妹と主人公の魔法、炸裂します

「はあ……まったく、夢見がちな子供が、黙っていればいいものを……」

「だな、いくら貴族でもお仕置きしてやらないと」


 言う通りにならない俺達の態度は魔法士の神経を逆なでしたみたいだ。

 とうとう杖に手をかけた奴らが、実力で俺達を黙らせようして――。


「ぼごおおおおおッ!?」


 骨が何本もへし折れたかのような音と共に、通りの向こうまで吹き飛ばされた。

 家屋の壁に激突した男は、手にしていた杖を落とし、痙攣して動かなくなる。


「……え?」


 呆然とする俺とフローレンスの後ろから、とてつもない怒りに満ちた声が轟いた。


「変身魔法『メタモルフォーゼ』――『キマイラ』」


 俺とフローレンスの間から割って出てきたのは、前かがみになったルナ。

 ただし、白いワンピースの隙間から出てくるものと、その瞳はいつものルナじゃない。

 尾のようにうねりながら裾より這い出てきたのは、真っ黒な鱗の巨大な蛇。

 黒玉のような瞳は、肉食獣のような瞳孔どうこうへと変貌している。

 よく見てみれば口元に長い牙が生えていて、流れるような黒髪もたてがみのよう。


「お兄様を侮辱しましたね……全員、死刑です」


 漆黒の魔力を纏う彼女は、いまや怪物になっていた。

 周囲がざわめき、残されたふたりの魔法士が戸惑うのも納得なんだが、何より兄すら知らないルナの魔法に、俺が一番驚いてた。

 あんな魔法、特典の設定資料集にも書いてなかったぞ。


「なんだ、今の魔法は!?」

「魔法士を名乗る割に、変身魔法も知らないとは。無知も過ぎると哀れですね」

「へ、変身魔法は犬や猫、動物に変身する魔法だ! そんな気味の悪い尻尾と牙を持っている動物など、いるわけないだろうが!」

「私の変身は、少し特異ですので。尾のような蛇、獅子の牙とたてがみ、爪……様々な生物の特徴を部分的に発現させる、私だけの魔法です」


 なるほど、獅子のたてがみと牙、蛇の尾でキマイラというわけか。

 しかも尾の一撃だけじゃない、全身からほとばしる魔力の質は、闇魔法の名門オーンスタイン家の才女とうたわれてるのも納得できるほど濃密だ。

 それこそ、目の前の三流魔法士なんて敵にならないくらいにな。


「最愛のお兄様を侮辱したゴミ共が……死すら生ぬるいと知れ」


 獣の瞳でぎろりと敵を睨むルナの肩を、後ろから俺が叩いた。


「ごめんなさい、お兄様。どうしてもお兄様を侮辱した輩を許せませんでした」

「いいや、ルナがやらなきゃ俺がやってたよ。謝る気なんて最初からなさそうだし……」


 ルナは乱暴が過ぎたかと思ってるみたいだが、そうでもない。

 むしろ、攻撃のきっかけを作ってくれたのがありがたいくらいだよ。


「警邏隊が来るまで、マヌケ面連中にお灸を据えてやるとするか!」

「はい、お兄様!」


 俺とルナが構えると、魔法士連中もやる気になったみたいだ。


「魔法士にケンカを売るとどうなるか、教えてやる! 『ファイアボール』っ!」

「くらえ、『ヒートショット』!」


 言うが早いか、ふたりは杖を手に取り、俺達に向かってかざした。

 すると、杖の先端から2種類の火の玉が飛び出した。

 もちろん俺は『ソーサラー・アウェイク』をプレイしたんだから、この魔法を知らないわけがない。

 どっちも最序盤でしか使い道のない、火属性の低級魔法だ。

 正直に言うと、俺が覇王の肉体でかき消してやるのは造作ない。


「ふたりとも、下がって!」

「フローレンス!?」


 はず、なんだが。

 俺が反撃するよりも先に、フローレンスが杖を手にして仁王立ちした。

 目を丸くする俺とルナの前で、彼女は両手で握りしめた杖を天高く掲げて――。


「『スパイラルシールド』、『二重展開』!」


 思い切り振り下ろし、水流を解き放った。

 とてつもない勢いの水は、フローレンスの正面でふたつの渦を描き、飛来した火の玉をたちまち呑み込んでしまう。

 特に魔法の二重展開なんて、ストーリー中盤でやっと会得できる技術だぞ。


「このくらいの魔法なら、あたしの防御魔法で簡単に弾いちゃうんだからっ!」


 だけど俺は、驚愕したのと同じくらい納得もしていた。

 女主人公は男主人公に比べて、防御や回復寄りの魔法が多いのが特徴だ。

 しかもフローレンスは、100年にひとりの天才設定だから、序盤の街であれだけ強力な魔法が使えるのも納得できる。

 ストーリー本編でも、本をぱらぱらと読んだだけで魔法を習得できるし……あれは、システムの都合か。

 ま、どちらにせよ、ゲームの中だけじゃなくて、ここでも助けられるとは思わなかったよ。


「……こりゃすごいな」

「えへへっ、そうでしょ! 防御魔法は、あたしの得意魔法だもん♪」


 しかも俺達に、歯を見せて愛らしい笑顔を見せる余裕まであるんだ。

 バカみたいなツラを晒して棒立ちしてる魔法士じゃあ、まず習得どころか、『スパイラルシールド』すら使えないだろうな。


「な、何だとぉ!? プロの魔法士の攻撃を、素人が防いだのかァ!?」

「それに『二重展開』なんて、僕もまだ使えないのに……熱づああああッ!?」


 しかも、これが戦いだってのも忘れる始末。

 そんなだから、ルナの口から放たれた火で焼かれるんだ。

 ……俺の妹、火が吐けるんだなあ。

 お兄さん、知らなかったしちょっとビビってるよ。


ほうけている愚か者は獣の餌。よく覚えて、地獄に堕ちろ」


 そうは言うけど、ルナなりに威力は制御してくれたのか、魔法士は黒焦げにならずに火傷を負う程度で済んでいた。

 一方で、グルルとうなる清楚系の妹を見たフローレンスは興味津々だ。


「なにそれーっ! 変身魔法だけじゃなくて、火属性の魔法も使えるなんてすごいねっ!」

「話しかけないでください泥棒猫の分際で私のそばに寄らないでください」


 主人公にも塩対応なんだな、ルナ。

 こっちからすれば、いいコンビに見えなくもないんだが。

 ――さて、妹と主人公だけを散々暴れさせて、ラスボスがぼんやり突っ立ってるというのは、格好がつかないな。


「ルナ、フローレンス、下がってくれ。後は俺がやるよ」


 眼帯の奥で、目がうずいて仕方がない。

 人間相手に魔法を使わせてくれ、世界を滅ぼすほどの力がいち個人に対してどれほど恐ろしい結末をもたらすかを教えてくれ、ってわめいてるみたいだ。

 もっとも、俺はそこまで残虐な人間じゃない。


「い、いい顔するだけが取り柄の貴族に、何が……」


 だから、腰を抜かしたくせにまだ強がる男の前で、俺は少しだけ眼帯を外した。


「魔王流幻惑魔法『魂喰らいの鎖チェーンプリズン』」


 そして赤と青の瞳を、魔法士に見せた。

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