ルナの訓練に付き合います
「――随分と急だな、ルナ。魔法の訓練に付き合ってほしいなんて」
フローレンスと知り合い、魔法士の資格試験に応募してから数日後。
俺はルナに連れられ、オーンスタイン家の屋敷の中庭に来ていた。
木々に囲まれ、中央に大きな噴水がある庭は、屋敷に住まう誰もが使える憩いの場だが、今は俺とルナしかいない。
というのも、これからここで魔法のぶつかり合いが起きるからだ。
「明後日には5級魔法士の資格試験です。私とお兄様なら難なく突破できるでしょうが、念には念を入れておかないといけませんよ」
さっきも言った通り、魔法同士をぶつけるのはルナの提案である。
「総合案内所でも話しましたが、魔法士試験は危険で過酷なんです。前回、帝都で開催された4級魔法士の資格試験で何が起きたか、お兄様は知っていますか?」
「いや、知らないな……何があったんだ?」
少しだけ間を空けてから、ルナは神妙な面持ちで言った。
「参加者20名のうち、半数が死亡。残りの半分も、全員が負傷しました」
10人の人間が死んだ。
そう聞いて、俺のみっつの瞳が見開いた。
「試験自体はモンスターの討伐という単純なものでしたが、相手は『危険級』モンスターの群れでした。しかもいつもとずれた
ルナの話がどれほど恐ろしい内容なのか、『ソーサラー・アウェイク』をトロコンまでやり込んだ俺ならよく知ってる。
『危険級』のモンスターは、エヴィルゴーレムのように帝都の騎士クラスでないとまず太刀打ちできず、1匹が小村を滅ぼすケースもある怪物だ。
しかもゲームシステム上、繁殖期には全ステータスが5割近く上昇する。
数字がこちらの世界にどう反映されるかはともかく、実際に凶暴化したのなら、駆け出し魔法士程度ではどうにもならないだろう。
「結果、受験者が半分しか生きて帰ってこれない悲惨な事態となりました。監視役の3級魔法士ですら、自分の身を守るので精いっぱいだったそうですよ」
「滅茶苦茶だな……そんな事態になって、魔法士協会にお咎めはなしか?」
「応募用紙に、記載されていましたので。『あらゆる責任は、受験者が負う』と」
「魔法士の頭数が足りない理由が、何だかわかるな……」
人命軽視もここまで来ると、乾いた笑いしか出てこない。
そんな試験に挑むなら、俺達だけじゃなく、フローレンスも心配だな。
「とにかく、油断できないってわけだ。せっかくだし、フローレンスにも声をかけるか」
「必要ありません!」
「えっ?」
ところが、ルナはフローレンスを呼ぼうとした俺を、迫真の表情で引き留めた。
「お兄様以外の人間には、私の魔法のすべてを見せたくないんです!」
「でも、互いに魔法を知っておくのは大事じゃないか?」
「お兄様は甘いのです! 語るならまだしも、魔法士が手の内を
「じゃ、じゃあ、ルナは俺に裸を見せてることになるんじゃないか?」
「そのつもりです! お兄様が望むなら、今ここで服も脱ぎ捨てます!」
言うが早いか、ワンピースに手をかけたルナを俺は慌てて制止する。
「いい、いいよ! 服は脱がなくていいって!」
ルナの言い分はもっともなのに、こういうところで全部台無しになるんだよ。
「とにかく、私は魔法だけじゃなく、あらゆるところをお兄様に見てほしいところですが、他の
「うーん……乙女心かはともかく、ルナがそう言うなら仕方ないな」
まあ、嫌がるルナの機嫌を損ねてまで、フローレンスを呼ぶほどでもない。
彼女は『ソーサラー・アウェイク』の主人公で、高いスペックを有している。
それに、いざとなれば俺が守ればいい。
「とりあえず、ルナの実力を見ておこうか。遠慮なく魔法をぶつけてくれ」
ひとまずルナの様子を見る方向に舵を取ると、彼女はにっこりと笑った。
「はい! 変身魔法『メタモルフォーゼ』――キマイラ!」
そして指をぱきり、と鳴らすと、彼女の腕が鋭い爪を備えたライオンの腕へと
ルナはほとんど間髪入れず、俺に尻尾を突撃させてきた。
ヴァンティスで魔法士を吹っ飛ばしたのと同等の威力があるのなら、素手で
「『
俺が手のひらから黒い魔力を地面に叩きつけると、分厚い黒塗りの壁が現出する。
それに激突した蛇は、苦しそうに呻いてからするするとルナのもとに帰ってゆく。
「さすが、お兄様ですね! 普通の魔法防御であれば貫通するはずの、私の尻尾による一撃を防ぐなんて!」
念のため、多めに魔力を練り込んでおいて正解だったよ。
「ですが、キマイラの爪は尻尾よりもずっと凶暴ですよ!」
蛇の直線的な攻撃は通用しないと判断したのか、ルナは尻尾をばねのようにして跳ね上がると、今度はライオンの爪を振るってきた。
確かに、壁を飛び越えた攻撃には、魔法の発動は間に合わない。
ただ、こっちには魔王だけじゃない――隠しボス、覇王の力もある。
襲い来る爪の一撃を、俺は強化された腕で掴んで止めた。
「『覇王流・肉体活性』。肉弾戦なら、望むところだ」
「まさか、爪を素手で掴まれるとは……予想外です」
爪を握ったままルナの体を投げ飛ばすと、彼女は転ばないように尻尾で体を支えながら、新体操のように見事な着地を決めた。
ここまでの流れを第三者が観戦していたなら、ルナは一切の遠慮なく俺にぶつかってきているように見える。
俺はというと、ルナが全力でぶつかってきているようには思えないけどな。
「ルナ、もしかして本気を出しきれてないんじゃないか? 前に魔法士を倒した時と比べて、攻撃にキレがないように見えるんだが?」
「……やっぱり、お兄様には見透かされてしまいましたか」
困った顔をして、ルナは爪と尻尾を下ろした。
「愛しいお兄様に向ける魔法は、すべて無意識に力を制御してしまうようです。なるべく傷つけないように、当てないようにと……」
なるほど。
家族に魔法を当てるのは、どうしてもためらってしまうだろう。
「自分から言い出した訓練で、こんな
深々と頭を下げるルナの声は真剣そのものだ。
ここで彼女を説教したり、訓練をやめてしまったりというのはよろしくない。
代わりに、ルナのやる気を引き出してやればいいわけだ。
(でも、設定もほとんどないルナの好きなものなんてさっぱりだから……)
何事もやる気を出すには、
とはいえ、ルナと知り合ってからまだひと月も経っていない以上、うかつにアイテムを提示すれば一層やる気や闘志を削いでしまうかもしれない。
なら、相手に選択権を与えるのがベストだな。
「だったらルナ、こういうのはどうだ? もしも俺にまいったって言わせたら――俺が、何でも言うことをきくってのは?」
そう思い、俺はルナにすべての権利を委ねると言った。
途端にルナは、ばっと顔を上げた。
その目に――獣のような
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