主人公は元気っ子です

 昨今の例に漏れず、『ソーサラー・アウェイク』ではゲーム開始前に主人公――プレイヤーの分身の性別が選べる。

 そして女の子を選んだなら、フローレンスが操作キャラクターになるんだ。

 彼女はプレイヤー間での人気も高い。


 俺より頭ひとつ分低い背丈、淡い金のショートヘアとエメラルドグリーンの瞳。

 星形のイヤリングと、ポケットがたくさんついた上着にショートパンツ、短めのブーツという快活な服装に加えて、背と同じくらいの長さの杖を背負うベルト。

 しかも登場人物の中でも屈指の巨乳……は、関係ないか。


 とにかく、ゲーム画面の向こうでもかなり可愛かったのに、直に見た俺が思わず見とれるのも無理はなかった。


「どうかした? あ、もしかして、さっき食べたポテトのソースがついてたのかな?」


 フローレンスに声をかけられるまで、俺は口を半分開いたままだったんだ。


「いや、ついぼんやりして……気にしないでくれ」

「あはは、変なのっ!」


 慌ててごまかす俺の様子を見て、フローレンスは笑った。

 太陽みたいな笑顔も、俺を含めたゲームファンをとりこにしたんだよ。


「そうだ、自己紹介がまだだったね! あたしはフローレンス・メイジャー、あなたは?」

「俺? 俺はリオン・オーンスタインだ」

「オーンスタインって、あの大きい屋敷の? じゃあ、街の皆が話してる伯爵家の長男って、キミのことなんだ!」

「お、おう……あのさ、フローレンスって、ポフトの街から来た、あのフローレンス?」


 何気ない質問だったけど、直後に俺は、口を滑らせたと思った。


「すごーい! どうしてあたしのことを知ってるの!?」


 なんせ初対面なのに、フローレンスを知っている風に話してしまったからだ。

 好奇心旺盛おうせいで、しかも何かと勘が鋭い彼女が興味を抱かないわけがなく、たちまち彼女は俺と鼻が触れ合うんじゃないかって距離まで歩み寄ってくる。


「もしかして、どこかで会ったことがあるのかな、それとも『鑑定』魔法を使ったとか!?」


 当たる、いろんなところが当たる。

 というか、もう当たってます。


「わ、ちょ、近い、いい匂い、じゃなくて離れて……」


 ふんわりと香る花のような匂いと、ふたつの柔らかさ。

 キラキラと輝く瞳に、ときめきそうになる。

 どうしたものか、あるいはフローレンスのような美人ともうちょっと密着していいかもしれないと迷っているうち、今度は俺の体が後ろに引っ張られた。


「――初対面の相手に、随分と馴れ馴れしい態度をとるんですね?」


 思わず尻もちをつきそうになった俺の隣に立つのは、ルナだ。


「ルナ……?」


 しかも傍目に見ても分かるくらい、目をぎらつかせて、苛立ちを募らせている。


「私はルナ・オーンスタイン、オーンスタイン伯爵家の長女です」

「よろしくね、ルナ!」


 そんな彼女にだって、フローレンスは笑顔で握手を求める。

 主人公らしい快活な性格は、ストーリーでも多くの人に信頼される。


「そうだ! ルナも試験を受けるんだよね、だったら3人で一緒に応募して――」


 でも、ルナはフローレンスに対して、唾を吐きかけかねない態度を崩さなかった。


「貴女とは永遠に関わり合いになることもありませんし、お兄様も同様です。魔法士試験を受けに来たのは事実ですが、赤の他人と同盟を結ぶほどマヌケでもありません。応募するというのなら、おひとりでどうぞご勝手に」


