかったのか?」

「モンスターと戦うよりも、同じ受験者から奪った方が楽なのよ」

「さあ、大人しくそれを渡せ。じゃないと、ひどい目に遭うぞ」


 なるほど、モンスターよりも弱い人間を狙うってわけか。

 言っておくが、俺の妹はモンスターの100倍強くて、100倍凶暴だぞ。


「お兄様、許可をください。この畜生どもを、全員切り刻む許可を」

「殺しはダメだ、ルナ。俺の妹が人を死なせるなんて、耐えられそうにないからさ」

「……では、殺しは?」


 うーむ、半殺しか。


「――ほどほどにな」


 オッケーだ。

 俺が許可を出すと、ルナが頬まで裂けた口で笑う。

 既にキマイラへと変貌しつつある体を見て、受験者達の間に恐れが生じる。


「行きますよ、フローレンスさん。身勝手な連中に、お仕置きしてあげましょう」

「何だか知らないけど、やっちゃうよーっ!」


 だが、もう手遅れだ。

 俺の手綱を離れた妹と友人の暴走を、誰にも止められない。


「「――ぎゃああああああー……」」


 ほどなくして、森に悲鳴が響き渡った。

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