オークの群れを撃破します

 しばらくしないうちに、俺の予感は的中した。

 騒ぎ声と共に、受験者が何人か、俺達から少し離れたところに転がり込んできた。

 次いで草木の陰からのそりと姿を現したのは、人間の倍ほどの背丈にでっぷりとえた体躯たいくみにくい顔のモンスター――オークだ。

 しかも1匹じゃない、何匹も現れた。


「ひ、『ヒートボール』! 『ヒートボール』!」


 受験者が慌ててオークに火の玉を放つが、火傷すらせず、嫌な顔を見せるだけだ。


「なんでだよ、全然魔法が通用しねえ……わああああっ!」


 もちろん、オークがされるがまま、黙っているわけがない。

 なすすべなしの受験生の足を掴み、オークは明後日の方向へ放り投げた。

 木々の間からおかしな音が聞こえたが、確かテイムされたモンスターは人間を殺さないように調教されているはずだから、死んではいないはずだ――きっと。

 さて、俺達は合わせて5、6匹のオークを見つめていた。


「あれって、確か……オーク、だよね!?」

「しかもオークを率いてるのは、上位のオデブオークです。油断すれば、あの受験者のように叩きのめされるでしょうね」


 オーク軍団の先頭を歩くのは、他の緑色とは違い、灰色のオークだ。

 まあ、何色であったとしても関係ない。


「でも、合格証を取りに行くにはここを突っ切るのが最短ルートだ――行くぞ!」


 なぜなら今から、こいつらを全部倒すからだ。


『ブヒオオオオオッ!』


 逃げるどころか真正面から迎え撃つ体勢を取った俺達に、オークがえた。

 そのうち1匹がドスドスと肉を揺らしながら走ってきて、俺に棍棒を振り下ろす。


「棍棒での一撃……ゲームじゃちょっと苦戦したが、今は違う!」


 強烈な棍棒の一撃をかわして、つま先に意識を集中させる。


「覇王体術『螺旋らせん蹴り』!」


 そして思い切り、オークの腹に回し蹴りを叩き込んだ。

 ただの蹴りじゃない、覇王のエネルギーを乗せた、鎧をひしゃげさせる威力の蹴りだ。


『ガガウ!?』


 顔を苦痛でゆがめるオークをノックアウトするには、もう少し攻撃が必要らしい。


「連撃をくらえ、『覇王掌はおうしょう』ッ!」

『ブヒャーッ!?』


 勢いを殺さずに掌底を顎に命中させると、オークが後方に吹き飛んだ。

 地面に転がって動かなくなったさまを見る限り、これ以上立ち上がってはこないだろう。


「うわ、オークが吹っ飛んじゃったよ!?」

「お兄様の体術は、魔力をこれでもかと乗せた独自の技術です。オークは体が大きいからあの程度で済みましたが、ゴブリン程度ならその場で爆発四散するでしょう」


 ぼきり、と骨を鳴らす俺の後ろから、ルナとフローレンスが躍り出る。


「フローレンスさんも、ぼんやりしないでください。役に立つと言ったのですから、私のサポートくらいはやってもらわないと困ります」

「うん、任せて!」


 ルナはフローレンスを一瞥いちべつもせず、オークを睨みつける。


「変身魔法『メタモルフォーゼ』カトブレパス!」


 人間らしからぬ異形にモンスターがひるんでも、もう遅い。


「下劣なモンスター如きが、お兄様に近寄るな……『目ビーム』ッ!」


 目から放たれた魔力の圧縮ビームが、オークの首魁、オデブオークに直撃した。

 全身を焼かれて動けなくなるオークを見て、フローレンスは驚きと興奮で飛び跳ねて、俺はさすがに少しだけ恐怖を覚える。

 あんな危険なビームを俺に撃ち込んでいたのか、このかわいい妹は。


「わーわーわーっ! ルナちゃん、目から魔力を発射できるの!? すごいよ、どうやったの、私にも教えてーっ!」

「ああ、もう、うるさいですね! 戦闘に集中してください!」

「だいじょーぶ、ちゃんと皆を守るよっ!」


 笑いながら、フローレンスは両手に赤茶色の魔力を集める。


「土の防御壁――『アースウォール』、四方展開!」


 その魔力を地面に押し付けると、土が盛り上がり、巨大な壁が俺達を囲んだ。

 オークがタックルを仕掛けても、棍棒で殴りつけても、びくともしない。


「これは……」

「オークの打撃にも耐えうるなんて、すごい強度ですね」

「土に魔力を練り込んで硬くしたんだ! 私がいる限りは、絶対に皆に怪我なんてさせないから!」


 俺が生成した魔法の防壁と似てるけど、フローレンスの場合は魔王にも覇王にも頼らない実力だけで、強固な壁を作り上げたんだ。

 しかも、俺達を傷つけさせないように、わざわざ四方に壁を生成してくれるなんてな。


「ルナ、これでもまだフローレンスは信用できないか?」

「……し、信用しないとは一度も言ってません」


 ぷい、と素直になれないルナがそっぽを向くと、オーク達は攻撃をやめた。


『ブモオオオォ! ブオオォォ!』


 代わりに、汚い声で天をあおいで鳴き始めたんだ。

 何をしているのかは明白だ。


「仲間を呼んだ……しかもこの声、連れてくるのは別のモンスターだな」

「モンスターの言葉が分かるのですか、お兄様?」

「まあ、呼ばれた経験があるからな」


 ルナが目を丸くして、フローレンスが壁の魔法を解除したのとほぼ同じタイミングで、別のモンスターが姿を見せた。


『ギョオオオオ!』

『ウオオォ、ウォオオォ』


 しかもオークじゃない。

 木の姿をして、幹を振り回す奇怪な姿をしているんだ。


「今度はトレント……木に擬態するモンスターか」

「私がビームで焼き払います! フローレンスさんは防御の準備を!」

「いや、ふたりは魔力を温存してくれ。俺がまとめて叩き潰すよ」


 ふたりには十分に頑張ってもらったし、無理をして魔力を使いすぎるのは良くない。

 なら、ここは無尽蔵の魔力で好き放題暴れられる、俺の出番だ。


「一撃絶滅――『覇王掌・界震かいしん』ッ!」


 さっきと同じ要領で、俺は地面を掌底で殴りつけた。

 次の瞬間、モンスターに向かって強烈な衝撃がほとばしり、炸裂した。


『『ゴギャアアアアアアーッ!』』


 まるで爆弾が暴発したかのような破壊のエネルギーに、モンスターが耐えられるはずがなく、たちまちオークもトレントも細切れになってしまう。

 あまりの勢いに顔を覆っていたルナ達が手のひらをどけると、そこには何もなかった。

 当然だ――モンスター達は覇王の力に耐えきれず、粉微塵こなみじんになったんだから。


「……ええと、お兄様……今、何を……?」

「魔力を溜めた掌底の一撃で、地面に衝撃をはしらせただけだよ」


 にっと笑った俺は、軽く服の汚れを払って歩き出す。


「この辺りの敵はあらかた一層できたな。よし、合格証のところに急ぐか」

「う、うん!」

「お兄様、やっぱり規格外のお方ですね……」


 驚きを隠しきれないふたりのリアクションが、今はなんだかおかしくて仕方なかった。

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