本気の妹と戦います

「……本当ですか?」


 ぎらぎらと目を光らせるルナ。

 よかった、何でもやると言っておけば、ルナが一番欲しいものを買ってやれるし、一番行きたいところに行ける。

 ルナくらいの年頃の子なら、山ほど甘味かんみを買ってあげてもいいかもな。


「ああ、スイーツでも服でも買ってやるし、どこにでも付き合うよ」

「男に二言はありませんね?」

「ないない、約束は守るよ。俺が何でも言うことを聞いて……」


 なんて考えながら、少しだけ口元に笑みを浮かべた時だった。

 ――ルナの姿が、俺の視界から消えた。


「えっ」


 何が起きたのかとまばたきしている間に、なんとルナは俺の懐まで潜り込んできて、両腕の爪を俺の喉に突き刺そうとしてきたんだ。


「うおぉっ!?」


 ほとんど反射的に、俺は飛び退いた。

 少しタイミングがずれていたら、間違いなくあの世行きだ。


「……仕留めそこないましたか」


 額を伝う汗を拭う俺を、ルナは獣の目で凝視している。


「お兄様が何でも言うことを聞いてくれるお兄様が私だけのものになってくれるお兄様と私の未来永劫続く幸せのロードのショートカットお兄様お兄様お兄様……」

「る、ルナ……?」

「……それではお兄様、を続けましょうか」


 おいおいおい、これがルナの本気か。

 覇王の力で見切れなかったら、確実に頭を削ぎ落されてたぞ。

 まさか何でもしてやると言っただけでここまで全力を出してくると思わなかったし、何より俺を殺すつもりで攻めて来るなんてのは完全に想定外だ。


「なるべく抵抗しないでくださいね。そうじゃないと――愛の営みの場所が、診療所になってしまいますからッ!」


 ルナが雄たけびを上げると、彼女の尻尾と爪がたちまち元の人間のものに変わる。


「変身魔法『メタモルフォーゼ』――カトブレパス!」


 その代わりに、瞳が真紅にぎらぎらと輝き、右目が肥大化した。

 カトブレパス。

 呪いの目を持つ神話の生物。

 目を合わせると石になるとか聞いたけど、ルナの魔法ならどうなるか――。


「必殺! 『目ビイィーム』ッ!」


 ――魔法世界に似つかわしくない赤い光線を、目から解き放った。


「ビームぅ!?」


 思わずツッコんだ俺がかわしたビームは、噴水に直撃する。

 噴水はそれなりに硬い石でできているはずなんだが、ビームが命中してたちまち砕け散った。

 あれがもしも人体なら、爪や尻尾で攻撃されるよりも悲惨な目に遭う。

 怖気おぞけを隠しきれない俺の前で、ルナが不敵に笑っていた。


「私の魔力を圧縮して放つビームです。騎士の使う盾を10枚重ねても防ぎきれない威力を誇りますが……お兄様なら、問題ありませんよねッ!」

「問題大ありだーっ!」


 まったく、ルナの中で俺は尊敬されてるのか、怪物扱いされてるのか。

 どちらにしても、ビームの連打を避けないと間違いなく俺はあの世行きだ!


「ビーム! ビーム! ビィームッ!」

「この……『魔力障壁マジックバリア』!」


 連発されるビームを、魔王の魔力を形にした盾で弾く。

 防御できる威力でよかったと安心する俺を、またも脅威が襲う。


「『メタモルフォーゼ』キマイラ!」


 その脅威は、ルナの形相と蛇の頭、ふたつの形で俺と激突する。


「シャアァーッ!」

「尻尾の蛇……しかも、毒蛇かよっ!」


 牙をたぎらせる蛇の口から噴き出しているのは、紫色の液体。

 触れればどうなるかくらいは容易に想像はつくし、噛まれてやる道理もない。

 俺は蛇を乱暴に蹴飛ばして、半ば強引に距離を取った。


 距離を取ればビームの雨あられ、かといって距離を詰めれば神話のモンスターのパワーで叩き潰される。

 我が妹ながら、とんでもない魔法のスペックだ。

 どうやら訓練というよりは、ルナを制御する方向で戦わないといけないらしい。


「お兄様、そろそろとどめを刺させてもらいます! そしたら私と一緒に、一晩中部屋でメイクラブ……」


 だったら――いい策が、ひとつある。

 使いたくはない奥の手だけど、ルナ相手なら構わないか。


「勝ったと思ったら大間違いだ、ルナ」


 俺の左目の中の瞳が、両方とも青く染まる。

 それはつまり、魔王の力をより濃く放出する前兆だ。

 次の瞬間――突き出した掌から放たれた青黒い煙のようなものが、ルナの腕や尻尾を包み込んだ。

 ぐにゃぐにゃと、ルナの抵抗を許さない煙の動きは、まるで捕食者のよう。

 そしてしばらくすると、煙は空気に溶け込むように消えていった。


「なっ……私の、魔法が……!?」


 ルナが使っていた魔法の効果――そのすべてを、消し去って。

 驚くルナがもう一度魔法を使おうとするけど、うんともすんとも言わない。

 彼女のそばに寄って、俺は悪戯っぽく笑った。


「『魔王権限ヘル・オーソリティー』。相手の魔法を俺の魔力で呑み込んで、機能不全におちいららせる魔法だ」

「魔力で呑み込む!? そんな魔法、聞いたことがありません……!」

「圧倒的な規模の魔力で、無理矢理魔法を抑え込んで無力化するんだ。これに関しては、魔法というよりは特殊技能に近いかもな」


 そうだ、これは魔法士の界隈ならほとんど反則技に近い、俺の奥の手。

 ラスボスの魔王が、戦闘中に一度だけ使う魔法封印能力。

 様々なことを魔法に頼る世界のアンチテーゼと言っても過言じゃない。

 こっちもかなりの魔力を消費するから、連発はできないけど、まさか自分が使う側になるなんて思ってもみなかったよ。


「うぅ……お兄様を自由にする権利は、お預けですね……」


 がっくりとうなだれるルナの頭を、俺は撫でた。


「そうしょげるなよ。あとで、ルナの好きなスイーツを買ってやるからさ」

「お兄様……!」


 すると、ルナの顔がパッと華やいだ。

 うんうん、彼女はやっぱり笑っていた方が可愛い。

 ルナの機嫌も戻ったところで、俺は彼女を連れて屋敷へと戻っていった。


 あと少しに迫った資格試験のことなんてのは、ひとまず忘れよう。

 兄妹水入らずのティータイムの方が、ずっと大事だからな。

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