改めて自己紹介します

「あ、な、な、からだ、が、うご、か……」


 がくがくと震える魔法士の体に何が起きたのか、はた目には分からないだろう。

 けど、俺の目には確かに映っている。敵の全身をがんじがらめにする、黒い鎖が。

 これが魔王にのみ許された魔法のひとつ、『魂喰らいの鎖チェーンプリズン』――その気になれば奈落の底まで魂を引きずり込める、邪悪な魔法だ。


「ただの幻覚じゃない、魔王の魔力を練り込んで発現させた鎖だ。自分の意志じゃ会話すらままならないし、何日かは身動きひとつ取れないだろうよ」

「な、に、を、いっ、て……」

「おっと、警邏隊けいらたいの到着だ。魔法士自慢なんて、騎士団の組織には通用しないぞ」


 ただし、地獄に落とすのは俺じゃなくて、駆けつけてきた警邏隊の役目だ。

 騎士団の下部組織である警邏隊は、常に街を巡回して、トラブルがあれば介入してくれる。

 ゲームの中じゃ、何度かこいつらから逃げるイベントもあったっけ。


「失礼、ここで騒ぎがあったと聞きまして!」

「リオン・オーンスタイン様、ご無事ですか!」


 ただ、今は俺の味方だ。

 言いたくはないが、こっちはオーンスタイン家のご子息しそく様、なんだからな。


「ひどい目に遭ったよ。友人にぶつかってきた魔法士が、難癖なんくせをつけて魔法で脅してきたから、反撃したんだ」


 軽装とはいえ武器を携帯した警邏隊に睨まれ、魔法士達はすくみ上る。

 まったく、お巡りさんが怖いと思ってるなら、最初から素直に謝ってトラブルを回避すればいいものを。

 現代のチンピラと変わらないマヌケさに呆れながら、俺は隊員の背中を軽く叩く。


「警邏隊の皆が来たなら、もう安心だね。後は任せてもいいかい?」

「はっ! お任せください!」


 何か言いたげに、恨めしげに俺を凝視する魔法士達の姿は、すぐに警邏隊に囲まれて見えなくなった。

 ルナとフローレンスを連れて歩く俺の後ろから聞こえてくるのは、民衆の声。

 誰もかれもが、俺の無事を喜んだり、魔法に感心してくれたり。


(ははは、悪役をやめると言っておきながら、こりゃあ悪役貴族ムーブ全開だな)


 ゲスな悪役っぽくなっても、こればかりはやめられそうになかった。





 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





 それから少しして、俺とルナ、フローレンスの3人は『魔法総合案内所』のテーブルを囲んでいた。

 案内所の中は広いカフェのようになっていて、文字通り魔法士のいこいの場だ。

 俺達もまた、カウンターで試験の応募用紙をもらって、一息つくことにした。


「――それじゃあ、魔法士試験パーティーの結成を祝って、かんぱ~いっ!」

「か、乾杯……?」

「パーティーだなんて、貴女が言ってるだけじゃないですか」


 ただ――ジョッキを手にしてはしゃぐ理由だけは、まだ理解できなかったが。

 ルナが俺の代わりにツッコんでくれたが、想像よりもずっとハイテンションなフローレンスは黙るどころか、身を乗り出してはしゃぐ。


「これから5級魔法士を目指す人が揃って、おまけにヤなやつをやっつけたんだよ? こんなの、間違いなく運命だよ!」

「お生憎ですが、私はお兄様と私の間に生じる運命以外は信じませんので」

「あ、そうだ! まだちゃんと自己紹介はしてなかったね!」

「……人の話、聞いているのですか……?」


 ツッコミが通用しないならばと、塩対応を見せるルナだけど、こっちもほぼ効果がない。

 俺としては、主人公の快活さを見せられてるのが楽しいから、このままの調子で話を進める気満々なんだが。


「あたしはフローレンス・メイジャー! 西の街ポフトから、魔法士を目指してヴァンティスに来たんだ! 夢は1級の中でも、もっとすごい魔法士になって、歴史に名を残すこと! 好きな食べ物はシチュー、嫌いな食べ物はなし、これからよろしく♪」


 フローレンスがにっこりと笑い、俺がはにかみ、ルナが鼻を鳴らす。

 ああ、君のことはよく知ってるよ。

 君がいずれ、すべての属性の魔法を操る天才魔法士になることも。

 1級魔法士になる夢のためなら、どんな苦難も受け入れるカッコいい女性だってことも。

 ちなみにポフトには案内所がないのも、ここに来た理由だ。


「改めて、俺はリオン・オーンスタイン、ここを治めてるオーンスタイン伯爵の息子だ」

「ルナ・オーンスタインです。フローレンスさん、あなたがどこの誰だろうと構いませんが、お兄様に必要以上に接触しないでくださいね」

「お兄様って、リオン君のこと?」

「あーっ! お兄様を『君』なんてつけて呼ばないでください!」


 フローレンスが問いかけると、今度はルナがテーブルを叩いて身を乗り出した。


「どうして? リオン君はリオン君でしょ、オーンスタイン君って呼ぶのは変じゃない?」

「ぶっ殺しますよ!?」


 変身魔法も使っていないのに、しかめっ面のルナの口からは牙が見え隠れしそうだ。


「まったく、もっと敬意をこめてリオン様と呼ぶのが礼儀でしょう。さっきの勘違いザコどももそうですが、近頃は無礼な人が魔法士になるのが流行っているのですか?」

「無礼、ね。魔法を使えるというのが、特権だと勘違いするやつは多いのか?」


 ルナが呆れた様子でため息をつく。


「昔から魔法士には傲慢な人が多いんです。自分は選ばれた人間だ、魔法を使える人間だなんて勘違いするんですよ。帝国にいる魔法士、そのひとりに過ぎないのに」


 ああ、そういえば『ソーサラー・アウェイク』でもたまに見た光景だ。

 魔法を使えることだけが人生の物差しになっているやつは時々いた。

 嫌なところが、ゲームと変わってないんだな。

 とりあえず気になっていた最初の疑問は解決したわけだが、もうひとつの疑問は未解決で、しかも現在進行形で俺に影響を及ぼしている。


「ところで、ルナ? なんで俺の膝の上に座ってるんだ?」


 なぜか隣の椅子じゃなく、俺の膝に座るルナだ。

 しかもルナはテーブルを囲む前から俺にべったりとくっついていて、なぜだか片時も離れようとしない。

 案内所の受付嬢にすら牙をむいた時は、まだキマイラのままなのかと疑ったよ。


「いつ泥棒猫や女狐が、お兄様に色目を使うか分かりませんから! 私がしっかりとガードしますので、安心してください!」


 で、理由を聞くと、こんな調子だ。

 過剰なほど俺の身を案じてくれるのは、もしかすると地下で俺が倒れたのと関係があるのかもしれない。

 そう思うと、俺はとてもじゃないがルナをどかす気にはなれなかった。


「ほら、お兄様! 離れてしまわないよう、もっと私を抱きしめてください♪」


 腕を腰に回されて、なぜだか強く抱きしめさせられる。

 大の大人ひとりを吹っ飛ばすほどの力があるとは思えないほど細い腰回りは、やっぱり女の子なんだと実感させられるよ。

 しかもフローレンスは、こんな関係を訝しむどころか「兄妹で仲が良くてほほえましいなあ」くらいにしか思ってなさそうな顔をしてる。


「どうですか? 妹の抱き心地は、リラックスできるでしょう?」

「これはこれで、何かと落ち着かないんだけどなあ……」


 嬉しいような困ったような、複雑な気分のまま、俺はルナをどかすのを諦めた。

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