5級魔法士を目指します

「あー、それで、フローレンスも5級魔法士の資格試験を受けるんだったな?」

「うん! リオン君とルナちゃんと同じだよ!」


 ひとまず俺が話を戻すと、彼女は目を輝かせて強く頷いた。

 一方でルナはというと、一層ぶすっとしている。


「ルナちゃんはやめてください」

「じゃあ、ルナっち?」

「やっぱりルナちゃんでいいです」


 その程度の反撃がフローレンスに通用するわけもなく、あっさりルナの方が折れた。

 何かと多方面に棘を飛ばしがちなルナだけど、いつも俺に接しているようにみんなと仲良くしてくれれば、兄としては嬉しい限りだよ。


「そもそも、資格試験はそんな簡単なものではありませんよ」


 しばらく叶いそうにない願いをひとまず腹の底に押し込むと、俺の膝の上で、ルナが黒髪をかき上げてため息をついた。


「ヴァンティスの街ですら、一度の試験に30人以上の魔法士見習いが挑戦して、その1割もパスできません。全員脱落、診療所送りなんてのもです」


 なんというか、名門大学の試験みたいだな。

 あれでも1割なんて合格率はありえないだろうから、魔法士試験がどれほど難しいか――あるいは過酷かが、なんだかわかる気がする。

 俺だって『ソーサラー・アウェイク』の中じゃあ、システムも把握できないまま、5級試験で2回ゲームオーバーになってるんだ。


「もちろん、私はお兄様を合格させるためならわが身を砕く覚悟ですが、フローレンスさんの体が砕けても捨て置きますので、そのつもりでいてくださいね」


 ルナは鼻息を荒くしてフローレンスを睨んでるけど、いざとなれば見捨てない。

 設定だとかじゃなく、兄のリオンとして理解できるんだ。


「こう言ってるけど、何かあったら助けてくれるさ。安心してくれ」

「何だかわかるなーっ! ルナちゃんって、きつそうだけど優しい目をしてるし♪」

「ふん、余計なお世話ですし、一言多いんです」


 悲しいかな、ルナとフローレンスの相性はなかなかに悪いらしい。

 一部の創作界隈だと、元気な少女と気の強い妹系は、何かとカップリングを組まされることが多いんだけども。

 なんて考えているうち、ふとひとつの疑問が頭に浮かんだ。


「今更だけど、複数人で組んで試験を受けてもいいのか?」

「一定の階級までは、パーティーで試験に挑戦することが認められています」


 俺の問いに、ルナが答えた。

 そういえば、主人公は常にひとりで試験を受けてたけど、3級くらいまではパーティーを組んでるっぽいNPCもいたな。


「当然、全員が一緒にパスできる保証はありませんが、見渡す限り敵だらけという環境より多少はましですね」

「パーティーを組んでいる方が、前提として有利みたいだな」

「いえ、デメリットもあります。試験の内容は会場で説明されるまで一切明かされませんから、味方の人数が多いほど不利になる試験もあるでしょう。それに、合格できるのがひとりだけの試験なら、寝首をかれる可能性もあります」


 ルナの説明に、俺はなるほどと頷いた。

 倍率が高すぎる試験にパーティーで挑んで、無事にパスできればいいだろう。

 だけど、もしも大前提として試験にひとりしかクリアできない、もしくはパーティーのうちひとりしか勝ち上がれないなら、パーティーが崩壊する恐れがある。

 ルナの言うとおり、寝首を掻かれようものなら人間不信に陥りかねない。

 やみくもに他人を誘って、徒党ととうを組むのも考え物ってわけだ。


「ふふーん、そんなのノープロブレムっ!」


 もっとも、フローレンスにとって、そんな不安は無問題らしい。


「リオン君とルナちゃん、そしてあたし! 3人でパーティーを組めば、きっとどれだけ試験が難しくたってクリアできるよ!」


 このポジティブさはうらやましいし、俺も真似するべきかもしれない。

 ゲームをプレイしていた時からそうだったけど、彼女の明るさには信頼性がある。

 フローレンスと歩んでいれば間違いない、と思わせてくれるんだ。


「それに、ふたりともすっごい魔法を使ってたよね! ルナちゃんみたいな変身魔法、どんな本にも載ってなかったし、もしかして天才さんなのかな!?」


 しかも出てくる言葉も善意と元気さに満ち溢れてるから、誰もが「フローレンスの力になりたい、彼女と一緒にいたい」と協力してくれるんだよな。

 どこぞの詐欺師や、元のリオンは見習った方がいいぞ。


「……ほ、ほうほう……天才と言われるのは、悪い気はしませんね……」


 ほら、ルナだってちょっとにやけてる。

 意外とちょろいんだな、ルナって。


「仕方ありません、パーティーに属するのに魔法を隠しているというのは、あまり有効ではありませんから。特別に、私の魔法について……ごく一部だけ、教えましょう」


 わずかにツン属性が戻ってきたルナは、頬のゆるみを抑えながら言った。


「私の変身魔法『メタモルフォーゼ』は、想像力の産物です。神話上の怪物に変身できますが、普通の生物には変身できません。体のサイズも変えられませんが、モンスターを凌駕する身体スペックは約束しますよ」


 俺の知る限り、変身魔法はそれそのものが会得難度の高い魔法だ。

 犬猫に変身するだけで難儀する魔法士も多くて、ゲームの中じゃあ動物に変身したまま戻れないマヌケを助けるサブイベントもあった。

 それほど高技術の魔法を、しかも神話の生物で変身できるのなら、間違いなくルナは天賦てんぷの才の持ち主だろう。


「せっかくだ、俺も説明しておくか。自分で言うのもなんだけど、オーンスタイン家の闇魔法ならほとんど使いこなせるし、幻惑や結界もお手の物だ」


 俺も軽く説明しておくが、話せる範囲はルナよりずっと限られてる。

 魔王と覇王の力が隠されています、なんて口が裂けても言えないな。


「それに、魔力を応用した武術も使える。パーティーで戦うなら、前衛は任せてくれ」


 俺とルナの説明が終わると、フローレンスが手を挙げて立ち上がった。


「あたしの十八番は、防御魔法と回復魔法! 水の盾で攻撃を吸収したり、土の壁で攻撃を弾き返したり! ケガしたって、しっかり回復するよ!」


 フローレンスの魔法は、男主人公と比べて防御寄りのものが多い。

 序盤や前衛が育ち切っていない間は少し運用が難しいけど、パーティーを組むのなら、今は彼女のサポートの豊富さが不可欠だ。


「前衛の俺、オールラウンダーのルナに、補助のフローレンス……なるほど、こりゃバランスのいいパーティーじゃないか」

「まあ、否定はしません。お兄様の隣は譲りませんけど!」

「決まりだな――よろしく頼むよ、フローレンス」


 俺が笑うと、フローレンスは歯を見せて笑い返した。


「うん、よろしくね! リオン君、ルナちゃん!」


 こうして俺達は、3人で5級魔法士の試験を受けることになったんだ。

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