 早口でまくし立てたルナは、俺の手を掴む。


「さあお兄様、早急に応募を済ませてしまいましょう。どうぞこちらへ」

「あ、待ってよーっ!」


 すたすたと案内所へと足早に駆けてゆくルナは、俺が少し複雑な面持ちをしているのも、フローレンスが驚いた顔で追いかけてくるのも気にしちゃいない。

 何が引っかかったのかはさっぱりだが、あの態度は良くないんじゃないか。


「おいおい、ルナ。少し言葉が強すぎるぞ」

「お兄様は甘いのです。このご時世、いつどこで泥棒猫が飛び出してくるか……」


 まるで彼女を敵視しているかのような口ぶりのルナが、鼻を鳴らした時だ。




「きゃっ!」


 急に悲鳴が聞こえて、何かが強く地面に打ち付けられる音がした。

 俺とルナが同時に振り返ると、魔法総合案内所に入ろうとする見知らぬ男達に肩をぶつけられて、フローレンスが倒れ込んでいた。


「フローレンス!」


 腰をさする彼女に駆け寄る俺を見て、ぶつかった連中はフローレンスを睨んだ。


「邪魔だ、どきたまえ」

「どこに目をつけて歩いているのか、まったく……」


 しかも、謝罪どころか、出てきた言葉はひどいものだ。


「……人にぶつかっておきながら、随分と横柄おうへいだな」


 さっさと案内所に入っていこうとした3人組を、俺が引き留める。

 俺よりも少し年上らしい連中は、ローブや腰に下げた杖を含めて、いかにも魔法を使いますって感じの格好だ。

 恐らく、こいつらも魔法士なんだろうな。


「我々を4級の魔法士と知って、そんな態度をとるのか?」

「君達、名前は? 魔法士の階級はどれくらいだ?」


 名前のついでに魔法士か否か、階級も聞くくらいだから、よほど魔法を使うことに特権意識とプライドがあるんだろう。


「リオン・オーンスタイン。階級も何も、今日、試験に応募するんだ」


 オーンスタインと聞いて、魔法士達は顔を見合わせる。

 家名を耳にして詫びを入れるのは不快だが、謝罪もないよりはずっとましだ。


「伯爵家の……ああ、なるほど。お坊ちゃまが、魔法士に憧れて案内所にきたのですね」


 ところが、口から出てきたのはうやうやしさなんて微塵もない敬語。

 人を小バカにする以外、何の目的もない言葉の羅列だ。


「何が言いたい?」

「坊ちゃま? 魔法士の資格取得は、あなたには難しいと思いますが?」


 フローレンスを起こす俺を見る彼らの目は、とても貴族に向けるものとは思えない。

 確かに設定上、魔法士の絶対数は決して多くない。

 養成学校のようなものもないから独学で学ぶしかないし、試験でふるい落とされて断念する者がほとんどだ。

 だからそれに受かった自分を、人より優れていると勘違いするのも無理はない。

 まったく、魔法士が重宝されて尊敬されるのは知っていたけど、選民せんみん思想まで植え付けるのは困ったものだ。


「オーンスタイン家の兄妹は才能に溢れていると聞いたが、まだ魔法士になっていないあたり、その噂も怪しいものだ。特に、そこの兄の方はな」

「僕は13歳で、もう5級の資格を取得していたけどね!」


 13歳だろうが5級だろうが、聞かされる方は心底興味がないというのに。

 周りの目も気にせずにけらけらと笑いながら、魔法士のひとりが俺達を指さす。


「リオン様、試験で怪我をして痛い目を見る前に、屋敷に帰るのをお勧めしますよ。いつもみたいに笑顔を振りまくのが、あなたのお仕事でしょう?」

「できるかどうかは、お前達が決めることじゃないだろう」

「そうだよ、やってみないと分からないよ!」


 俺が冷たく言い放つと、隣からずい、とフローレンスも顔を出してきた。


「あたしは西の端の生まれで、魔法も独学だけど、絶対に1級魔法士になってみせる! 誰に笑われても、それがあたしの夢だもん!」


 自分よりずっと年上の魔法士にも食い下がり、自分の夢を貫く。

 強気で勝気、勇気凛々ゆうきりんりん、皆を引っ張る主人公。

 俺がフローレンス・メイジャーをこっそりている理由が、このやりとりにすべて凝縮されてるって、分かるだろ?


「そういうわけだ。お前達なんて、すぐに追い越してやるさ」


 そんな彼女の前で、カッコ悪いところは見せられない。

 俺は、魔法士達に不敵に笑ってみせた。

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